第3話

「責任を取って頂きます」


 目の前の男は、間違いなくそう言った。


 何故言っている?責任を取れ?なんに対してのだ?もしかして、あの夜の事を言ってる?いや、そんなはずはない…


 シャルロッテは困惑の色を隠せなかったが、コホンと咳払いをしてから問いかけた。


「一体何を言っているのか分かりませんが、初対面の者に随分と高圧的な態度を取りますね」

「は、初対面?ご冗談を…」


 ルイースは白を切ろうとするシャルロッテに鋭い目を向けた。


「あの熱い夜を忘れたとは言わせませんよ?」


 恐ろしい程の笑みを浮かべながら言う。その眼は完全に確信を得ている。シャルロッテは「な、ななな…」と狼狽えることしかできない。バレるなんて微塵も思っていなかったのだから仕方あるまい。


「驚きましたよ。あの日の相手がまさか魔女なんて…」


 漆黒の髪を手にすると、口付けながらはっきりと言い切った。シャルロッテはその言葉で自分の失敗を痛感した。


(しくった…)


 この男は身体を重ねた時に、微量な魔力を感じたのだろう。普通の人間魔導師なら気付かないが、相手が悪かった。


(腐っても天才か)


「チッ」と小さく舌打ちすると、髪を持っているその手を叩き落とし、こちらも笑顔で向き合った。こうなっては開き直るしかない。


「あら、魔女で悪かったわね。大丈夫よ。別に誰かに告げ口なんてしないから」


 髪をかきあげながら椅子に座ると、足を組みながらパイプ煙草に火をつけた。

 大胆に太腿が露になりルイースは顔を染めるかと思えば、眉を顰めてこちらを睨んでくる。


(おや、思った反応と違うな)


 大抵の人間は頬を染めて顔を背けるのに、この男は違うのかと少し興味が湧き、薄い唇が弧を描いた。


「…貴女はいつもそうして、男を誘惑しているのですか?」


 まあそんな事実はないのだが、早急にお帰り頂きたいのと揶揄ってみたいという悪戯心で「そうだと言ったら?」と挑発するような言葉をかけた。


 すると、軽蔑するような目でこちらを睨みつけてくる。


(そうそう。それでいい)


 悪い魔女には近付かない方がいい。…と言うか、これ以上関わってくるな。


 余裕を見せつけるかのようにパイプを吹かしていると、その手からパイプを奪い取ったルイースが真っ直ぐと見つめてくる。


「言ったはずです。責任を取っていただくと」

「それはなんに対しての責任?もしかして、あの夜の事を言ってるんだったら、責任を取ってもらうのはこちらの方じゃなくって?」


 この場合、女性側が言うもんだろ。何故、貴様が言う。


(確かに、言い出したのは私だが…)


 それはお互いに同意の上での行為だったはず。それも、一夜限りと言う条件付きで。


 それなのに、わざわざこんな場所まで訪れて責任を取れだと?そんな生娘みたいな事言われても…


(………………)


 そこで、一つの仮定が頭に浮かんだ。


「あ、もしかして、童て─ッ」


 ─パシッ!!


 叩きつける勢いで手が伸びて口を塞がれた。その顔は羞恥心で真っ赤に染まっていた。


(おやおや)


 てっきり女遊びを熟知していると思ったら、まさかの未経験。


 これは参った。都合よく遊んだつもりが、向こうはそうは思っていなかったか…というか、それならそうと最初に申告すべきだろ。たくっ、面倒な…


 シャルロッテは頭を掻きながら深く息を吐いた。


「それで?私にどうしろと?…先に言っとくけど、これはあんたの責任でもあるんだからね。私だけ責められるのは筋が違うわよ」


 元をただせば、この男が詫びがどうのと言い出したのが発端だ。そこはしっかり指摘させてもらう。


「ええ。分かっておりますよ。売り言葉に買い言葉でムキになった貴女が引くに引けなくなった結果ですね」


 確かにその通りだが、わざと煽るような言葉を言ってきたのはそちらだ。何故、私が責任を取らされるのか…


(解せん)


 納得がいかない表情で顔を上げると、腰を抱くようにスルッと手が伸びてきた。


「─私はあの日、隣にいるはずの貴女の姿がなく、どれ程の喪失感に襲われたか…」


 綺麗な言葉を並べているが、要はヤり逃げされたと思って腹が立ったと言うことか。


「ようやく見つけましたよ。もう逃げれるとは思わないでくださいね?」


 獲物仕留める様な鋭い眼光で追い詰められ、シャルロッテの額に嫌な汗が伝った。


「とりあえず、私の屋敷に行きましょう。詳しい話はそこで」


 言うが早いか、足元に魔法陣が浮かび上がり光だした。


「はぁ!?冗談じゃない!!」


 慌てて陣から抜け出そうとするが、ルイースの腕に閉じ込められ身動きが取れない。


「言ったはずです。逃がさないと…」


 耳元で囁かれた言葉を最後に、景色は一変した。

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