第14話 男気を見せるオリバー / 草むしりは楽しいかも
「お医者様。オリバー様は大丈夫でしょうか?」
「命まで落とすことはないでしょう。だが、醜い傷跡は一生消えないかと思われます。皇女様がご無事でなによりでした」
「そんな……。オリバー様が私のせいで……」
「この男はフリートウッド王国の騎士だったのだろう? 顔や身体の傷など騎士にとっては男の勲章だ。ビクトリアが気に病むことはない。それにこいつはビクトリアを過去に泣かせた。これは天罰だ」
そんな兄の言葉にビクトリアは首を横に振った。
「そんなことをおっしゃるお兄様は嫌いですわ。オリバー様のお陰で私は無傷だったのですよ」
アレクサンダーはビクトリアがとにかく可愛い。やっと探し出した双子の妹。不遇な目に遭っていたビクトリアを全力で可愛がり、守ろうと心に決めている。そのため、ビクトリアを傷つけた者はアレクサンダーにとっては敵であり、天罰を受けるべき存在なのだ。
やがて気がついたオリバーは、ビクトリアの姿を認めると、号泣しながらも彼女が生きていたことを心から喜んだ。
「他人の空似ではなく、本当にアグネスなんだね。崖から飛び降りたと聞いたときは、自分の選択をどれほど後悔したことか。生きていてくれて本当に嬉しい。……こんなに嬉しいことはないよ」
ビクトリアは戸惑った。自分がどんなに手紙を書いても返事すらくれなかったオリバーなのだ。自分が亡くなっても、悲しむことはないと思っていた。
「ちょっと待て。再会で感動しているのはお前だけだ。ビクトリアを自分で振っておきながら、なにごともなかったように元に戻れるなどと思っていないよな? お前とは身分は違いすぎる。私の妹だぞ、敬語を使え! それに、お前はアリスを選んだのだろう?」
「元に戻れるとは思っていませんし、一生償って生きる覚悟です。今この瞬間も、皇女殿下をお守りできたことだけで十分満足しています。こんな僕でも役に立てたのが、ただ嬉しいのです。婚約者を変えたことについても、弁解するつもりはありません。どんなことがあっても他の道を探すべきでした。それを怠ったのは、間違いなく自分の怠慢ですから」
アレクサンダーは目を細め、オリバーを値踏みするように見つめた。彼の屈強な体つきは、ローマムア帝国の皇衛騎士たちと比較してもまったく劣るところがなかった。また、彼が語る内容はしっかりとしており、オリバーが自らの浮気心によってビクトリアを裏切ったのではないことも容易に察せられた。
ーーなにかわけがあるのだろう。しかしだ。こいつが婚約者をアリスに替えることを承諾さえしなければ、我が妹はあの瞬間崖から飛び降りることもなかったのだ。もし、私があそこで間に合わなかったら……ビクトリアは死んでいたんだぞ! やはり……許さん!
