兄 は最強、妹は配信者。――今日もダンジョン探索!

蓬蓮

第1話



その男は冷たい目でジャングルの緑を見つめていた。


湿気がまとわりつく密林の空気の中、日本人の男は数歩先を進みながら、周囲の音に全神経を集中させる。今回の作戦は、アメリカ軍との合同で行われる階層任務。この男が起用されるのは、獲物の動きが想定外であると判断された時だ。


「ジャップ、この先の谷を越えれば目標地点だ。ここからが本番だ」


アメリカ軍の部隊長であるハミルトン少佐が、少し緊張した声で言った。彼はこの実績を持つ日本人に対して、その無口で無感情な態度に少しだけ困惑している様子だった。


「心配するな、少佐。お前たちは俺に従え。失敗はない」


日本人の男は短く返事をし、再び前を見据える。彼にとってこの階層は、ただの通過点に過ぎない。成功のために必要な要素は、すでに頭の中で描ききっていた。


「そいつは頼もしいが、獲物も手強い。油断するなよ」


少佐はそう言って部隊に指示を出すが、内心では日本人の男が過大評価されているのだと、少なからずの疑問を懐き軽視していた。


しばらく進んだ先、突然ジャングルの静寂が破られた。


突如、ジャングルの深い闇の中から、それは轟いた。空気を震わせるような重低音が全身に響き渡り、鳥たちは一斉に飛び立ち、木々がざわめく。

咆哮――まるで大地そのものが怒りに震えるかのような獣の叫び声。

それは遠くからでも耳を劈き、獲物の背筋を凍りつかせる。深く、低く、腹の底から湧き上がるような声が、空気を引き裂き、まるで生きている者すべてを威嚇しているようだった。


一瞬の静寂の後、再びその咆哮が大地を揺らす。重厚で野性的な力がこもった声には、純粋な破壊の欲望と、抑えきれない力の迸りが感じられる。


その遠くから聞こえる咆哮に、ハミルトンが脳波操作インターフェースBWIに問いかける。


『何だ、誰か応答しろ!状況報告を!』


だが、BWIからは返答がない。インターフェースとリンクしている日本人の男は少し先を見つめ、無言で部隊を止めた。


「待て、獲物が動いている。俺が先に行く。援護は必要ない」


「待て、ジャップ!一人で行くなんて無茶だ!」


「お前たちのスピードでは追いつけない」


そう言い残して、日本人の男は瞬時に姿を消すように前進する。彼の動きは素早く、ジャングルの中を滑るように進んでいった。足音も立てず、草木に隠れた敵の気配を瞬時に察知する。


クラックス狂暴なゴリラか」


視線の先に、先行していた数名の倒れたアメリカ兵、まだ生きてはいるが早急に手当てが必要な状況だ。そして、それらを見下ろす様にクラックスが胸をドンドンと叩き興奮していた。


だがその状況を目のあたりにした日本人の男は怯まなかった。


男は敢えて無造作に数歩進み姿を晒す。


それに気付くとクラックスが男を見つけ突進してくる。その瞬間、その動きを先に読んでいたかのように、サイレントヴォルトハンドガンを取り出し、エネルギープラズマ弾一発でクラックスの急所である左目を撃ち抜いた。クラックスは少しの痙攣をおこした後にドスンと大きな音を出し倒れる。


だが、まだいる。


そう確信した日本人の男はすでに次の標的に向かって動いていた。


「三匹……右後方からもう一匹、左前方にも二匹だ」


男は短く呟きながら先ほどより小柄なクラックスを次々と倒していく。正確無比な射撃、反撃される間も与えないスピードで、三匹のクラックスは倒れた。


少佐と部隊が追いついた時には、すでに戦闘は終わっていた。


「何て奴だ……」


倒れたクラックスは4匹いたが、この日本人の男には一切の疲れが見えない。


到着した部隊が負傷した仲間に応急処置を施している間に、日本人の男はすでに倒れているクラックスの心臓部をこじ開け何かを取り出していた。


「色付きか。当たりだな」


「ジャップ……あんた、一体何者だ?」


ハミルトンが驚き混じりに問いかける。この男の強さに、少佐は驚きを隠せなかった。


「おいおい、失礼なヤツだな。名は先に言っただろう? もう一度言うが俺は探索者シーカー星波ほしなみだ。――無駄口はいらん。次の地点に急ぐぞ」


少佐は名を聞きたかった訳では無いと顔を顰めるが、この日本人の男、星波は冷静な声でそう言い、再び前進を始めた。その背中は、幾度の死地を経験した少佐ですら頼もしく感じた。


道中、警戒しながらに進む。


そしてジャングルの奥の目的地が視野に入り、そのまま進む彼らの前に、再びクラックスが現れた。今度はさらに数が多い。先のクラックスが殺されたことを理解しての仲間意識があるのかは不明だがかなり怒っている。


「ホシナミ、今度は我々も共に戦う!」


少佐がジャップから名呼びへと変更し決意を見せ、部隊に指示を出す。アメリカ軍の兵士たちは一斉に陣形を整え、正面からの攻撃を開始した。貫通能力の高い鉛の銃弾や生物に有効なエプラ弾エネルギープラズマ弾が飛び交う中、星波はその中心で静かに動き続ける。彼の目には、敵の動きがスローモーションのように見えていた。


「お前達の相手は俺だ」


彼は瞬時に獲物を発見し、その目を正確に撃ち抜いた。続いて、近くにいたクラックスが飛び掛かってこようとする瞬間に、星波は素早くナイフを取り出しその目に突き刺した。


戦闘が終わると、ジャングルは再び静けさを取り戻した。アメリカ軍の兵士たちは、星波の驚異的な戦闘能力に圧倒され、言葉を失っていた。


「作戦完了だ、星波……お前の助けがなければ、ここまで辿り着けなかっただろう」


ハミルトン少佐が深く息をつき、星波に感謝の意を示した。


「俺はただ国からの依頼を遂行しただけだ」


そう言って星波は冷静に武器を収め、どこかへと通信している様子で振り返ることなく目的地ゲートへと向かっていった。

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