第24話

 俺が白旗を上げてカーティスとの婚約と結婚を了承したあの後。カーティスはブスっとした表情はそのままでも、一応納得はしてくれたらしい。掴みあげていた俺の胸ぐらを離し、しかし逃げないようにか代わりに手を繋ぎ、俺の家族との交渉を再開した。家族は目の前で繰り広げられる壮絶な痴話喧嘩にスッカリ度肝を抜かれてしまったらしく、そのまま特に抵抗も茶々入れもする事なく無事契約は交わされ、終了した。

 そして、本当に大変だったのはここからだ。家族との交渉が終わって直ぐ、俺はカーティスに連れ出され婚約と結婚準備の為にあちこち駆けずり回される事となった。一応パーティー会場を発つ前にティモシーといつの間にか現れていたコーエン侯爵家一家とは挨拶をしたけど……。ティモシーはよろしくと笑顔で言いながらギッチギチに握手をしてきて痛怖かったし、長兄のマーシャルさんは末弟をよろしくと優しく握手してくれたが、笑顔の裏でカーティスになにかしたら殺す、と雄弁に語っていて怖かった。コーエン侯爵夫妻が揃って純粋に婚約と結婚を祝福してくれたのが、有難いやら申し訳ないやら。

 なんにせよその日から、カーティスと俺の怒涛の結婚準備期間が始まった。カーティスは俺が目を離した隙に逃げ出すと確信しているらしく、俺はどこに行くにも彼の厳しい目に監視されていた。いや流石にここまで来て逃げる程薄情ではないと弁明したかったが、そんな事言える立場ではないので甘んじて受け入れるしかない。トイレだけは泣きついて勘弁してもらったが、それ以外のところでは俺は常にカーティスとニコイチだった。

 婚約自体は異例の速さで進み異例のスピードで書類が準備、提出、受理されあのパーティーの翌日には俺とカーティスは婚約者になっていた。婚約関係の届けに書かなければならない証人欄に、王弟殿下の名前が書いてあるのに気がついた時、俺がどんな気持ちだったか分かるか? あれはどうにも筆舌に尽くし難い。ただ、包囲網は既に形成されているのを悟った。

 物見遊山の野次馬が集まっても五月蝿いだけだし、三男の結婚だから結婚式は小さく身内だけで。そんなカーティスの希望に俺も反対はなかったので、小規模に決まった結婚式の準備自体はそこまで大変ではなかったと思う。カーティスが『一刻も早く逃げられなくしたい』と言って、超特急で準備をさせなければ……。しかもその結婚準備の中に俺を身綺麗にさせる、と言ってこれまで世話になってきたパトロン達にさせられる作業が入ったもんだから堪ったもんじゃない。俺ですら覚えていない世話になった人間までカーティスはどうやってか調べ尽くし、2人で『お世話になりましたー、今度結婚しますー』ってやらされるんだ。祝福もされちゃって、なんだか遠い目をしてしまう。

 まあ、そんなこんなでやいのやいの言っているが、俺自身はカーティスとの結婚が嫌な訳ではない。散々拒否したのはカーティスの相手として自分が出されるのが納得いかなかっただけだ。可愛い弟分のカーティスには幸せな結婚をして欲しいしな。後、単純に自分が家庭を持つ事に実感がない。家族から爪弾きにされて育ったので、馴染みがないのだ。それ故に自分なんかと結婚しても、カーティスを幸せにしてやれる自信が全くない。彼にはもっと、相応しい人間が絶対に居ると、未だに心の底から信じている。

 だから、情熱を傾けているカーティスには悪いがこの結婚は遅かれ早かれ必ず駄目になると思う。俺には家族が理解できないし、どうせカーティスも『初めての相手』というものに執着しているだけだ。その呪縛が解ければ俺との関係は破綻するだろうし、そうなった時俺はいさぎよくカーティスを手放して彼を本当の運命の人の元へと快く送り出すつもりでいる。カーティスの運命の相手なら、若さ故の過ちでついたバツ1つくらい、許容してくれると信じている。本当は結婚自体止めといた方が後腐れなくていいんだろうが……。こればっかりは俺の意思だけでは止められないので許して欲しいな。

 まあ、なんにせよそんな感じで色々あって……。雲1つない晴天が気持ちいい某佳日。俺とカーティスはささやかな結婚式を挙げた。とは言っても、侯爵家身内だけが参加する式にしてはささやかな、といったところだけど。一時期だけとはいえ浮浪児スレスレの生活をしていた伯爵家の人間から言わせてもらえれば、充分豪華だった。

 この頃にはすっかりカーティスの機嫌は治っていて、むしろ式前の1週間くらいはもう直ぐ俺と結婚できるとあって毎日ルンルンって感じ。式の最中もずっと俺の事をウットリと見て、こんなに素敵な花婿さんが僕の伴侶だなんて……と夢見心地に呟いていて内心いたたまれなかった。参列者達も軒並み祝福モードで、お世辞だろうが俺とカーティスはお似合いだと言ってくれて皆口々におめでとうと言ってくれる。ティモシーからカーティスを不幸にしたら殺す、と笑顔で言われたのは記憶に新しい。……俺はその内、こいつにマジで殺されかねないな……。

