第6話 とうとう見つけた!

相変わらず、母親の猛攻撃を逃れるためと、体を引き締めるための一石二鳥のジョギングに本気で取り組むようになっていた。

ジョギングシューズも、ウェアも買った。

カードで。

親のカードで。

母親に逆らいながら、すべてを親に依存している自分が嫌だった。

(働こうかな……)

これから先、自分がどうなるのかわからなかった。


公園を何周か走ると、汗が流れ始めた。当たる風が、心地よかった。もう秋だった。

体を動かすのは好きだった。体重が落ちてきて、より動きやすくなっていた。

(バーレッスンがしたい ……)結衣は思った。

小さい頃からレッスンは毎日の日課だった。

食事をするのと同じ。

息をするのと同じ。

結衣の部屋にはレッスンバーがあったが、家でそんなことをすれば、母親が期待してしまう。

結衣は、少しスピードを上げて走った。


実家に戻って、二ヵ月が経つ頃、結衣の体形は、ほぼもどっていた。

いよいよ母親のバレエ就職斡旋が厳しくなり、結衣は息がつまりそうだった。

 この頃の母のお気に入りは新国立バレエのプリンシパルを経て、今では有名なバレエスクールの主宰を務めるバレエダンサーが、若い頃、一時期バレエをやめようと離れたことがあるという話しだった。だから、大丈夫なのだと自分に言い聞かせるように、結衣に説いて聞かせた。この話は心底うんざりだった。ちょっとバレエを続けることに迷った才能ある少女の話と、一緒にしないでと思った。

 自分がその年ごろには、迷ったりしなかった。ただ一筋に、夢を追っていた。それでも、駄目だったのだ。

ジョギング以外の時間は、部屋に閉じこもって、母親と顔を合わせないようにしていた。レッスンバーはバラバラにしてクローゼットにしまった。期待させないように。母親は、そんな結衣を冷たく突き放していた。

街は、ツリーやイルミネーションの華やかな季節になっていた。

この家で家族と一緒にイヴを過ごすのは何年ぶりだろう。

留学中は、離れていても、電話やメールで繋がっていた。パリまで母親が来て、一緒に「くるみ割り人形」を見に行ったこともあった。

今は、同じ家の中にいるのに、遠く離れているような気がした。

この家の中に、クリスマスの華やかさはなかった。


新しい年を迎えた日も、家の中は冷え冷えとしていた。

いつもなら、正月休暇はのんびり過ごす父親も、嫌気がさしたように出かけてしまった。


結衣の二十二歳の誕生日。イベント続きのこの時期にも、母親は毎年かならずお祝いしてくれた。小さい頃は、クリスマスよりもお正月よりも、自分の誕生日が一番楽しみだった。今年は、家族と顔を合わせることもなく、誰にも祝われることなく過ぎて行った。

二十二歳になってしまった。

また、条件が一つ悪くなったと、母親は嘆いていた。結衣は、もう返事もしなかった。


春らしくなってきたころ、結衣も母親も、消耗しきっていた。

(ママも、もう、限界の顔をしている)急に老けたような母親の顔をちらりと見ながら、結衣はジョギングシューズを履いた。

今日もハードめのランニングを終え、クールダウンをしながら、スマホで日課の検索を行った。

数多の画像の中で、まさにあのオレンジケーキでは? と思う画像をみつけ、結衣は思わず声を出しそうになった。追いかけると、誰のかわからないブログへ移った。

『大阪のおばちゃんにもらったオレンジケーキ、めっちゃうまかった!』隅に、小さくケーキの箱も写っていた。

画像が荒く、あまり読み取れなかったが、住所は大阪と福田の文字が読み取れた。

そして店の名前「進上洋菓子店」も。

(見つけた! とうとう見つけた!)

店の名前さえわかれば、なんとかなるだろう。

結衣はその日の午後には、新幹線に乗っていた。

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