E&B:―知りたがりの純情お嬢様にいらんことを教えた末路―
らいと
第1話:ガラケー持った女の子
「久世さん――ちんちん見せてください!」
「ダメに決まってんだろ!!」
あどけなさを残す美少女……ましろ様は初めて訪れた男の家でそんなことを声高らかに言い放った。
あえて言おう。
彼女が口にした「ちんちん」は決して方言でもなければ、クロダイの稚魚でもない。犬の芸でも路面電車でもないし、ましてやインドネシア語で指輪を意味する言葉でも当然ない!
正真正銘、男が男として生まれた瞬間から股間でプランしているご神体様を指しての「ちんちん」である。
「わたしの体もお返しに見せますから!」
「ダメに決まってんだろ!?」
色んなな意味で。
こんな会話をしている彼らはれっきとした高校生である。
お互いに「普通の」と枕をつけるのにはいささか難のある立場や身分ではあるが……この際そんなことはどうでもいい。
「お願いします! 写真じゃなくてホンモノを見てみたいんです!!」
「そういうのは好きになった野郎に頼め!」
「わたし、久世さんのこと好きですよ?」
「そういうことじゃねぇんだよ……」
きょとんと首を傾げる純真無垢(?)を絵に書いたような美少女。
ましろ様を前に、顔を覆って心鉄は後悔を全身で表した。
なぜこんなことに……
ことの切っ掛けは数時間前。
・・・
「おいおいおい……」
日も暮れた初夏の繁華街。
心鉄はいかにもなチャラ男たちに手を引かれる女の子を目撃した。
周囲から恐れられる鋭い目つきが見つめる先、汚い色に染めた髪をした男が三人に、特徴的な灰色の髪を靡かせるいたいけな美少女が一人。
心鉄は彼女を知っていた。同じ学校に通う有名人――『ましろ様』。
周りがそう呼んでいるのを聞いただけで本名かは謎。お互いに面識はない。
とはいえ見て見ぬフリも目覚めが悪いというものか。
「――おい、おっさん」
「ん? なんだ――ひぃっ!?」
男たちは心鉄の姿に慄いた。
ツンと上を向いた鋭利な瞳。ギラギラとした眼光はナイフのよう、身長190センチ、見下ろされるだけで委縮してしまう圧迫感に男たちはたじろいだ。
「ん~……?」
一方、少女はいきなり現れた心鉄に目を白黒させている。
「同じ学校の久世だ。あんた、そのおっさんたちと知り合いか?」
それならなにも問題はない。心鉄の恥ずかしい勘違いでこの件は終わりだ。
「いえ、つい先ほど知り合ったばかりです!」
少女が満面の目身で答えた。なんて綺麗な瞳だろう。
しかし心鉄の眉はピクリと跳ねる。
「道に迷った挙句に疲れちゃいまして……えへへ。そしたら、この方たちが『いい休憩場所』があるから案内していただけると! その後で、一緒にわたしの家を探してもらえるということなのです! なんて親切な方たちなんでしょう!」
少女から男たちに視線を移す。連中は分かりやすいほどバツが悪そうに目を逸らした。
「そうか……だったら俺がもっといい休憩場所を教えてやるよ。ちょうどすぐそこだ、『交番』っていうんだけどよ……一緒に行こうぜ、なぁ?」
「ふぇ?」
少女はコテンと愛らしく首を傾げた。すると、
「ああっ? ふざけんな! 俺たちゃまだ何もしてねぇだろうがよ! 言いがかり付けてっとボコすぞゴラ!」
すると、一人の男が捲し立てて来きた。いきなり豹変した男の態度に少女も困惑の表情を浮かべる。
心鉄は目を眇め「やれるもんならやってみろよ」と相手を睨み付けた。
ただならぬ雰囲気に通行人たちが避けていく。
痺れ切らして、相手が動いた。
「クソが! あんま調子乗ってんじゃねぇぞ!」
腰もなにも入っていない勢いだけで誤魔化したようなパンチ。
久世は躱すことなく、掌で相手の拳を受け止め、
「いだだだだっ!」
男の腕を捻り上げた。
「選ばせてやる。この久世心鉄に腕をへし折られるか、ちんこも一緒にへし折られてれ不能になるか……大人しくその子を置いて帰るか」
ギリギリと捻られてメキメキと悲鳴を上げる男の腕。
心鉄は片足を軽く持ち上げ、ゆらゆらと揺らして見せた。
彼は本気で相手のちんこを潰す気である。
「く、久世っ!? ま、まさか『久世ファミリー』の!?」
「おい、やべぇって!」
「わ、わかった! 消える! すぐに消えるから勘弁してくれ!」
男の反応に心鉄は手を放す。途端、連中は尻尾を巻いた。こういう時は自分の『不名誉』なネームバリューが役に立つ。複雑な気分ではあるが。
遠ざかる背を見送る心鉄と少女。彼女は「あの~、休憩所は……」などと、置いてけぼりをくらってポカンとしていた。
「おい」
「はい! なんでしょうかっ?」
改めて、心鉄は少女と向かい合う。
目が合うと彼女は再びニコニコを子犬のごとき純真無垢な笑みで見上げてきた。
高校生には見えない小柄な体躯。
触れただけで折れてしまいそう華奢な手足、磨き抜かれたかのような真っ白な肌。
灰色の髪は手入れが行き届き乱れ一つない。
こちらを見つめてくる無垢な瞳は大きく、まつ毛も長い。柔らかそうな頬は桜のように色づている。
控えめに言わなくとも、誰もが彼女を美少女と称えるだろう容姿の持ち主。
心鉄の友人が、プリントカメラで撮影されたであろう隠し撮り写真を入手し、アホみたいにテンションを上げていたのは記憶に新しい。
むろんすぐにブツは
「なにしてんだ、こんなとこで」
「家に帰ろうとしたら道に迷いました!」
「スマホくらい持ってんだろ」
昨今、よほどでもないかぎり道に迷うということはなくなった。手の中に納まる端末はなんでも教えてくれる。現在地も行き先も。
「その……実はわたし、スマホとかは持っていなくて」
「は?」
目が点になった。今どきそんな人間がいるのか。少なくとも女子高生にとって、もはやなくては死ぬレベルの必須アイテムではないのか。
「あ、でもケータイはちゃんと持ってますよ!」
そう言って、彼女は心鉄にうさぎのシールが張られたガラケーを見せた。
「電池が切れちゃって。それで、連絡もできなくなちゃいました」
「適当にタクシー捕まえるとか、充電器買うとかできただろ」
「お財布はいつも、たつこちゃんが持ってくれてるから……歩いていれば、知ってる場所に出るかな、って思ったんですけど」
結局、こんな場所まで歩いてきたはいいものの、疲れて座り込んでしまったところ、先程のチャラ男たちに声を掛けられた。
しかし財布を他人に預けるとかどういう神経してるんだ。
……俺のことも全然ビビらねぇし。
初めて顔を合わせる人間は、決まってこの顔を怖れ慄き、目を合わせてくれないというのに。
改めて少女の姿をまじまじと観察する。
「だからってな、あんないかにもな奴の後についていったら、どうなるかくらいわかるだろ。バカなのかあんた?」
「し、失礼です! あのひと達は、ただ、休憩できるところに連れて行ってくれようとしてたんです!」
「おう。それはもう大層ご立派な大人の休憩所にな」
「え? 休むだけなに、大人とか子供とかあるんですか?」
「は……?」
どうも話が噛み合っていない。まさかと思い訊いてみる。
「あんた、あのおっさん連中がなんであんたを連れて行こうとしてたか、分かってねぇのか?」
「ですから、休憩、ですよね? 疲れを取るための」
「……おいマジか」
純真で、穢れを知らないかのような反応に、心鉄は盛大に頬を引き攣らせた。
「あの、なにかおかしなところでもありましたか?」
「むしろおかしいところしかねぇよ」
一見すると小学生にしか見えない少女。
しかし義務教育も終えてまさかとは思いつつ、訊ねる。
「念のために訊くが、セックスって知ってるか?」
「あ、わたしをバカにしてますね! 英語で性別って意味です!」
「……そうだな」
そうだけど、そうじゃない。
「じゃあ、性交は知ってるか?」
「せい、こう? せいこう……大成功~!!」
「よしわかったもういい」
むしろお前の頭が大失敗である。
「な、なんだか失礼なことを考えてる気がします」
「その通りだよ」
「ほ、本当に考えてたんです!? じゃあ『せいこう』ってなんなんですか?」
ぐわ~、っと子猫がじゃれついてくるように迫ってくる。その瞳は好奇心に突き動かされる幼子の輝きに満ちていた。
「……誰も教えてくなかったのかよ」
「はい、知りません。物事がうまくいったときの成功はちゃんと知ってます」
「エロい方は?」
「えろ?」
「…………」
心鉄は思わず閉口し、愛らしく首を傾げる少女を見下ろした。
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