 なんにせよ、俺とカーティスは目出度く……いや、目出度くなのか? ともあれ結婚を果たした。あのパーティーでのリリアナ王女の凋落以来、カーティスの株は鰻登りだ。後2年成人まで親元で過ごしてリリアナ王女に奪われた家族の時間を満喫したら、その後は本人の希望もあって王弟殿下に仕事を教わる事になるらしい。

 というのも、ただ今国内政治は大荒れで、表ではいい顔しながら隠れて不正や横暴を働いていたリリアナ王女と、それを分かっていながら黙認しバレたら知らなかったで逃げようとした現国王陛下への不信は留まるところを知らず、権力の場から追い出そうという気運が高まっているのだ。そして次の君主として担ぎ出されたのが、人格者と名高く同時に今回の一連の事件発覚の立役者、王弟殿下だ。王弟殿下が新しい国王になるに当たって外交を担う人員の座が空くので、その後釜を担う人材として目をつけられたのが、若輩ながらも実績のある大変優秀なカーティスという訳だ。コーエン侯爵家としては政治の都合で貴重な子供時代を失ってしまった末っ子にはせめてこれからは手元でノンビリ過ごしてもらいたいみたいだが、本人がやりたがっているのでそれでも止めるという事はしなかった。

 対する俺は卒業後の進路が決まっていない情けない有様だったが、逆にそれが功を奏した。先にも言った通りカーティスは王弟殿下に変わって諸国を周り外交活動を仕事にするのが今から決まっているのだが、そこで問題になるのが俺の扱いである。まあ端的に言えば、カーティスが仕事で海外を飛び回るのに、自分もついて行くか否か、という問題だ。

 俺の選択肢としてはどっちも選べて、別に子供もいなくて身軽なんだから着いてってもいいし、気苦労の多い海外での生活に外交官の家族というプレッシャーが上乗せされる生活はごめんだと国内に残ってもいい。それなら俺だけだろうがそのうち離婚するつもりなんだし、ついて行かない方がカーティスも早く俺に幻滅してサッサと離婚できるだろう……。と、思っていたがカーティスがそれを許さなかった。頭の痛い事に俺が最初に婚約と結婚を渋ったせいか、結婚したら絶対に一緒に暮らす、何がなんでも離れないと言って聞かないのだ。覚悟の決まった目で無表情のままそう言われてしまえば、俺に断るという選択肢は残されていなかった。

 まあ、これで卒業後の就職先でも決まっていたら、カーティスについて行って海外を飛びまわる生活をするなら確実に仕事を続けられなくて就職からの速攻寿退社で、かける迷惑がとんでもない事になっていたと思うので結果オーライだ。今後の進路が決まると、自然とカーティスが成人するまでの国内に留まる2年間は俺も海外に行く為の準備に費やす事となる。まあ一応外交官の伴侶なので、無教養のボンクラを連れてく訳にいかないもんな。カーティスはオリバーさんは普通伴侶がになってる接待とかはしなくていいよ、と言ってくれたしそのうち離婚するつもりなので別に何もしなくても良かったが、それは流石に俺の対面的にまずい。

 カーティスが俺と相思相愛だと思い込んでからも結婚する時に釣り合う人間に慣れるようにする為、どれだけ努力をしたかを俺はこの目で直接見てきた。その上で自分は努力を放棄しボヘーッとしてダラけるなんて、恥ずかしくてできないだろう。要は男としての、プライドの問題だ。恋愛的感情がないだけで、俺だってカーティスの事は別に嫌いじゃない。いずれ愛想をつかされ離婚するにしても、それは性格の不一致が原因というのを狙っていて、我儘にも人間性に幻滅されるのは嫌だったのだ。

 そんなこんなでカーティスはこれまで没交渉にせざるを得なかった血縁との親交を深めたり2年後に備えて今から少しづつ仕事を覚えたりし、俺の方は今1度外国語を総ざらいして学び直したり必要な知識を学んだりと、それぞれ忙しくやっている。ああ、学院で外国語の授業を得意だからという理由で沢山取っていてよかった。お陰で教師役の覚えも目出度いし、立ち振る舞いやマナーも色んなパトロンに事前にしごかれていたお陰で母国と外国での違いを学ぶだけで済んでいる。カーティスの方も、血縁との交流や新しい仕事の進みも順調そうだ。

 最初俺がカーティスを拒否ったせいでイマイチ疑わしげな視線を向けてきていた義理の親族との交流も、最近では上手くいっている。持ち前のコミュ力様々である。ティモシーとの間にあった気まずい空気も大体払拭できた。俺とカーティスの新婚生活は、一応それなりに上手くいっていた。……表面上は。

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