第8話 奴隷の烙印

 「母上。鞭などでは、私の怒りは到底収まりません。刑史長、大罪人の奴隷に使う烙印を持ってくるのだ!」

 アグネスに似た男が堂々とした足取りで近づき、その声を高らかに響かせたのだった。


 その圧倒的な威圧感に、私はただ震えるしかなかった。アグネスがローマムア帝国皇太后の娘であるならば、この男性は彼女の兄、つまり、この広大なローマムア帝国を治める若き皇帝であることに他ならない。冷血皇帝として名を馳せる彼の前で、恐怖に飲まれた私は生きた心地がしない。


 「そこの女! 人さらいの極悪人がよくも私の妹を、『我が儘で嘘つき』などとぬかしたな? ビクトリアアグネスが許すと言わなかったら、お前などその舌を引き抜き、生きたまま火あぶりにしてやったものを……。いや、その手足のいっぽん一本を、爪からはがし骨を折り……」


 流石は冷血皇帝の名に恥じない残酷さだと、私は気を失いそうになった。夫は皇帝陛下の言葉と絶対零度の眼差しだけで、すっかり震え上がり失禁しているぐらいだ。


 刑史長は炎の中で赤く熱せられた烙印を、私たちの前に持って来た。それは煙が漂い、不気味な光を放っていた。夫はそれを見ただけで気絶し、私は恐怖で顔がこわばる。


 用意された烙印は四つ。つまり、アリスとアルバートも烙印を押されるということ?

それだけは許せない……

 

 「お願いでございます! 娘や息子にはなんの関係もありませんっ! 私と夫の罪で、子供たちはなにも知りません。子供たちだけは見逃していただけませんか? お願いです!」

 私は床に頭をこすりつけて懇願した。けれど、皇帝陛下は鼻で笑った。


 「ビクトリアアグネスを誘拐し、その宝石を着服しておきながら、彼女をいない者として冷淡に扱い続け、親子ほども歳の離れた男に売り飛ばすように嫁がせたお前が、今さら自分の子供だけは助けてほしいと願うとは。あまりにも身勝手で、浅ましい」

 さらに皇帝陛下は私を睨みつけながら、話を続けた。

 「お前が私の母上の立場だったら、どう思う? 愛する娘を誘拐したくせに粗末に扱い、自害を図るほど追い詰めた女の頼みなど聞けるのだろうか?」

 

 逆の立場? いきなりそんなことを言われても、想像なんてできない……それでも、同じ母親の立場ならば私の気持ちはわかるはずよ。


 「皇太后殿下。子を思う気持ちは親として同じはずです。私たちは甘んじて烙印をうけましょう。ですが、子供は無関係です。子供たちはアグネスのことを捨て子だと思っていただけで……」


 恐ろしいほどの沈黙がその場を支配した。皇太后陛下も、皇帝陛下も、一言も発さない。時間が過ぎるのが異様に遅く感じられるほど、重い空気が漂っていた。やがて、やっとのことで皇帝陛下が静かに口を開いた。

 

 「つまりは、お前たち夫婦はビクトリアアグネスを誘拐し、ミラベル侯爵夫妻を死に追いやっておきながら、我が妹を捨て子だったと自分の子供に教えていたのか?」


 「……は、はい。そういうことになります。自分の子供たちに、みずから誘拐犯などと暴露する母親はいません」


 「刑史長! この女から烙印を押せ! お前たちはこれから全員奴隷として、皇宮内の雑用をするのだ。生きているだけでも、ありがたいと思え。本来ならば死罪だ」


 刑史長と呼ばれた大男の顔には一切の感情がなく、まるで感情そのものをどこかに捨て去ってしまったかのような冷たさが漂っている。


「押さえておけ、暴れるなよ」

 

 煙の立ち昇る赤々と熱せられた烙印が、私の腕に迫ってくる。瞬間、鉄が肌に触れると……

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