第23話 発現

数分もしない内に森中を全てのゴブリンの死体と血、内臓まみれにしたショーエイはご満悦な顔をしてシェナ達の元へ戻る――しかし問題は……。


「マナさん、マナさん!!」


シェナは依然と毒にまみれた彼女を揺さぶりながら必死に呼びかけるが全く呼びかけに反応しない。


「そんな……マナさんまで……っ!!」


肌の色が点々と紫色に変色し始めて、意識が全くない……息も絶え絶えで本当の意味で虫の息であった。


「ショーエイさん、マナさんが――!!」


しかしショーエイはポカーンと立っているだけだった。


「こいつはもう助からん。諦めろ」


しかも鼻をほじりながらそう言い捨てる彼にシェナは「…………は?」と信じられないような顔をする。


「正直ここまで来ると手の施しようがねえな、俺にはどうしようもできん」


「そんな……何か助かる方法を考えてください!」


「知らん!」


きっぱりと言い切るショーエイについに彼女も我慢の限界が……。


「どうして……どうしてそんなに薄情になれるんですか……?あなた、マナさんと一緒に旅をしてきたんじゃないんですか!?」


「知らん。俺は暇だからとりあえず一緒についてきただけだ。だから別にこいつを助ける義理はこれっぽっちもねえ」


「…………………っ」


「俺がフルパワーになったらこいつを殺すと言ったがその前に死んじまったらそこまでだっただけよ、へっ」


……シェナは今ここでやっと彼女の忠告の意味を知った。この男は、人の心を一切持ち合わせていないことを、本当の悪魔だと――。


「そう言うお前はなんか治す方法を考えてるのかよ?口だけ達者で人に頼りきってるだけじゃあ説得力ねえぞ」


「……………」


「ほら、マナはもう死んじまうぞ?助ける方法思い付かねえのなら諦めるしかねえな」


一刻一刻と迫るマナの死――シェナは大粒の涙を浮かべて、


(お父さん、お母さん、村のみんな、村長さん、水神様……マナさんが死んじゃうよ……あたしもうどうすればいいか分からないよお……!)


シェナは父親の形見である大切な青銅のロッドをグッと握りしめて強く一心に祈る――その時。





『……シェナ、聞こえますか?』




どこからか彼女の心の中にどこか暖かみのある優しい女性の声が聞こえる。


(だ、誰――?)


『私は――ユノール』


ユノール……リィーン族が崇拝する水神と同じ名前である。



(ユノール……様……?)



『彼女はまだ助かります。私があなたに眠る力を引き出してあげましょう――』



彼女の持つロッドが突然、淡い水色の光につつまれ刻まれた清流の加護が浮かび上がる――。


「ロッドが……!」


彼女はその不思議な現象に驚きつつもどこか暖かい気持ちに溢れていく――。


『さあ、そのロッドを媒体として水の魔法を唱えなさい――!』


彼女の胸の中にユノールからの呪文が刻まれて――まるで水神が乗り移ったかのに華麗に流れるようにロッドを指揮棒のようにクルクル回して地面に先を突き刺すと彼女を中心に魔法陣が現れてマナの真上に水晶のように透き通った巨大な水の球が形成された。



「アルトゥ・メリベル・アクトゥーウェル……清く美しく、博愛の癒しの水よ、苦しみ抜く者に生きるための活を授けよ……!」



呪文を唱えると水球が降りてマナを優しく包みこむ。するとなんと毒による皮膚の変色が段々と消えていき徐々に元の元気な色へ戻っていくではないか。


「マジかよ…………!」


その光景にショーエイですら呆気を取られて驚いている。一方でシェナは目を瞑り、マナの回復を一心に祈り続ける――。


(マナさん……お願い、どうか吹き返して……!)


皮膚の色どころかゴブリン達の戦闘による身体中の傷すら消えていき、普段通りの美しい彼女の姿へ戻る。そして顔も活気を取り戻し、本当に水に浮かんでいるような気持ちいい表情をしている。


『シェナ、もう一息です。頑張って――!』


ユノールの応援を受け、彼女は更に祈りを一点集中させた――。



【治癒(キュア)―――――!!】



――――水球がマナの身体に吸い込まれていき、全てなくなると魔法陣は消えてロッドも光を失う。シェナも慣れない魔法で疲れたのか「はあ、はあ」と息を激しく荒らし座ったまま踞ってしまった。


「…………お前、すげえな!」


なんとショーエイから褒められるシェナだが聞いているのかどうか分からないぐらいにぐったりとしている。そんな中、


「……………んっ」


綺麗さっぱり元どおりになったマナがついに目が覚めてゆっくりと起きあがったのだ。


「シェナ……」


優しく頭を撫でるとそれに気づいて彼女はゆっくり顔を上げて無事を確認したのだ。


「ま、マナさん……!」


「シェナ……本当によかった……!」


互いの無事を確認して満面の笑みで抱き合う二人だった。


「あたし……確かゴブリンの毒に……もしかしてシェナが……?」


「……水神様が私に力を貸してくれました、それで――」


何とも信じられない話だが、現実にマナはこうして傷も病気何一つない健康体でありシェナが嘘をつくとも思えない――まさに奇跡が起きたのだとマナはそう納得する。


「…………て、ゴブリン達は!?」


マナがハッと思い出すと真横にショーエイがいることに今気づいた。


「よ、さっき俺が全員ぶっ殺しといたわ」


「ショーエイ……てかお前、今までどこに行ってたんだ!?」


「それがよお――」


……彼の話曰くマナと別れた後、ムカついて下山していたら後ろからゴブリンの集団に襲われてそいつらを全員八つ裂きにし、更にムカついたのでゴブリンの生体反応を登録してアルバーナ大陸全域に飛び回って洞窟や集落など奴らの棲み家やアジトを襲撃して一匹残らず全て殲滅しに回っていたという。

