第6話 異変

 俺は別に笹谷を恨んだりはしていなかった。

 自分を守って何が悪いんだ?


 俺を虐めていた須藤隼太すどうはやたは、この町……緋色市ひいろしの実力者で、県議会の政治家とも繋がりがあるっていう家の息子で。

 須藤家に恨まれたら、この県で生きていけなくなるかもしれない。

 そういう風に皆考えていたんだ。


 本当にそんなことが可能なのかどうか分からないけど、少なくとも須藤隼太あのクズはそんなことを公言していた。

 俺に逆らったらこの県で生きていけないぞ、って。


 そんなあのクズが言ったことが本当かどうかの検証なんて、誰もやりたがらないだろ。


 なるべく関わり合いになりたがらないさ。

 だから笹谷は悪くない。


 自己犠牲の強要は絶対におかしいと思う。




「図書館に行って勉強するの?」


「いやあ、テスト期間でも無いですしィ」


 そして今。


 3人で緋色市市民図書館を目指して歩いていた。

 笹谷が、高瀬にしきりに話し掛けている。

 自分が新参者だから、溶け込もうとしているのかな。


 市民図書館は、駅近くのエリアにある。

 というか、市役所の隣。


 こういう施設、交通の便が良いのが一般的なのかな?

 駅から徒歩10分の距離にある俺たちの高校「聖心高校」の通学路の近くあるんよ。

 途中では無いんだけどな。回り道になるので。


 俺の前で、笹谷と高瀬が並んで立っている。

 信号待ちだ。

 で、仲良く話して……る感じではないな。


 高瀬はどっちかと言えばコミュ障で、笹谷はこういう言い方は嫌いなんだが、カースト上位の一軍女子に位置する女子だから。

 高瀬、イッパイイッパイになってる。


 相手に慣れれば普通に話せるんだけどな。

 ……これ、ほっといていいのかな?


 そう、思ったときだった。


 ギチッ、という音がした気がした。

 聞こえたわけじゃない。


 なんとなく、そんな音がしたような気がしたんだ。


 その瞬間。


 世界がモノクロになった。




「えっ?」


 なにこれ?

 皆、停まってる。


 時間停止したみたいだ。


 周囲を見回すと、転びそうなポーズでそのまま停止しているおばさんがいた。


 何かに躓き、つんのめって、そのまま転倒コース。

 ……これは


 どうみても、これはおかしいだろ。

 世界の見え方も、色鮮やかさが無くなった気がするし。


 空間凍結って言い方をするべきなのかな……?

 今のこの状態。


 そこにだ


 ギオオオオオオオ!!


 恐ろしい吠え声が轟いた。

 ギョッとしてそちらを見ると……


 信号待ちしている太い道路の向こう側。

 その方向から怪物が、こちらに向かって突進して来ていたんだ。


 それは巨大な緑色の大蜘蛛で。

 顔面が、鬼の顔になってた。


 大きさは数メートル超え。

 俺は、その怪物に見覚えがあった。


 あれ、妖怪だろ。

 確か……牛鬼だ。


 どこの妖怪かは知らないけど、昔見た妖怪百科事典って本に書かれていた。

 うろ覚えだけど確か、人間を襲う妖怪だったはずだ。


 逃げよう、と思った。

 しかし……


 俺が逃げたら、この人たちはどうなるんだ?


 周囲で停止している人たちを見回す。

 俺が逃げたら、牛鬼はこの人たちを襲うかもしれないよな?


 ……でも

 この人たちと一緒に逃げるのは物理的に不可能だ。

 やってみなくてもそれは分かる。


 ……逃げられない。


 俺の目の前で、信号待ちの姿のまま、停止している高瀬と笹谷。

 笹谷が振る会話に、必死で応じようとしている高瀬。

 打ち解ける努力をする笹谷と、イッパイイッパイな高瀬。


 ……ダメだ。

 置いていけない。


 そんな絶望的な気分のまま、俺が視線を地面に落としたとき。

 驚いた。


 その俺の視界に、信じられないものが存在していたんだ。


 ……あの日。

 ロードワークのときに、変な紳士に出会って、渡された怪しいアイテム。


 あのとき捨てたはずの「赤い腕時計モドキ」が、何故かそこに落ちていた。

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