アレクサンダーは声を荒げて、オリバーに言い放った。
「お前のことは一生許さん。だが、今回妹を救ったことは褒めてやろう。傷が癒えたら、ここから早めに出て行くことだ。お前がローマムア帝国に定住することを許可するつもりはない」
「このまま出て行くわけにはいきません。スペイニ国の過激派の男たちと少女を処刑することだけはしてはいけない。そんなことをしたら、多くのスペイニ国民の憎悪を買いますよ。また新たな者たちがこの国にやってきて、皇女殿下を狙うでしょう」
「我が妹を襲ったのだぞ? あの液体が目に入れば二度と光を見られず、顔にかかればビクトリアの美貌は台無しだ。身体のどこにかかっても許せない。……例え指先に一滴しか、かからなくても同じこと。大罪人だ」
「あの少女はどうなりますか?」
「あの者もあいつらの仲間だったようだ。もちろん、同じく処刑される。当たり前のことだろう? 皇女を害そうとした男たちを手伝ったのだぞ」
「でしたら、少女の代わりに僕を処刑してください。彼らはローマムア帝国とアレクサンダー皇帝陛下を恨んでいます。それには理由があるんです。今、彼らを殺したら、それこそスペイニ国王の思うつぼです」
オリバーは、スペイニ国でのローマムア帝国の下級騎士たちの行動について口を開いた。騎士たちは定期的にスペイニ国に現れ、暴力を振るい、食料を強奪するなどやりたい放題の振る舞いをしていること。そして、その騎士たちによって妻や娘を拉致されたり、乱暴される被害に遭った人々が、過激派として敵討ちのためにこちらへ来たのだと説明したのだ。
「ローマムア帝国の騎士がスペイニ国で暴れているだと? 我が帝国は豊かで下級騎士といえど、生活に困る惨めな暮らしなどしていない。そんなことをする必要はないのだよ」
「僕はスペイニ国王の仕業だと思っています。この傷が癒えたらすぐに、そのあたりを探ってきます。ですから、過激派の男たちや少女を処刑するのはお待ちください。僕が悪の元凶であるスペイニ国王の首を持って来ましょう。この命をアレクサンダー皇帝に預けます」
「たいした度胸だ。少女の代わりに処刑しろと言ったかと思えば、スペイニ国王の首を持ってくるだと? 面白い。皇家直属の
「ありがたき幸せ」
傷跡が残りながらも体力を回復したオリバーは、スペイニ国へ向かう決意を固めていた。ビクトリアは何とか引き留めようとしたが、オリバーの意思は揺るがない。
「皇女殿下のお命が再び狙われぬよう、悪の根源はこの手で断ち切ります。私は生きている限り、必ずあなた様をお守りいたします。そのためには、スペイニ国王を野放しにはできません」
その礼儀正しい言葉に、ビクトリアは少しの寂しさを感じつつも、同じように丁寧な口調で応えた。
「必ず、生きてお帰りくださいませ。私はあなたの帰還を待っています」
さて、スペイニ国に再び足を踏み入れたオリバーは……
♦♢アルバートside
「お前、フリートウッド王国の貴族だったんだって? いつも屋根から落ちそうになっているおっさんの子供だろう?」
「こいつの母親は洗濯メイドだ。妹は厨房に出入りしている男にやたらと声をかけるおかしな女さ。お前だけ奴隷の烙印がないんだな。運の良い奴め」
「なんでこんな奴が新入りで入ってきたんだか……サボって俺たちの足を引っ張るなよ。皇女様誘拐犯の息子なんかと働きたくないよ」
アルバートは、何もしていないうちから、敵意に満ちた庭師たちの視線を浴びていた。
「よろしくお願いします」
それだけ言うと、日差しが降り注ぐ庭の一角でしゃがみ込み、雑草と格闘し始めた。周囲には色とりどりの花が咲き誇り、その美しさがアルバートの心を少しだけ和ませる。草をむしる手は徐々に疲れを感じ始め雑草の根が頑固に張りついていることに閉口したが、頑張ってすっかり雑草を抜き取ると、自分が任されていた区画がすっきりと整い達成感を覚えた。
もともと学業はそれほど優秀ではなく、剣術も平凡だったアルバートにとって、この達成感は新鮮なものだった。庭園の草取りは、身体を動かした分だけ結果が目に見える。
ーーずっとしゃがんでいたから足腰が痛むが、この仕事は嫌いじゃないぞ。
アルバートは思わず微笑んだ。
「大罪人の子にしては、文句も言わずによく働くなぁ。俺たちの任された区画もむしってくれよ。気が利かねぇなぁ、新入りは先輩を手伝うのが当たり前だろう?」
先ほどの庭師たちは、アルバートがむしり取った草が入った籠を足で思いっきり蹴飛ばしたのだった。
•───⋅⋆⁺‧₊☽⛦☾₊‧⁺⋆⋅───•
※前のお話しで修正部分があります。
アレクサンダー皇帝が少し後方から馬で駆けつけると、すぐさま
そうは言ったものの、オリバーが苦痛に耐えきれず意識を失いかけた時、
このふたつを加筆しました。読者の方より、毒をかけられたオリバーに触ったら
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます