悪魔との契約
ヨートロー
第1話 望みを叶える悪魔
会社員、3年目。
日が落ちてなお、纏わりつくような暑さを感じるころ。
「明日会社行きたくねぇな」
彼は部屋で一人、中身が半分空いた缶を片手にぼやいていた。
仕事が上手くいかない。
新しいことを覚えられない。
上司との面倒くさいやり取り。
もしかしたら傍から見れば大したことのない程度の問題なのかもしれないが、彼の心はすり減って折れそうになっていた。
もう何のために生きているのか。
何がしたかったのか。
色々分からなくなっていた。
「ああ、しに………」
ここ最近言いそうになりながらも、その度に慌てて飲み込む口癖がまたもや飛び出そうになり同じように飲み込む。
缶の残りを飲み干し、ふと網戸にした窓のほうを向くと
「こんばんわ」
彼にとって見知らぬお客さんが蜘蛛の様な体勢で網戸の外に張り付いていた。
「………」
あまりにも驚きの光景なのと、アルコールで正常な判断が付かなくなっていた彼は声を上げることが出来ず、口を半開きにしてそのお客さんを眺めていた。
「私は悪魔。ベルゼールと申します。条件次第ではありますが貴方の望みを叶えて差し上げましょう」
悪魔と名乗った奇天烈な化粧をしてるくせにかっちりとしたスーツで身を包んだ男は器用に外から網戸を開け、家主が黙っているのをいいことに部屋に入ってきた。
ただし靴は脱いでいた。
「どうです? なにか叶えたい望みはございませんか?」
「えぇ……」
家主の頭の中には現状に対する一般的な対応方法が幾つか浮かび上がったが次の瞬間にはそのすべてがどうでもよくなり、言われたことを素直に受け止めようという純真無垢な気持ちが芽生えていた。
ていうか酔いが回ってきていた。
「じゃあ、明日から会社行かずに済んだりとかは……」
「ほほう、お辛いのでしたら自ら辞めるのはいかがです?」
「いやそういうことではなくて」
自分のことを悪魔だとのたまう割にはまともなことを言い出す不思議男に軽く突っ込みを入れ、家主は要領を得ない説明を呟き始めた。
「こう、なんかうまいこと、明日会社無断欠勤しても誰も怒らなくて、将来の不安とか社会との断絶とか、そういうの一切気にしなくて済むような感じが良いんですけど」
「あぁ、なるほど。理解いたしました。」
「ほんとに?」
奇天烈化粧サラリーマン風情は何処からともなく紙を取り出し、百均で見たことあるペンでなにやら書き込み始めた。
十数秒もかからないうちにそれは書き終わり家主に差し出される。
「契約書になります。契約内容はご契約者様の寿命を20年いただく代わりに、残りの寿命を何の不安もなく送れるといった具合でございます」
紙を受け取った家主が軽く目を通すと、確かに今言われたとおりの内容になっていた。
さっきの時間で書き上げたとは思えないような行数ではあったが、それ以外に問題はなさそうだった。
「なるほど。いいっすね」
「ご契約内容にご納得いただけましたら署名と押印のほうをお願いいたします」
それから家主は奇抜メイク野郎に言われるがままハンコを用意し、署名し押印した。
「ちなみにこれって、俺の残りの寿命が実は20年だった、てことはないですか」
「ご明察でございます。お客様」
「ありゃ」
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