第6話
かくして、俺による弟君……流石にこれから長く一緒に過ごす事になるので、いい加減昔のようにカーティスと呼ばせてもらうようになったが……なんにせよカーティスへのマンツーマンの劇的改造大作戦が始まった。カーティスはこの作戦に乗り気ではないしなんなら反対していたので俺の言う事を素直に聞くか少し心配だったが、その心配は杞憂に終わった。根がいい子だからか、それとも長年周囲から沢山の用事を命じられ続けた弊害か。カーティスは着々と俺が課す課題をこなしていった。
「カーティス、また背中が丸まってる。よし、額に紐を貼っつけよう。紐の先端が机に着いたら背中が丸まって頭が下がってるって事だから、意識的に背筋を伸ばし治すように。背中にもの差し入れてもいいけど、こっちの方が気が付きやすいからな」
「時間がないからダンスのステップは付け焼き刃になってしまうが、それを周囲に悟られない程度には仕上げるぞ。こういうのは実践あるのみ、体を動かさなきゃ問題点は分からないし覚わりもしない。さあ、俺が女役をやるから教えた通りにやってみせろ。相手役がでかくてゴツイのはご愛嬌だ」
「うんうん、テーブルマナーとか立ち振る舞いとかは実家に居た頃に多少身につけて基礎ができていたとは言え、もう完璧な領域に来てるな。流石に覚えが早くて助かるよ。よし、ここからは応用編だ。会話の中でさり気なく相手に好感を抱かせる方法を、その時々の時事や目の前のメニューから話題を発展させて絡めながら見つける方法を教えてしんぜよう」
カーティスは本当に良い生徒だ。何を教えても変に混ぜっ返したりしないし、乗り気じゃなかった勉強も始めてみれば一生懸命だし、座学以外はちょっと苦手だけどそれもフォローしてやれば真面目に覚えようとしてくれる。どんな事も1度注意すれば後はずっと意識できていて、最低限実家で学んだ事以外に変な癖や拘りもない。こっちとしてはとても教えやすくて大助かり。様々な改善は慣れていないから少しは難航するかと思ったがそんな事はなく、予想以上に順調に進んでいた。
カーティスの方も最初はオドオドといかにも自信なさげな様子だったが、俺とのレッスンで徐々に度胸がついていったらしい。また、王宮にいた時とは違い優しく教えるだけで誰にも詰られず実績もされない環境は彼によく合っていたようで、褒めれば褒めるだけ能力が伸びていっていっそ笑えてくるくらいだった。そうしている内にカーティスは何かに怯える事も減り、性格も昔のように穏やかさを感じるものになって、顔つきも明るくなってきまように思う。
そして優しく教え導く俺に対して鳥の雛が刷り込みされるように懐き始め、俺の方も慕ってくれるカーティスが可愛くて仕方がない。他人の好意に甘えて生きてきた俺はこれまで相手の望むがままに向こうにとって多かれ少なかれ都合のいい人格ばかりを演じてきた。そうでもしないと愛情は得られないし、捨てられちまうからな。しかし、カーティスの前では一切自分を取り繕っていない。素の自分のままだ。それはカーティスには媚びへつらう必要がないからだったが、そんなありのままの俺でもカーティスは一切嫌わなくて、それがとても心地よかった。
今やカーティスはすっかり見違えた。もう最初に再会した時のような、オドオドビクビクしている挙動不審のみすぼらしい不審者などではない。爪の先から全身を髪の毛1本に至るまで俺に磨き上げられ、特性メニューで肌艶だけじゃなく血色も良くなり、様々な素養を叩き込まれたカーティスはレッスンを全て終えていない今でも既に一端の紳士である。
ティモシーの方も頼んでおいた準備は着々と進んでいるらしい。この調子なら、卒業式後のパーティーで、周囲をあっと言わせられそうだ。ただ、カーティスには唯一どうしても治らない問題があって……。
