異世界転移編
第2話 テラリア転移
――消滅した惑星エイダの位置から約2光年先のデルタ・エリダヌス宙域。バィアス軍の宇宙戦闘艦が約10隻横並びに隊形を組んでいる。
「惑星エイダ完全に消滅。メルカーヴァ戦略機甲生体兵器の生体反応も消失しました。成功です!」
艦内のブリッジ。今作戦の指揮官はやれやれと言わんばかりに深くため息をついた。
「……そのためだけに惑星エイダの罪なき人々を全員犠牲にしてしまったのが本当に遺憾だが……これで手遅れになる前に我々にまで被害を受けずにすんだな」
「そうですよ。ショーエイのヤロウには本当に手を焼くどころか完全に制御不能の域まで行っていましたし、私の同僚や戦友もあいつに味方もろとも全員やられた……本当にざまあみろです!」
「仇をとれてよかったな。では作戦報告をした後本国へ帰還する――」
喜び合う部下達を尻目に指揮官は、消滅したエイダの宙域の映るモニターを眺めている。
(とんでもない欠陥品だったとは言え、本来必要のない自我を持たされ人の手で勝手に弄くられて造られて、危険と分かったら否応なしに処分される……お前もある意味戦争、人の業によって生み出した被害者なのかもな――)
◆ ◆ ◆
「覚悟しやがれバィアス!よくも俺を殺そうとしたなあ!」
彼は悪鬼羅刹の如く暴れていた――自分を裏切った祖国を復讐するために。大量破壊兵器の雨を降らし、逃げ惑う、命乞いする人々を無慈悲に消し飛ばし、その怪力を持って追い込んだ人々を次々と赤子の手をひねるかのように叩き潰し、踏み潰し、捻り潰していく。
「くそ、何としてもあいつを破壊するんだ!」
「む、無理です。とてもじゃなく歯が立ちません!」
抵抗する軍隊もことごとく返り討ちにしてバィアスの母星を火の海に変えるショーエイ。
「ぎゃはははははははっっ!!!」
瓦礫と死体の山の頂上に胸をはって立ち、悲願を果たして悪魔のような顔で高笑いするショーエイ――だが。
「な!!」
突然、上空にブラックホールのような巨大で吸引力が凄まじい歪みで発生し、耐えようとするも為すすべなく地上の全てが飲み込まれてしまった……。
「うああっ!!」
彼は何度も、何度も超重力の歪みに潰されそうになるがかろうじて耐え抜き、吸い込まれた先に一筋の光が見える。
(あれは……ホワイトホールか……?)
流されるようにそのまま光の先へ飛ばされていき、吐き出されるように歪みから飛び出していった――
。
(なんだここは……?)
ホワイトホールから吐き出された先に見えたのは見事に上と下に別れた2つの巨大大陸。下の大陸は緑豊かに溢れた平地と山のバランスの取れた美しい大陸、その真上の大陸は険しい山々に囲まれた大陸――彼は下の大陸の更に南側の方へ落ちていきそして……。
◆ ◆ ◆
「……はっ!」
ショーエイはベッドの上に目覚めて飛び上がるように上半身を起こす。
「ここは……どこだ」
目をキョロキョロと動かして辺りを見渡す。どうやら一室の部屋の中のようだが木造建築で造られたどこかの建物。懐かしみを感じさせる木製と金属の家具、丸いテーブルに置かれた真っ白の陶器や壁に掛けれた絵画などの装飾……このようなクラシックな雰囲気は少なくともミラトレス銀河では見たことはない。
(ていうか俺はブラックホールに飲み込まれたはずじゃ……死んだわけじゃないってことか……!)
これ以上のチャンスはない、彼は自分を裏切ったバィアスの復讐を胸に直ぐ様本拠地に戻ろうとベッドから降りた――が、やけに身体は重くグラッとよろけてしまう。
(ぐ……、どうなってやがる……?)
本調子の時と比べたら雲泥の差である。彼は身体のステータスを表示させ確認する、すると。
(エネルギー最大出力値10%、各部位の損傷率90%……ほとんどの機能が停止してやがる、まじかよ……)
彼の体内には小型だが超高性能の『プラズマ反応炉』、『グラストラ核融合炉』、エイリアンの技術が使われた『エル=ファイス・ジェネレーター』の3基の動力炉があり、それらが全て稼働して初めて本領を発揮するが今はプラズマ反応炉しか稼働しておらず更に言えば炉心のダメージ率がレッドゾーンに入っていた。
プラズマ反応炉が一番安定性を重視した動力炉だったのが幸いしたのか――もしそれすら稼働していなかったならショーエイは完全に壊れたカラクリ人形のように機能停止していたであろう。
(まあ幸い俺にはナノマシンによる自己修復機能があるからいずれは全快するが相当な時間がかかるぞこれは……)
これではバィアスへの復讐どころではない、そのまま殴り込みに行っても流石に返り討ちされるのは目に見えている。彼は苦虫を噛み潰したような顔でゆったりと近くの日差しが差す窓を赴き、全開にした。
「……………」
彼にはある意味衝撃的な刺激が走る。心地よい風、嗅いだことのない自然と温かみのある空気、赤煉瓦と木造の建築物が立ち並ぶ美しい街並み。
なにより空気が澄んでいて清々しいのはショーエイ自身でも分かるほどだ。自分が知っている人工的な空間はどこにもなく自然と調和した見事な雰囲気だ。
自分のいた薬品や機械、培養液の鼻につくような嫌な臭いが充満していた研究室、人工的に空気を浄化しているが温かいなどなく寧ろ寒気すら感じる外部、戦地となった惑星はもはや論外の域、自分のいる場所はまるで天国なのかさえ錯覚してしまうほどだった。
(ここはどこだ?少なくともミラトレス銀河でないようだが……?)
固まったように黄昏れていたその時、「コンコン」と真後ろの部屋のドアからノック音がする。
「誰だ?」
彼が声を掛けると、
「起きてたか」
「……女?」
入ってきたのは一人の女性。スラッとした体格に所謂赤と黒を基調としたビキニアーマーを着こんだ如何にもセクシーな格好をしている。黒髪のセミロングでキリッとした目付きで知的でクールビューティーを思わせる美女である。
しかし背中には使い込まれた年代物を感じさせる長剣(ロングソード)が黒い鞘に納められており、その握りの汚れを見るからに手慣れの剣の使い手と思わせる。
そんな女性が忽然とした表情でショーエイと対面している。
「見る限りどうやら元気そうでよかったよ」
「なんだお前は?」
とぶっきらぼうに訪ねるショーエイに彼女は眉一つ動かさず、
「……なかなか態度は悪そうだが、まあいい。あたしはマナ、マナ・アルカーディ。昨日お前が街の外で野垂れてたのを偶然見つけてここに運んだんだ」
それを聞いて彼は「へっ」と笑う。
「へえ、そうかい」
「…………」
マナは黙って彼の顔をじっと見ている。
「あんまりこんなこと言いたくないがあんた、礼儀ってもんを知らないのか?」
「礼儀?知らねえな?俺は兵器なんでね」
「……なにいってんだこいつ?」とふと言いたくなるもここは抑えて今度は彼女が質問する。
「まあ分かった。ところであんたの名前は?」
「俺?『メルカーヴァ戦略機甲生体兵器XTU‐001』だ」
「……あんた、ふざけてる?」
「ふざけるも何も、これが俺の本名だよ。まあ通称(コードネーム)はショーエイって呼ばれてるがな」
「ならショーエイで呼ぶがいいか?」
「勝手にしろ」
一呼吸おいてショーエイが口を開く。
「ここはどこだ?」
「ここはレーヴェって街だ」
「街の名前なんぞ聞いてない。ここはなんて惑星だ」
「…………は?わく、せい?」
「しらばっくれんな。ここはミラトレス銀河のどこの星系で、どこの惑星か聞いてる!」
「ちょっと待て、お前は一体何を言ってるんだっ?」
「てめぇ……ふざけてると今すぐぶっ殺すぞおら!」
……全く会話が噛み合っていない。これじゃあ埒が明かないと思ったマナは、
「一回落ち着け、ならとりあえず私からここについて詳しく教えてやるから!」
「ほう、なら早く言え」
「…………っ!」
「今すぐこいつのド頭かち殴りたい」とイラっと来るも彼の挑発的言動に耐えて、近くの壁に背もたれて腕組みしながら分かりやすく説明した。
――ここはテラリアと呼ばれる世界。惑星などではなくこの世界自体がテラリアと呼ばれている。
この世界は北と南の2大大陸で成り立っており、ショーエイ達がいるのは南側の自然豊かなアルバーナ大陸、北側は氷山、火山山脈に連なる過酷な環境下のレヴ大陸という名前である。
そして今いる街レーヴェはアルバーナ大陸の遥か南側、セイヴン区域に位置する辺境の街である。
「……という感じだが分かったか?」
「テラリア……?一度も聞いたことねえな、そんなとこ。少なくともミラトレス銀河内の星系ではないな」
「なあショーエイ、あたしもここについて話したんだ。次はあんたのことについて聞きたいんだがどうしてあんなとこに一人ポツンと倒れていたんだ?」
「別に教えても構わねえけど理解できんのかよ?」
「……バカにしてるのか?」
「けっ、まあいいや。これまでの経緯を全部教えてやるよ」
ショーエイは全て洗いざらに話すも、彼女からすれば自分が生まれてからまるで聞いたことのない単語が飛んでくるので理解するのに苦労したが、ショーエイに今置かれた状況は何とか理解できた。
「……つまりお前は夜空に浮かぶ星々のどこからか来た兵器ってヤツで、敵味方の区別なく好き勝手に暴れまくったせいで祖国から見限られたどころか命まで狙われて殺されたと思ったらなぜかここにいた、ということか」
「まあ大体そういうこった」
元はといえばお前が悪いのでは、と思うが言ったらまた拗れて収拾がつかなくなりそうだ。
そもそも違う星からの来訪者で自分を兵器と言ってる意味が分からない、誰がどう見ても普通の人間よりも大きいぐらいの強面の男にしか見えない。まあ、その黒いタイツと銀色のブーツと手袋、アーマーが組合わさったような変わった服装だけが納得できるかできないかの境目だが。
「で、ショーエイ。これからどうするんだ?ここは宿であたしが一応今日の宿代を払ってあるが明日は流石に払わんぞ」
「俺は何とかして裏切ったバィアスの本拠地に戻って1人残らず全員殺してやる、そのためならなんだってやるさ」
「…………」
マナはこいつを野放しにしてたら何かヤバいことになりそうな気がしてならなかった。そこで。
「提案があるんだが、よかったら私と一緒に大陸を回らないか」
「あ?お前と?」
「ああ、私は今仕事の一環で大陸中の村や町の自治体と協力してパトロールしているんだ、だが大陸には人々の暮らしを脅かす犯罪者だけじゃない、野生の動物や魔物など危険な生物が徘徊していてな、町から町へ移動するにもなかなか大変なんだ」
「……魔物だと?」
魔物とは本来、テラリアとは別の世界である暗黒の魔界に棲息する魔族に属する動物である。
テラリアにおいて伝説となっている、何千年も前に勃発した神々と邪神の戦いに無数に投入されて神々と戦い、結果神々が勝利し邪神は魔界ごと封印されてしまい今この世界で棲息しているのはかろうじて封印から生き延びたそれらの末裔だと言われている。
「俺にお前のボディガードになれってのか?」
「そういうわけじゃない、ただ二人で行動すればその分楽に移動できそうかもと思ってね。あんた、さっきの話を聞く限り相当な実力者で闘うのが好きみたいじゃないか、魔物と相手するならあんたにとって不足しないだろうからな」
「…………」
「それにあんたも祖国に戻りたいならこんなとこでくすぶってるよりかは大陸中を歩いたほうが自分のいた場所に帰れる手掛かりを見つけられるかも知れない。どうだ?」
と聞くと、
「へ、お断りだ」
即答だった。
「俺は誰ともつるむ気はないんでね。それに……マナと言ったな。俺は気まぐれでお前を殺すかもしれんぞ?」
彼女はピクッと目を細めてショーエイを横見する。
「……あんた、簡単にあたしを殺せると思ってるのか?」
「大した自信だな。おもしれえ、ならやるか?」
臨戦態勢のようなピリピリとした緊迫な空気が部屋の中に漂う――しかし「冗談だよ」と先にマナが折れるとそのまま部屋のドアに向かった。
「まあ、明日までにどうするか考えといてくれ。部屋や街を自由に歩いてもいい。食事は夜になったら宿から提供されるし外食したいならいくらか金を出してやるが?」
「食事?俺は生き物じゃねえんでな、飯は食わねえんだ」
「……まあいい。ならあたしは仕事があるんで失礼する」
出ていこうとすると、ドアノブに手を掛けると何か思い立ったようにこう口を開く。
「いい忘れてたがお前、この街でヘンな気は起こすなよ?もし何かやらかしたら最悪の場合お前を始末しなければならないからな」
「ほう、だが俺は誰からの指図は受けねえ。殺るか殺らねえかは俺の気分次第だ、せいぜい祈ってな」
「……」
「まあ今は俺も身体中がダメージだらけでそんな力はでないんでな。今回ばかりは何もしねえよ、多分」
「お前のその言葉、とりあえず信じてるからな」
そう言いマナは部屋から去っていった後、ショーエイは「けっ」と吐き捨てた。
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