第14話


20階層を攻略してから21階層へと足を踏み入れ、それから長い日数が経った。もはや、年単位で時が流れているのだろう。


その頃に比べて、明らかに筋肉が引き締まり、体つきは鋼のように逞しく、屈強なものへと変わった。数々の階層を乗り越える中で、筋肉はしなやかさと強靭さを備え、無駄な肉は削ぎ落とされている。今や、人間離れした筋力を手に入れ、ある一定の限界に達してからは、さらに強くなる気配もない。どうやら、今の肉体に対して過剰な負荷を超える力は出せないらしい。だが、それでも常人とはかけ離れた成長を遂げたことは実感している。


体の随所には、幾多の戦いで刻まれた傷跡が残っている。


服も既に消え去り、今では素っ裸でまるでどこかの蛮族のようだ。


髪には雪や氷でできた細かな結晶が絡みつき、かつては短かった髪も今ではかなり長くなっている。手持ちのナイフでは髭も綺麗に剃れず、顔には無精ひげが生え伸びている。少年だった頃とは打って変わって顔つきも険しくなり、自分でも目つきが鋭く、人相がかなり悪くなったと感じる。



そんな俺は現在、29階層に到着していた。


俺は深く息をつき、思わず空を見上げた。風すら存在せずに、雲すらも無い青空が広がっている。そんな場所を前に、ここに辿り着くまでの長い道のりが、頭をよぎる。



22階層、広大な氷の湖に到着。


湖は分厚い氷に覆われ、下には奇妙な生物が泳いでいるのが見える。湖を渡るためには氷を砕き、下に潜んでいる巨大な魚と戦いながら進まなければならなかった。この階層で得たのは、「水中での視界」と「水温に対する耐性」が色付き結晶石で得る事が出来て、次の階層へ進むことができた。


23階層、氷の山脈地帯。


険しい崖を登り、雪崩や吹雪の中で道を切り開いていく必要があった。ここでは「耐久力」と「登攀技術」が重要であり、体力の限界を超えた訓練が続いた。数か月かけて山脈を越えたとき、腕力と持久力がさらに強化されていた。


24階層、氷の洞窟を進む階層。


内部は暗闇が広がり、洞窟を守る氷のコウモリや目を眩ませる光の罠が仕掛けられていた。光と闇の中で目を鍛えることで、「暗視能力」と「反射神経」が向上。この洞窟を脱出した頃には、暗闇での動きにも対応できるようになっていた。


25階層、霧に包まれた迷宮。


視界が極めて悪く、霧の中で錯覚や幻覚が現れる特殊な空間だった。迷宮を進むうちに自分の五感を研ぎ澄ます訓練が必要になり、「直感力」と「気配を察知する能力」が向上。無事に迷宮を脱出し、次の階層に向かう頃には霧の中でも動じない精神力が備わっていた。


26階層、異常に高い重力がかかる場所。


この階層では身動きが重く感じられ、どんな一歩も身体に負担をかけた。しかし、重力に適応することで筋力と耐久力がさらに強化された。重力の影響で数か月かけて地形を乗り越えた頃、地面に押し潰されないように力が増していた。


27階層、氷と岩でできた自然トラップ満載の廃墟地帯。


古代の遺跡が広がり、崩れやすい床などの障害が多い。冷静な判断と素早い動きが求められ、「洞察力」と「瞬発力」をさらに鍛えることができた。自然の罠を避けつつ進む訓練が役立ち、遺跡を抜け出す頃には足取りも軽くなっていた。


28階層、凍てついた森。


樹木は氷に覆われ、21階層の上位版のような獰猛な氷狼やクマが生息しているエリアで、息を潜めて進む必要があった。狩猟本能を呼び覚ましながら進むことで「忍耐力」と「気配を消す技術」を身につけ、気配を消しながら動くことができるようになった。


そして、29階層、――静寂の湖。


ゲートを上がってすぐに見渡す限りの湖があり、その水面には波も無く鏡のように滑らかで、冷たく深い色をしている。遠くに観えるその中央には次の階層へ続くゲートの柱が空に向かって突き出している。


