第7話 魔王、授業を受ける。
カーン♪カーン♪とどこからか鐘が鳴っている。
この音が授業開始の合図らしい。
どうやらこれから始まる授業は学園の外でやるみたいで、俺たち育成組は学園中央にある「転移室」へ向かった。
「なぁなぁ、ユウ殿」
その道中、ツインテール女――カナリアは俺に話しかけてきた。
「ユウ殿。今度行くキャンプだが夜ごはんは何がいい?カレーかそれともバーベキューか?」
「……なんで貴様とキャンプ行く前提で話しているんだ?」
「くーくくっ!ユウ殿に拒否権があると思うか?さぁ選ぶがいい!カレーかバーベキューか」
「行かん!」
「欲張りなやつめ!ユウ殿はどっちも食べたいのだな。いいだろう。ユウ殿の願い叶えてやろう!」
「行かんと言ってるだろうが!お前は一人寂しく虫でも食べてろ!」
「……行かないの?……ぐすん」
「おい、泣くんじゃない!バーベキューだ!バーベキュー!マシュマロも忘れるなよ!」
「……承知した!」
くそ……人間のガキは嫌いだ。泣けば良いと思ってやがる。
こうして、今度俺とカナリアはキャンプに行くことになったところで転移室へ到着。
部屋に入ると、白い光に包まれていつの間にか俺は学園の外に移動していた。
転移先は、草も木も生えていない不毛の地。遠くを見渡しても一面の土しかない場所だった。
こんなつまらない場所にやって来て、行う授業は、
「よし、生徒一丸となって森を作るぞ!」
植林だった。
そう、木を育てるあの植林。
「……くだらん」
俺は配布された苗木を植えながら、不満を呟いた。
「ユウ殿!気を抜いちゃダメだぞ!」
ため息が隣に聞こえてしまったのか、スコップを持ったカナリアに喝を入れられてしまった。
「……別にいいだろ?こんなくだらないことに真剣になれっていうのが無理な話だ」
「ちっちっちっ。どうやらユウ殿は分かっていないようだな」
「何がだ?」
「それでは友達のよしみで教えてやろう。ユウ殿、苗を渡すとき担任の先生は何と言っていたかな?」
カナリアは「くっくっ!」と気色悪い笑みを見せながら、俺に質問した。
「苗を植えた後、苗に魔力を流し込めだろ?」
「そう!今私たちが植えている苗は魔力を流し込むことで木に成長する仕組みになっている。それで流し込む魔力の量が多ければ多いほどその分、木は巨大になって、大樹のように大きく育つのだ」
「ふーん。んで、それがどうした?」
「まだ分からないのか?つまり、これは己の魔力量を測る試験でもあるのだ!」
試験ね。
確かに周りを見ると、苗を植えているやつらはどこか真剣な顔つきだった。一言も喋らず黙々と作業をしている。
「ちなみに試験が悪いと、居残り追試があるからちゃんとしないとダメだぞ」
居残りか……それは面倒だな。
カナリアの話を聞きながら見渡すと、すでに苗に魔力を流し始めているやつもいて、すでに2メートルぐらいの木が何本も不毛の地に生えていた。木の周辺には雑草が地面から伸びている。
「うわーーーーーー!すごーい!こんな大きな木見たことないよ!」
「さすが、上級魔法使いの娘ね!」
うん?遠くのほうが騒がしいな。
声がした方向を見ると、空に向かって真っ直ぐ伸びる立派な木がそびえ立っていた。
見たところ高さは10メートルぐらい。正確な長さは分からないが一番大きく目立っていることは確かだった。
「ユウ殿!ユウ殿!あれすごいぞ!見て!見て!」
現れた巨大な木に興奮状態のカナリアはバンっバンっ!と何度も俺の肩を叩いてくる。
叩くなバカツインテール。
「でもあの大きさでもまだまだらしいぞ。精鋭組の先輩たちが魔力を流し込めば、30メートルぐらい木になるらしいからな。ちなみにユウ殿の母さん、エナ様は苗木も使わず魔力だけで森を作ることできるらしい」
「エナが?……そんなの嘘に決まっているだろ?あんな暴力女ができるわけない」
なんだその話、美化しすぎだろ?
