第2話
それから一週間。
なんとなく酒場から足が遠のいていたが、そろそろ女将の煮込み料理が恋しくなり、久しぶりに足を運んでみた。
「おや、見かけない顔だね」
「最近越してきたんです」
流石に前の姿は出来ず、雀斑顔におさげと言う田舎の町娘姿でやって来た。
「そう言えば、この間ルイース様と揉めてた娘さん最近見ないね」
「ああ、あれからぱったり来なくなったねぇ」
女将と常連客の会話に「ここにいますよ」と口元が緩むのを必死に抑え、心の中で呟いておいた。
「おや、なんだあんたら知らんのか?そのお嬢さん、何やらルイース様の反感を買ったらしくてな。血眼になって探してるって噂だよ?」
横で飲んでいたもう一人の客の口からとんでもないことを聞かされたシャルロッテは「ブー!!!!」と勢いよく酒を吹き出した。
「大丈夫かい!?」とむせるシャルロッテに素早くタオルを渡しつつ背中をさすってくれるが、それどころでは無い。
口の端から酒を零しながら、どういうことか聞き出そうとした。その時─…
「お、ルイース様じゃないか」
心臓が口から出るかと思った。
「今ちょうど、噂していた所だよ」
「それは気になりますね」
ルイースはシャルロッテに気付く様子もなく、カウンターに腰掛けた。
当のシャルロッテは息を殺し、カウンターの端で小さくなって酒を飲み始めた。
「いやぁ、この間のお嬢さんをルイース様が探してるって話を聞いて、まさかなぁって思ってさ」
あはははと冗談交じりに言ったが「そうですよ」と即答で返事が返ってきた。
「この店に来ればまた会えるかと思ったんですが…」
「え、あ、ああ、あのお嬢さんなら、あの日以降は来てないよ?」
「そうですか…」
人当たりはいいがあまり他人に興味を持たず、去るもの追わず来る者は拒まずのイメージが強いルイース。そんな彼が、特定の人間に興味を示すなんて…その場にいた全員が驚愕の表情をした。
「ん?そちらのお嬢さんは?」
急にこちらに視線を向けられ、ビクッと肩が跳ねた。
「ああ、この子は最近こっちに越してきたらしいんだよ」
「へぇ~、随分若く見えますが…」
「これでも一応、成人してますので」
疑われないように必死に笑顔を取り繕い対応するが、ルイースの鋭い目は中々逸らしてくれない。
気にしたら負けだと思い酒を呷るが、これ程までに喉を通らない酒は初めてだった。
しばらくすると諦めたのか、溜息を吐きながら席を立った。
「…また来ます。もし、来たらすぐに教えて下さい」
それだけ伝えると、酒も飲まずに店を出て行った。何やら慌てた様子にその場にいた者らは「何があったんだ?」と口々に噂しだし、シャルロッテは居心地の悪さに酔いもそこそこで家に帰ることにした。
❊❊❊
ドンドンドンッ!!
次の日の早朝、けたたましい音でシャルロッテの目が覚めた。
外はまだ日が昇り始めたばかりで、鳥の声もまばら。なんなら朝霧がかかっている始末。
「一体、誰よ…」
そう呟くが、一人だけ思い当たる節がある。
月に一度、珍しい薬草や薬に使われる材料を届けてくれる、薬の移動販売屋がいる。そろそろ来る頃だなと思ってはいたが…
この場所を知っているのはそいつしかいない。何より、こちらの都合を考えず非常識な時間に訪れてくるなんて、奴しか考えられない。
「もぉ~、分かった分かった。今開けるわよ」
気だるそうに体を起こし、鳴り止まない扉へと近付いた。
「はいはい。何度も言うようだけど、時間を考えて─…」
扉を開けながら顔を上げると、そこには仁王立ちのルイースが立っていた。
「………間違えました………」
何事も無かった様に扉を閉めようとしたが、いち早く足を入れられ閉めることが出来ない。
「ちょっと!!人を呼ぶわよ!!」
「こんな森の奥に人が来ると?」
「─ぐっ」
澄ました顔で言い返してくるが、扉をしっかりと持って離さない。その力の強さときたら、本当に魔導師か?と疑うほど。
(…ちょっと待て…)
良く考えたら、この人は仮の姿しか知らない。
気持ちを落ち着かせるために「ふぅ」と小さく息を吐くと、笑顔でルイースに向き合った。
「誰かと思えば、魔導師様じゃないですか。一体、こんな寂れた場所に何用で?」
腕を組み、引き攣る顔を誤魔化しながら精一杯強がって見せたが、ルイースの表情は強ばったままシャルロッテを見つめていた。
「なんだ?」と怪訝な表情を見せるシャルロッテに対して、ルイースの表情は更に険しくなっていく。
「…貴女は、いつもその様な格好で客人をもてなすんですか?」
そう言われて「ああ」と納得がいった。
叩き起されて着替える間もなかったので、今のシャルロッテは夜着のまま。透き通るような白い肩や脚が剥き出しになり、谷間を強調する豊満な胸を見せつけられては、目のやり場に困るのだろう。
「いくらなんでも警戒心が無さすぎませんか?それでは襲ってくださいと言っているようなものです」
まっことその通りだが、別にあんたに言われる筋合いは無い。ましてや、こんな時間にやって来る様な奴に言われたくない。お節介もここまで来ると鬱陶しい。
「…悪いけど、朝っぱらからお小言を聞くつもりはないの。用がないなら帰ってくださる?」
キツめに言い返したが、ルイースは「いいえ」と口にすると、シャルロッテを逃がさないように壁に追い込んだ。
「帰りませんよ。貴女には責任を取っていただく必要がある」
剣呑な光を目に灯しながら眇めていた。
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