これまでも、氷に覆われた湖や、崖が連なる山脈、暗闇に沈む洞窟を幾度も進んできた。特に霧に覆われた迷宮では、どこにいるのかもわからない恐怖と戦い、感覚を研ぎ澄ますしかなかった。異常な重力に押しつぶされそうになった26階層では、動くたびに筋肉が悲鳴を上げ、全身を鍛え上げることができた。古代の遺跡に張り巡らされた自然の罠や凍てついた森の狩猟者たちとも戦いながら、俺の体と心は強く鍛えられていった。


どの階層も気が休まる暇もなかったが、この29階層に立つ俺の視線の先には、静寂に包まれた湖が広がっている。


鏡のような水面はひときわ冷たく、心を映し出すかのようだ。ここまでの旅路を振り返りながら、俺は深く呼吸を整えた。湖の奥には次の門が静かに待っている。


安全地帯の外に出ても襲われる事もなく静粛。だが、これ以上は進むことが出来ない。何故ならそのゲートに辿り着くには、水中深くに潜り入口に到着する必要があるからだ。


深いと言えど体感になるが一時間程を潜り続ければ到着する。それは今の俺には出来る。肺活量も人間離れしている実感があるからだ。


だが、ただ潜って進むだけと、そんな甘いならとっくに進んではいる。が、そうはいかない。


水中の生物が問題あるのだ。


静まり帰っている水の外とは打って変わり、水中に人が足を踏み入れると豹変する。少しでも水に入るものならピラニアみたいに狂暴な魚の群れが襲い掛かってくる。それを退けても次に深場に行けば、俺を一飲み出来そうな口を持つ大型魚が回遊している。


これを水中で体も動かしずらく呼吸も出来ず、何より武器も無い俺がそれらを倒しながらに進むとなると流石に困難を極める。


幾度とは挑戦してはみたが、半分も進む事が出来ない。せめて大型魚でも倒す事が出来たなら色付き石でチャンスがあるかもだが、未だに倒すまでは至っていないのだ。


なら、どうするか悩んだ末に思いついたのが、その大型魚を陸に引き上げて倒すしかない。


なので、釣りで狙う事にした。


その大型魚を釣り上げるため為の釣り具は、いったん下層に戻って道具を整えることに決めた。


まず、森の階層に足を運び、釣り竿となるしなやかな木の枝を探し出す。糸には強靭なツルを編み込み、さらに鋭利に削った結晶石や獣の骨で針を作った。餌には過去の階層で捕まえた小さな獣の肉を使うことにした。冷気で保存され、まだ新鮮さを保っている。


準備を整えて再び29階層の湖に戻り、早速釣りを開始する。だが、想像以上に手ごわい。魚がかかりかけるたびに、竿が重さに耐えきれずに折れたり、糸が切れて魚を逃がしてしまったりする。針の作りが甘くて魚に食いちぎられることもあった。何度も道具を作り直し、湖と下層を行き来することになる。


失敗のたびに装備を見直し、少しずつ改良を加えた。針を厚くし、糸を二重に編み直すなどの工夫を重ねる。何度目かの挑戦でようやく、竿も針も耐える強度を持つようになり、再び餌を結びつけて水面に投げ込んだ。


冷え切った空気の中、再び湖面を見つめる。数えきれない失敗を経た今、いつも以上に緊張と期待が高まる。竿に伝わる引きの手応えを逃さぬよう、今度こそ仕留める決意で待ち続けた。


それからも試行錯誤を繰り返した末に釣り上げる事にした大型魚はかなりの数に至った。


そしてやっと色付きの結晶石を取り出す事に成功する。


能力はシンプルに潜水能力向上するといったものだ。これまでに得た能力に加え28階層で得た気配を消す技術と組み合わせ、何とか30階層のゲートに乗り込む事が出来た。


そして浮遊感と共に30階層へと上りだした。




――そこで、俺のこれからの運命が変わる。

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