そもそも苗なしでどうやって森をつくるのだ。
「ふふーん!驚いたかしら!ユウ!」
誰かが俺を呼んだ気がする。そんなことより、
「お前、あの暴力女のことエナ様って言ってなかったか!?」
「もちろんだぞ!エナ様は魔王城に乗り込み世界を救った英雄だからな!私の憧れでもある!」
「ちょっとユウ!私の話聞いてるの?」
「うえっ……お前あいつに憧れるなんて正気か?」
「ちょっと!人の話聞きなさいよぉぉぉぉぉ!」
誰かに怒鳴られて、俺とカナリアは同じ方向を見る。
するとそこには、女が立っていた。
黒髪を大きな団子にして頭の上にまとめた髪型。前髪も上げているので、顔がよく見える。
なぜか知らんが、俺のほうを睨んで歯を食いしばっていた。
「誰だ?お前?」
「ふざけないでよ!同じ教室でしょ!?」
「お前みたいな小物知らん」
「なっ!……こもの」
小物っていう言葉がかなりショックだったのか、口を開けたまま固まってしまった。
「私だけじゃなく、ノノ殿のことも忘れてしまったのか? 彼女はノノ殿、育成組でトップの成績を誇る天才だ。魔法に関しては育成組で勝てる者はいない。噂によるとBランクの魔法まで使えるらしいぞ」
別に興味ないのに、カナリアは耳打ちで教えてくる。
「まさかあの木はノノ殿がやったのか?」
カナリアが巨大な木を指しながら質問すると、放心状態だったノノは「ふふーん」と得意げな顔で頷いた。
「そうよ!11メートル46センチ最高新記録よ。どう?すごいでしょ?」
「おぉ!さすが優等生だな!どうやってあんなに大きくしたんだ?」
「やっぱり血筋でしょうね~!私はパパもママも上級魔法使いだし。まぁ当然ちゃ当然よね~」
自慢するノノと羨ましそうに褒めているカナリア。
このウザイ2人に嫌気がさしてくる。仲良くどっかに行ってくれないかな。
「んで俺に何の用だ?用が何なら今すぐ消え失せろ小物」
俺は面倒くさそうに手を振り、「しっ、しっ」と追い払う仕草をする。
天才かなんだか知らんが、魔王の俺からすればただのガキだ。
「また小物って言った!?」
……こいつ口喧嘩弱いだろ?
「ふ……ふん!私はただライバルである貴方の様子を見に来ただけよ」
「はぁ?貴様がこの俺のライバルだと?」
「そうよ!ママが言っていたわ!昔、大魔法使いエナに挑んで、こてんぱんにやられたって。だからその借りを、娘の私がきっちり返してあげるわ!」
「……そんなくだらんことに俺を巻き込むな。小物」
「あんたね……人のことを小物小物って……ふん!そんなに私のことをバカにするなら、ユウの苗はさぞ大きな木になるのでしょうね。見ものだわ!ほら!ほら!さっさとやりなさいよ!」
腹を立てたノノは、腕を組んで睨みつけていた。
「早く!早く!」と急かされ、俺は面倒くせぇとため息を吐いて苗木の前に立った。
「頑張れ!ユウ殿!」
カナリアは期待の眼差しでこちらを見ている。
仕方ない……こんな授業、本気を出すつもりはないと思っていたが、
「いいだろう。見せてやるよ。格の違いを!」
ポキポキと指を鳴らした後、俺は手を苗木にかざし、ゆっくりと魔力を流し始めた。
魔力が注がれると、苗木は成長し、幹が伸びて逞しくて神々しい大樹が生えてくる……はずだった。
「……か、枯れてるわ」
ん?
魔力を流し込んだ瞬間、苗木の葉の色が薄くなっていった。緑だった茎も次第に茶色く変わる。
苗木がじわりと色を失っていく様子を見て、俺は思わず眉をひそめる。
なぜだ?なぜだ?と再び魔力を流し込めてみるが、枯れていく一方で、とうとう地面に垂れ下がってしまった。
予想外の事態に俺たちは言葉を失う。
くそっ……なぜだ。なぜ大きくならない!?俺だったらノノの木より何千倍にも大きくできるはずだ。
力いっぱい魔力を流すも意味がなく、俺の植えた苗木は木に成長することはなかった。
「ぷ……ぷぷっ!」
俺が言葉を失っていると、横にいたノノが噴き出す。そして腹を抱えて「ぷははは!」と笑い始めた。
「人のことを小物ってバカにしてたくせに、枯れてんじゃないのよ!」
「……くっ……黙れ、黙れ!」
俺はノノを直視できず背を向ける。火魔法も使っていないのに体が熱い。
肩を震わせながら笑い続けるノノ。
こいつ……!
「いやぁ、大きくするどころか、枯らしちゃうなんて!勇者の息子も大したことないわね!」
「ぐっ……あれは苗木が悪かっただけだ。次は成功させてみせる!おい!お前の苗木、俺に魔力を流し込ませろ!」
「え~いやだぞ。私ユウ殿せいで居残り追試したくないぞ」
カナリアは嫌そうな顔をして首を横に振っている。
「ぷはははっ!やめた方がいいわ、どうせまた枯らすだけだから。これから得意ことは苗木を枯らすことって言ったら?」
イラっ!
「そういえば私が小物ならユウは何になるのかしら?小物以下?」
イラっ!イラっ!
「まぁ、ユウがどうしてもって言うならコツ教えてあげてもいいけど!あーでもユウは才能ないから私が教えても無理かも」
イラっ!イラっ!イラっ!ぶちっ!
何かが切れる音がした。たぶん堪忍の緒ってやつだろう?
「――
俺が唱えると手から火の玉が出てくる。そして火の玉はノノが生やした木に向かって、発射。
生憎、的は大きい。当てることぐらい容易だった。
「ちょっとぉぉぉぉぉぉ!何してくれてるのよぉぉぉぉぉぉぉ!」
激しい衝撃音とともに巨大な木は真っ赤に染まる。火花が飛び散り、炎が幹を包み込んでいく。
「ふははははははっ! お前の木はよく燃えるな!」
爽快だった。バカにしたノノの表情が焦りに変わっている。
ノノと先生は急いで水魔法をかけて消火を試みるも、勢いよく燃える火柱は消えることはなかった。
こうして火事により授業は中止。俺たち生徒は緊急避難することになった。
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