第26話
さて。そうやってカーティスとの関係を深めていく間に、あっという間に1年の月日が流れた。相変わらず俺達はプラトニックな関係を保っていたが、いつまで続くかも分からないこの関係に不満が現れてもいいようなものを、やっぱりカーティスは不満の1つも見せない。本当に俺には勿体ない、よくできた伴侶だ。そう思う度誇らしく思うのと同時に、だからこそ手放さなくてはと思うのが、最近では少し苦しくなってきた気がする。そろそろ潮時なのだろうか……。
どうせ離婚するなら、本格的に仕事に入って忙しくなる前の今頃が丁度いいと思う。だから、決断するなら早くした方がいい。先延ばしにすればするだけカーティスに迷惑がかかる。そうは思っても彼の魅力的な笑顔を見る度悩みは全て消え去ってしまい、いつまで経っても確かな答えは出せなかった。そんな悩みを抱えていた時のことである。呼ばれて行った先の夜会で、ある決定的な事が起こった。
「オリバーさん。顔赤いけど、もしかして酔っちゃった?」
「あー、そうかも……。テドラナ夫人のフルーツポンチ、美味しいからって飲み過ぎたな」
「オリバーさんは果物好きだもんねぇ。テドラナ夫人のフルーツポンチは度数が高いのにサッパリ美味しくてスルスル飲めちゃうし、仕方ないよ。テラスに行って風に当たってくる? 今夜は気温が丁度良くて、夜風が気持ちいいよ」
「そうだな、そうするか。カーティスも来るか?」
「当然!」
ニッコリ笑ったカーティスが、慣れた動作で俺に向かって自分の腕を差し出す。俺の方も流れるような自然な動作でカーティスのその腕に自分の腕を添えた。こうして腕を組んで歩くのは、この1年ですっかり見に染み付いた習慣だ。何かある度ことある事に腕を組んで引っ付いているのが、最近の俺達のお決まり且つお気に入りのパターン。その様子を見た人に結婚1年経ってもまだラブラブね、と言われる度正直離婚の事が頭を過ぎるが、それでもこればかりはなかなか止められなかった。
さて、今日も今日とていつも通り、俺達はいい歳こいてくっ付き合って2人一緒に行動している。自分では最早顰蹙を買うレベルだと思っているのだが、世間では『最初は相手を思って身を引こうとしたオリバーが、カーティスの真摯な愛に心を開いて今や2人はラッブラブ』という認識で受け入れられているらしく、頂戴するのは微笑ましそうな視線ばかりである。なんだか下座さないが、これだけくっついておきながら否定するにのはら言動の不一致が問題になってくるので何も言えない。とはいえ、時にはどうしても離れなくてはならない時と言うのもあって……。
「失礼致します。カーティス・コーエン様はいらっしゃいますか?」
「僕がそうだが、何か用かな?」
「ダンカン様からの伝言で、お仕事に関わる事でお話があるので至急第1娯楽室にお待ちしているとの事です。それ程時間は取らせない、とも申し上げておりました」
「そうか、分かった。伝言有難う。直ぐに向かうよ」
2人でテラスの手摺にもたれかかり、様々な話を語らいながら風に当たって涼んでいたら、扉が開いて中から出てきた侍従がそう伝言を伝えてきた。仕事の話と態々言ったという事は、機密もあるので部外者の俺は連れてくるなという意思表示だろう。カーティスが制式に外交官に任命された後なら俺もその外交官の家族という事で、機密を守れるなら情報の出される場に立ち会ってもいいのだが、残念ながらまだカーティスは外交官への正式就任前の見習い期間中。今回は俺はついていけない。その事を察したらしいカーティスが、嫌そうに唇を尖らせる。
「うぅー、オリバーさんを1人にしたくない……」
「まあまあ、これから先外交官に制式採用されたらこういう別行動する場面はどうしてもちょくちょくあるだろうし、その練習だも思えばいいさ。今から慣れといて、損はないだろう?」
「でも、こんな魅力的な人を1人にしたら有象無象が吸い寄せられて大変な事に」
「ならないから。カーティスが俺を気に入ってくれてるのは嬉しいけど、どうやら俺の魅力はお前にしかきいてないっぽいし、そこまで気にしなくていいって」
「そうは言うけど、心配なのは仕方ないじゃんか」
「それなら、サッサと仕事の話をしに行って、サッサと話し終えで、サッサと帰ってこい。俺はここで大人しくお前を待ってるから」
「……分かった……」
渋々ながらも、カーティスがその場を離れる。立ち去り際に俺の方を名残惜しそうにチラチラと振り返っていて、後ろ髪を引かれているのが見え見えだ。それに苦笑しつつもここで甘やかしては成長に繋がらないので黙って手を振って見送るに留める。本当、よく懐いたもんだ。そういう歳頃なのと環境が良くなったのとで最近は身長が伸びて体の厚みも増しているが、どれだけ顔つきが精悍になり大人っぽい雰囲気になったとしても、俺からしてみればいつまで経ってもあの子の印象は甘ったれな可愛子ちゃんのままだ。
カーティスも来年には成人だから、いい加減子供扱いは止めてあげないと本人も嫌かと思うのだが、意外とそんな風に気を使っているのは俺だけっぽい。当の本人は呑気なもので、流石に普段は弁えているが人の見てないところではいつだって俺にベッタリ甘えてる。周囲の誰も頼れずに孤独な子供時代を長く過ごしたのだし、今更親や家族に甘えるにはカーティスも大分大人になってしてしまった。それなら、リリアナ王女に対する復讐の為に行ったトレーニングで、既に散々情けない姿を見られた俺なら今更取り繕っても仕方ないし、と心置きなく甘えてしまうのもまあ分かる。俺の方もカーティスに甘えられるの好きだし、適材適所ってやつだろう。
と、バルコニーの手摺りにもたれかかり、満天の星空を眺めながらそんな風に物思いに耽っていると、背後で小さく物音がした。カーティスが話し合いを終えて帰ってきたのだろうか? だが、それにしては早過ぎるし、彼ならもっと大騒ぎして全力で喜びながら俺の元に戻ってくるだろう。……若しかして、カーティスじゃないのか? 違和感を覚えて、サッと後ろを振り返る。そこには、予想外の人物が立っていた。
「父さん……どうしてここにあなたが……」
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