で、最後の残りがこの村に集結していたので帰ってきた……という内訳である(最も、その過程で巻き添えを食らって消し飛んだ善良な村や街もあるとかないとか)。


それを聞いたマナとシェナは「何やってんだこいつ……?」という感じでポカーンと呆然している。


「しかし、ある意味ショーエイのおかげで少なくとも大陸におけるゴブリンの脅威はなくなったことだし――」


と、超個人的な動機が結果的に功をなしたという彼の行動に感謝をするべきかどうか――。


「シェナの両親の仇もこれで……」


「……マナさん?」


「いや、何でもない――それより今はとりあえず近くで休もうか……」


やっと惨劇が終わった……朝になり、日が上がると三人は村に戻りゴブリンの襲撃で亡くなったリィーン族全員の墓を立てていた。

ショーエイは渋々ながらプラズマビームで墓を立てるために更地にしたり穴を開ける作業を、マナとシェナ、そして駆けつけてきた隣村の人達も協力してくれて遺骨や遺品を探し回り、墓に入れて上げ、安らかに眠れるように祈りを捧げる。


隣の村もゴブリンの襲撃に遭い、相当な痛手を被ったがほとんどがエニル村に集中したため幸いにも何とか耐え抜いたらしい。

しかしそのせいでリィーン族がシェナを除いて全滅したという話を聞き、マナ達に「何もしてやれなくて本当にすまなかった」と深々と謝罪したが「あなた達も酷い目にあったのだからこれはどうしようもない」と擁護、そしてこれからは隣の村が「これからは我々がリィーン族の墓をちゃんと責任を持って管理するから安心してほしい」と言ってくれたのだった――。


シェナは一番お世話になった村長の墓にずっと安らかに眠れるように一心に祈りを捧げている。


「シェナ……あたしが不甲斐ないばかりに……許してもらえないだろうが本当にすまなかった」


マナは思い詰めた表情で頭を下げるが、


「マナさんは寧ろあたし達リィーン族のために本当にここまで尽くしてくれました、それは村の人達全員が思ってくれているはずです。リィーン族を代表して私から心から感謝します」


シェナも深々と頭を下げて彼女に礼を述べる。


「シェナ、これからどうするんだ?」


「ここに残ってリィーン族と、この清流をずっと守ろうとも考えましたが……一方であたし、旅に出たい、世界を見て回りたいという気持ちも確かにあります」


「…………………」


「村長さんがこれからの人生を好きに生きるべきだと……そうすることで村長さんの供養になると思ったんです。

それに実は私、水神様に最後に言われました。『この世界に今、危険が近づいています。あなたの癒しの力で人々を助けなさい』と。だから――」


そして彼女は、


「マナさん、あなたにお願いがあります。私を一緒に連れていってください。お役に立てることならなんだってします!」


ハキハキと迷いのない彼女の本心をついに聞き入れたマナは、


「……本当に、それでいいんだな?」


「はいっ!」


彼女は深く息をつくと優しい笑みでコクッと頷いた。


「分かったシェナ、あたしがお前を責任もって預かる、よろしくな」


「マナさん……こちらこそよろしくお願いいたします!」


彼女も承諾してお互いにやっと決着がついたのであった。


「けっ、俺はこいつの面倒なんか見ねえからな、お前らで勝手にやれや」


「おい!!」


と相変わらずな調子のショーエイに対しシェナはムッとした表情で、


「あたしもあなたに関して色々と思うことがありますがマナさんばかりに負担はかけさせたくないので、これからは厳しく接していきますからね!」


「ち、めんどくせえ女が増えたぜ全く」


と、彼にあっかんべーするシェナ。今まで見たことのない彼女の一面だ――。


「よし、もう行くぞ。馬車を待たせてあるからな」


そして、出発の時。三人はとりあえず隣の村で待たせている馬車の元に向かおうと森に入ろうとしたその時、





『…………シェナ』





再び心に語りかけるユノールの声に彼女は振り向くとそこには、


「……ユノール様?」


清流の流れる滝全体にうっすら見える、神々しい巨大な白竜の姿が。



『旅の加護をあらんことを――』



初の外界への船出を見届けにきてくれたのであった。彼女は満面の笑みで「ありがとうございます!」と返して、マナ達の元へ元気よく走っていった。


シェナというリィーン族最後の生き残りの少女を引き入れて三人が次に向かうはマナの本拠地である王都サンダイアルへ――。

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