第14話 風の妖精
僕達のホイ飛行騎兵隊には割り当てられた宿舎があり、そこで小隊長未満の兵全員がひとつの部屋に寝泊りしている。
小隊長以上になると個室が割り当てられる。
羨ましい。
大部屋には八人分のベッドと収納箱があるだけで、男臭いだけの殺風景な部屋である。
そんな宿舎の中で、僕の二騎撃墜を祝ってくれている。
新兵、しかも戦闘部隊として初出撃での二騎撃墜は、かなり凄いことらしい。
飛行隊仲間から背中をバンバン叩かれて歓迎を受けた。
「トーリ新兵、やるじゃないか」
「ははは、お陰で酒が飲める」
「その調子で頼むぞ」
「イタッ、は、はいどうもーーイタタッ」
中々に強く叩かれるんだけど。
ケンキチ君も喜んでくれて、何度も羨ましいと言っていた。
どこから調達したのか、魔力酒の入った樽が用意されている。翌日にアルコールが残らない、翼竜乗り御用達の酒だという。
そんな酒で盛り上がっていると、急に宿舎内が静まり返る。
てっきり上官でも来たのかと思ったら、そうではなかった。
全員の視線が出入り口に集まる。
そこには三人の若い女性が立っていた。
飛行服ではないが、女性用の飛行騎兵の制服を着ている。
この男ばかりのむさ苦しい宿舎に、若い女性の訪問者。
しかも男共には酒が入っている。
危険じゃない?
「へえ〜、作りは私達のとこと同じなのね」
部屋に入るなりそんな事を口にする女性。
その瞬間、部屋にいる男共全員の時間が止まった。
ただ男共の視線だけは、女性三人の姿を追っている。
ゆっくりと室内へ歩み入る三人の女性。
静まるホイ飛行隊宿舎。
止まってしまった空間の中で、入って来た三人の女性の時間だけが動いている。
そしてその中の一人の女性が僕を見て声を上げた。
「あっ、いた。トーリ、久しぶり〜」
そう言って、両手を振りながら走り寄る一人の女性。
僕はその手を振る女性に見覚えがある。
ーー銀色の髪
「カザネさん?」
「ああそっか、髪の毛アップにしたから直ぐに分からなかったか〜」
そう言ってカザネさんは自分の髪を撫でている。
連れの二人は知らない。騎兵学校の時の取り巻き女子とは違うな。
とすると、新たな取り巻き女子連中か。さすが陽キャのカザネさん。陰キャの僕とは大違いだ。
しかしだ。
「ど、どうしてこんなむさ苦しい所へ……」
あの顔とスタイルで不意撃ちはズルいな。仕草まで可愛いし。これじゃあ、まともに喋れないじゃないか!
「だってトーリは今じゃ時の人だよ。私達女子部隊まで二騎撃墜の噂は届いているわよ。それでお祝いにってね、来ちゃった」
茶目っ気たっぷりに笑うカサネさん。
“来ちゃった”という言葉が、可愛らしい動作と共に頭の中でリフレインする。
それを見た男共からも「おお」と小さくどよめきが起こる。
どうやら口は動くようだ。
そこでカザネさん「お祝いのお土産があるの」と言うと、取り巻き女子。
「これ、良かったら皆さんでどうぞ」
そう言って近くにいた男に何やら箱を渡した。
そこで男共の時間が動き出す。
お土産を受け取った男は、箱の中身を見て叫んだ。
「ミタラフ団子だぞ!」
どうやら箱の中身はミタラフ団子という、串菓子が入っているようだ。
ミタラフ団子は人気商品らしく、戦時下ということもあって中々手に入らない品らしい。
それを大量に持って来て
くれたようだ。
時間が動き出した男共は、ここへきて歓喜の声を上げた。
「「おお〜っし」」
そこからは大変だ。
集まって来た男共が、僕の背中をバンバン叩きながら耳元で色々言ってくる。
「誰だよ、あの銀髪美人」
「おい、トーリ兵曹。どういう関係なんだよ」
「紹介しろ、紹介」
もみくしゃにされていると突然、僕の前に道が開き静かになる。
何かと思ったら、カザネさんが僕の前に数歩近付いただけだ。
ささっと広がった空間をカザネさん達が歩いて来て、僕の直ぐ目の前でピタリと止まる。
「ねえトーリ、ミタラフ団子でも一緒に食べながら、二騎撃墜のお話を聞かせてよ」
“一緒に食べながら”だと!
もう思考が追い付けない。
今の僕はきっと撃墜されそうな状態なんだろうと思う。
ここは急旋回したら良いのか、上昇反転するべきなのか判断が難しい。
僕が判断に迷っていると、カザネさんが僕の横に来て言った。
「横、座るね」
そう言って僕のベッドに、ポスっと腰を下ろした
それだけで「おお〜」と男共からどよめきが起こる。
僕は心臓に火槍を食らった気分だ。
撃墜されたとも言う。
僕のベッドに隣り合わせで座り、ミタラフ団子を手にするカザネさん。
男共の視線が彼女の唇に集中する。
カザネさんがミタラフ団子を
こいつらはそれしか言えんのか!
取り巻き女子もミタラフ団子を片手に、僕の反対側に座った。
何か生まれて初めての状況だ。
この状況で僕は何をすれば正解なのだろうか。
気が付けば男共が僕のベッドを取り囲み、恨みのこもった表情でこちらを睨んでいる。
全員のその手には、しっかりミタラフ団子が握られていた。
僕は偵察員の頃からの話を交え、緊張しながら撃墜の話をした。
「やっぱりトーリって凄いのね。連続撃墜は私もまだないもの」
「そ、そう言えばカザネさんもトータル三騎撃墜してるよね」
「うん、でも今日ね、スコア伸ばしちゃったの」
「え、もしかして四騎目の撃墜?」
照れ臭そうに
それだけで絵になる。
すると男共の顔がデレッとする。
ついでに僕もデレた。
しかし追い付いたと思ったら、また撃墜スコアを離されていた。
さすがカザネさんだな。
カザネさんはさらに話を付け加える。
「でもね、マッシュ君覚えてる?」
「うん、もちろん覚えてるけど。まさか……」
「そう、マッシュ君もトータル撃墜スコア、四騎なのよ〜」
さすがとしか言えない。
でも彼なら納得する。
沢山の視線を集める中、四半刻ほど会話をしたところで、スックと立ち上がるカザネさん。
「そろそろ行かないと。ごめんなさいね、折角のお祝い会を邪魔しちゃって。皆さんにもご迷惑お掛けしました」
そう言ってカザネさんが頭を下げる。
すると男共が両手を振りつつ答える。
「とんでもございません」
「ご迷惑だなんて!」
「へ、へっちゃらっす」
皆が皆、顔を赤らめていた。
「それでは皆さん、おやすみなさ〜い」
デレデレしながら手を振る男共。
自然と僕もデレながら手を振っていた。
そしてカザネさんは、良い匂いを残して、風のように去って行った。
シーンと静まり返る宿舎で、オトマル兵曹が手に持った串を見つめながら一人つぶやいた。
「ありゃあ、人間の領域を
それを耳にした男共は、うんうんと無言で
そこでケンキチ君が僕の横に来てボソリと言った。
「僕もカザネさんと同じクラスだったんだけどな……」
こうして静かに夜は更けていった。
その夜、何故か僕は袋叩きにあった。
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