第4話 類稀なる
祭り会場に滞在したのはほんの十五分ほどだったが、美乃梨の手にはいつの間にやらいくつもの袋がぶら下がっていた。持ちきれない分は桜真が持ってくれたが、それでも多い。いずれの屋台でも桜真へのサービスがあって、その分荷物が増えてしまったこともある。
「少し貰いすぎてしまったな。食べきれなければ貰おう」
「あ、はい。じゃあ、お願いします」
小腹の空く時間帯ではあるのだが、平均的かやや細身の美乃梨が食べきるには多すぎた。
二人は歩きながらつまめる物をつまみながら、元々の目的地であった公園を目指す。祭りで火照った美乃梨の体を、心地よい夜風が撫でた。
「緊張は解れたようだな」
「はい、ありがとうございます。この為に案内してくださったんですね」
「それもあるが、君が私の庇護下にあると見せたかった」
美乃梨は桜真の顔をちらりと見る。しかし木面の上からでは、その感情を読み取れない。ただ、美乃梨は、彼女の思っている以上に桜真が守ってくれようとしているのかもしれないと考えた。
(もう少し、この人を頼ってもいいのかもしれない)
公園の入り口らしい二本の石柱の間を抜けながら、少しだけ、桜真に寄る。無意識の行動ではあったが、美乃梨はその場所に何とも言えない心地良さを感じた。
「この先に休憩用の
「ありがとうございます。……あの、いくつか聞いても良いですか?」
「私に答えられることならな」
美乃梨の聞きたい事は色々とあった。元々は好奇心の強い方だ。それを抑えて、今聞くべきこと、聞いて大丈夫そうなことを吟味する。
「えっと、じゃあ、神域ってなんですか?」
答えやすそうなところから、と思っての質問だった。
「神域とは、その
美乃梨はかつて自分が連れ去られかけた先もそうであったのだろうかと、頭の片隅で考えた。そうであるなら、自分は神にすら狙われるのかと、恐ろしくなる。
心を落ち着かせようと人形焼きを食べようとして、右手の痣が目に入った。
「それじゃあ、あの化物、堕霊っていうのは……?」
「堕霊はかつて神であったが、なんらかの理由で神の座から堕ちた存在だ。いずれにせよ神としての力が失われた訳ではなく、故に恐ろしい」
「あれが、元神……」
美乃梨の脳裏に、禍々しい二つの赤が浮かぶ。後ろ足の無い蜥蜴を模ったヘドロの塊が神だった存在だと言われても、美乃梨にはピンとこなかった。そして、そんな存在に狙われていることも。
「そんな存在に狙われる稀血って、なんなんですか? どうして私は、あんなのに狙われないといけないんですか?」
美乃梨の声が震える。道の真ん中で立ち止まってしまった彼女へ、桜真は静かに口を開いた。
「稀血とは、人の世にとらわれず、死後の世界のような特別な異界にすら自由に渡れる者たちの血が混ざった存在を言う。人でも獣でも関係ない。その多くは妖や精霊の血を受けた者だが、何にせよ、力ある血を弱き者が持っている事になる」
桜真はそこで一旦言葉を区切ると、ゆっくりと歩き始めた。慌てて美乃梨も後を追う。その手は再び桜真の袖へかけられていた。
「血に宿る力を、殆ど苦労せずに取り込める。そうなれば、弱き妖や悪霊の類、一部の神は嬉々として狙うだろう。仮にそれが、神の力を宿すものであるならば、猶更だ」
「……私に混ざってるのは、神の血、なんですか?」
「そうだ。それも、かなり力の強い神のものだ。普通ならばまともに生きることすら出来なくなる程にな」
そんな物はいらなかった、と美乃梨は叫びたかった。どうにか堪えると、続けて嫌な考えが頭をよぎる。美乃梨は桜真の袖から手を放して、恐る恐る、桜真を見た。
「案ずるな、と言っても信じられぬかもしれぬ。それでも、どうか信じて欲しい」
振り返った桜真の木面には、苦しげな表情が刻まれていた。木で出来た狼の顔が僅かに歪められて、月明りに照らされる。
「……私の
その先を、桜真は口にしない。ただ美乃梨は、それが一番大切で、一番信じられる理由な気がした。
同時に、今彼はそれをどうあっても言わないだろうという予感もしていた。
「……分かりました。信じます。あなたを、
美乃梨は、空の月に負けないくらいの笑みを浮かべた。思い返せば、彼女があの神社に駆け込むたびに、彼らは美乃梨を助けてくれていたのだから。
「怖い場合もあるって事は分かりましたけど、少なくとも、あなたといる間は楽しくやっていけそうです」
美乃梨は少し足を早めて桜真の横に並ぶ。桜真には彼女が少し強がっているようにも見えたが、それでも、ほっと息を吐いて両手をそれぞれの袖に入れた。
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