「はい、ストップ。うーん、やっぱり見知らぬ他人と対峙すると、どうしても緊張で動きが固くなるし変な風に全身力んじゃうなぁ。俺と一対一の時なら完璧なんだが……」
「す、すいません……」
「大丈夫、気分を切り換えてまた挑戦しよう。今度はきっと成功するさ」
意気消沈して落ち込むカーティスを優しく励ます。しかし、カーティスの気持ちは上向かない。それもまあ仕方がない。だってこれで何回目かも分からない失敗だ。いつも同じ所で躓いている。何度やっても改善せず、失敗してばかりのカーティスが抱える問題。それは、俺以外の他人……特に若い女性と会話しようとすると、途端に緊張でガチガチになってしまう事だ。
ここまでのレッスンは大体問題なくクリアでにていたのだが、総仕上げも直前のここに来て詰まってしまった。変装をしてこっそり町に出て、ナンパの真似事みたいな感じでカーティスに道行く人と話をさせようとするのだが……どうにも上手くいかない。子供相手はまだ大丈夫なんだ。若い男の時もまあ及第点。ヨボヨボの年寄りは男女問わずそこそこ相手できる。ただ、若い女と壮年の男女の時がてんで駄目。固まっちまって何にもできなくなる。原因は分かってる。王宮での暮らしで積み重ねたよくない経験のせいだ。
カーティスは王宮で長年虐げられてきた。奴隷以下の扱いで、もはや虐待とか拷問とか言った方が正しいような扱いだ。仕事に少しでも手間取れば怒鳴りつけ、憂さ晴らしついでに虐め抜き、なんの非もないのにただ気まぐれで恫喝する。レッスンの合間合間に少しずつカーティスが話してくれた過去の彼に対する周囲の態度は、思わず眉を顰めるようなとても酷いものだった。そのせいでカーティスは今でも自分をいびっていた周囲の人間と同じ歳頃の人達や、諸悪の根源のリリアナ王女と同じ歳頃の少女が苦手なのだ。これでもオリバーさんのお陰で同年代の男は平気になったんですからね、と言った彼の笑顔が俺は悲しかった。
本当はカーティスに必要なのは、確りとしたその道の専門家による医療的ケアなのかもしれない。しかし、そう思った俺がそれとなく治療を受けるかと聞いてみると、カーティスは必要ないと言う。曰く、もう期日まで間がないから治療に時間は割けないし、ああいう治療は信頼関係が大切だと聞くが、今の自分はオリバーさん以外信用出来ないと思う。それなら、オリバーさんとこうしてレッスンしていた方が気も紛れるし余っ程マシだ。との事だ。そこまで言い切られてしまうとおれの一存で押し切る事もできず、結局今も様子見が続いている。
しかし、それにしたってカーティスの恐怖症を何とかしない事には、作戦は上手くいかない。彼を虐めてきたリリアナ王女やその取り巻き達に立ち向かえる程に……とまでは言わないが、せめて普通の通行人に話しかけられる程度までは改善しないと、お話にならない。いくら身だしなみを整えてもそこができていなければ全部パァだ。
最近では失敗続きなのを気に病んで精神に来ているらしく、折角上向きつつあったかの自己肯定感が下降してまた以前のように戻り始めてしまっている。それでまたよりいっそう自信がなくなって立ち振る舞いがおかしくなり、そこから自己肯定感も下がって……の悪循環だ。これは良くない流れである。どうにかしてどこかで断ち切らないと。
男に自信をつけさせて、同年代の女性に対する恐怖症も治す方法……。何かないか、何か……。これまでの自分の人生経験を遡って、見聞きした事、体験した事を思い起こす。その中で、とある時に聞いたある発言が天啓のようにピコーン! と俺の頭に浮かんだ。そうか、あの方法なら……! 俺は早速その方法を試す事にした。後から考えたら、あれは神からのと言うよりは、悪魔からの囁きだったんだろうな……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます