第16話 友軍偵察騎
あっという間に、敵騎とぶつかりそうな距離にまで接近する。
敵騎は衝突を避けるため、僕の下を通り過ぎようとやや下降する。
反対に僕は敵の上を抜けようと少し上昇。
そのすれ違う直前、僕はワイバーンを半回転ロールさせた。
つまり禁止事項の背面飛行。
それが僕の狙い。
すれ違いざまに顔を上げれば、ゴブリンの操竜士が手の届きそうな所にいる。
そこは魔法が届く距離。
僕は記念品のワンドをかざした。
すれ違うほんの一瞬。
炎弾を連続で放った。
ゴブリン兵に命中。
さらにプテラノドンの顔面を直撃。
そこでワイバーンを再びロールさせ、元の位置へ戻しつつ敵を確認。
敵プテラノドンはバランスを崩し、一気に高度が下がるのが見えた。
あれだと地表の木にぶつかるな。
そう思った瞬間、翼竜の足が木に引っ掛かる。
良し!
そしてクルッと回転するや森へ突っ込んだ。
僕は一旦高度を上げつつ旋回しながら、落ちた敵騎を確認する。するとそこには味方兵士がワラワラと群がり、瀕死のプテラノドンに止めを刺すのが見えた。
そして直ぐに周囲を確認。
対空射撃で傷付いた敵騎はというと既に墜落していて、最初に僕が火槍を撃ち込んだ敵騎も墜落しているのを確認出来た。
良し、これなら地上部隊からの撃墜確認は取れる。これでまた二騎スコアを伸ばした。
そこで上空のオトマル兵曹と小隊長を探すが、見当たらない。
まさか墜落したのかと地表を見渡すと、味方歩兵陣地に着陸しているのが見えた。
敵はもう見当たらないので、僕も急いでそちらに向かう。
二人の近くに着地すると、オトマル兵曹は気を失って地面に横になっており、衛生兵に治療されている真っ最中だった。
僕も翼竜から降りて直ぐに駆け寄る。
そこにはウーゴ小隊長が衛生兵の横で、心配そうに成り行きを見守っているところだった。
僕もウーゴ小隊長の横に立ち、手当を受けるオトマル兵曹を見守る。
「小隊長、オトマル兵曹……助かりますよね」
僕が声を掛けるとウーゴ小隊長。
「ああ、そうだな。死にはしないそうだが、片足はもう使い物にはならないそうだ」
「……」
言葉が詰まってしまった。
オトマル兵曹のワイバーンも命に別状はないというが、一度大怪我したワイバーンは戦闘を恐れる様になり、戦闘には復帰出来ない場合が殆んどだという。
そうなるとあのワイバーンも、戦闘部隊から足を洗うことになる。
下手すると安楽死かもしれない。
オトマル兵曹はその後、野戦病院に運ばれた。
衛生兵によると生命には異常ないが、しばらくは入院だろうと言っていた。
飛行基地に戻り中隊の宿舎に行くと、既にオトマル兵曹の事は連絡が入っているようで、皆が僕の背中をバンバン叩いて元気付けてくれた。
背中をバンバン叩くのが、この飛行隊の慣わしらしい。
それと二騎撃墜を喜んでもくれた。
ケンキチ君も前回同様に、撃墜を何度も羨ましいと言う。
だがこれでウーゴ小隊は、僕と小隊長の二人だけになってしまった。
オトマル兵曹が操竜士に復帰出来るとは思えないし、兵士不足が深刻化する中、補充兵が直ぐに来るとは思えない。
そんな不安の中、翌日になると普通に哨戒任務を命じられた。
二人だけでの出撃だ。
誰か応援が来るかと思ったが、それは甘かった。
結局は僕と小隊長の二人で空に上がって行く。
空に上がってしまえば、いつもと変わらない日常が始まる。
ただいつもいる一騎が居ない。
オトマル兵曹の事があったので、僕は常に上空の雲を気にする様になった。
いつ雲の切れ間から敵騎が降下してくるか、心配でしょうがない。
軍隊に入ってから知ったのだが、僕は視力がズバ抜けて良いらしく、遠くの敵騎をいち早く発見出来る。
だからもうミスは犯さないつもりでいる。
だが、雲の中までは見えない。
そんな中、上空の雲の切れ端に敵の偵察騎を発見した。
しばらく追ったのだが、結局追い付けずに諦めた。
オトマル兵曹のことがあって、何だかウーゴ小隊長に
実は僕もそうなんだが。
今回はこれまでかと帰投する途中、味方偵察騎が二騎の敵騎に追尾されているのを発見。
直ぐにウーゴ小隊長に知らせ、二騎で後ろ上方からそっと近付いて行く。
接近するまで敵騎には気が付かれず、目一杯近付いたところで小隊長騎が降下。
そしてここぞというタイミングで、火槍を六発連続で発射。
その内の一発が敵の翼竜の首に命中。
すると翼竜はクルクルと
撃墜だ。
一騎が撃墜されたにも関わらず、敵のもう一騎はまだこちらに気が付いていない。味方偵察騎に夢中のようだ。
そこで僕が敵騎の後ろ下方から接近。
十分に引き付ける。
目の前には、手が届きそうな所に敵の翼竜が飛んでいる。
ぶつかるんじゃないかというタイミングで砲筒を撃った。
放たれた火槍は二本とも、翼竜の腹に吸い込まれる。
パッと鮮血が空中に舞う。
すると敵騎は急に頭を下に向け、真逆様に落ちて行く。
撃墜だ。
味方の偵察騎は速度を落として僕達の横に来て、騎乗する二人が大きく手を振ってきた。
僕達が敬礼で返すと、偵察騎は基地方面へと帰って行った。
これでウーゴ小隊長の初撃墜という手土産が出来たし、僕もスコアが六騎撃墜に伸ばせた。
これは良い土産話が出来たと、直ぐに飛行基地に帰投した。
その夜、僕達の宿舎では、一同が大盛り上がりとなった。
このホイ飛行隊の小隊長の中で、撃墜スコアがゼロだったのはウーゴ小隊長だけだったからだ。
共同撃墜はあったらしいが、単独での撃墜は初めてだったという訳だ。
それでウーゴ小隊長はもとより、他の小隊長も宿舎に招いてお祝いをした。
なんと飛行隊長のホイ大尉も来てくれた。
ウーゴ小隊長は何だか照れくさそうだったな。
オトマル兵曹にも知らせたかった。
その夜のホイ飛行隊宿舎は、夜遅くまで騒がしい時間が続いた。
□ □ □
それから何日かした頃、ゴブリン軍の大攻勢が始まった。
その大攻勢で前線が一気に押し上げられ、この飛行基地を捨てることになった。
撤退である。
それに伴い、ホイ飛行隊も後方に下がることになった。
飛行隊の仲間の一人が情報を持って来てくれたのだが、航空勢力は我軍がやや優勢らしいが、地上部隊ではかなり劣勢なんだそうだ。
それでこの飛行基地近くまでも敵地上部隊が接近し、それに対して守備隊が必死で敵の侵攻を防いでいる最中だ。
そして僕達操竜士は出来るだけ多くの人を乗せて、後方へ送り届けるのが任務となった。
送り届けるといっても、元々単座の戦闘騎部隊。一度に乗せられるのは無理しても二〜三人くらい。それを数往復ほどしたところで、飛行基地の直ぐ近くまで敵が迫って来たと情報が入る。
この次点で飛行基地を完全に手放す命令が出た。
後に知るのだが、それはこの基地だけの話ではなく、結果として大きく戦線が書き換えられるほどの出来事だった。
ゴブリン軍はその数こそが武器であり、人海戦術で地上から攻めて来る。
対して二方面作戦を行う我軍に、それを押し止める地上軍の力はない。
幸いなのは、ゴブリン自体は多くても、翼竜の数ははそこまで多くはなかった。
僕は悔しい気持ちで地上を見ながら、輸送任務を終えた。
最後の兵士を後方へ輸送し、そこで一旦休憩をしていると、見知らぬ将官に声を掛けられた。
「君はトーリ兵曹だよな?」
声を掛けて来たのは、見慣れない記章を付けた中年の少佐だった。
僕は慌てて立ち上がり敬礼する。
「はい、少佐殿。僕はトーリで間違い無いですが……」
こんなお偉いさんに知り合いなど、居ないはずなんだけど。
そもそもどこの兵科の将校なんだろう。
「ああ、突然ですまない。私は情報局戦術科のチャールズ・ローレンツという者だ」
情報局?
聞き慣れない兵科だな。
「情報局、ですか……」
雰囲気は兵士と言うよりも学者っぽい。
「実は噂を聞いたんだがな、君は翼竜と意思が通じるそうじゃないか」
これを知っているのは、限られた人間だけのはず。僕だってあまり人に話してない。ボッチだからね!
それを知っているって事は、騎兵学校関係の人間か。
しかし何故そんな話題を今更持ってくるのだろうか。
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