act.2 ギャラクシー篇⑤

 着いた。

 ハルヒというよりは長門の記憶きおく力と方向センスのおかげをもって俺たちは入り組んだ艦内を一直線に走り抜け、階段を上ったりエレベータに乗ったり、角を一つ曲がるたびにその都度兵士と銃撃戦をり広げ、全員を打ち倒し、やって来たのはこの戦艦のどこら辺にあるのか俺にはわからないが、とにかく一つの船室の前である。

「下がってなさい!」

 ハルヒはそう一声かけると、光線銃を熱線モードにしてメタリックなとびらに向けて発砲はっぽう、なます切りにされてくずれ落ちる扉の向こうに、二つの人影ひとかげが立ちつくしていた。

 こんなシチュエーションだ、おどろきの表情を作っているのも無理はないが、どこか人間っぼさに欠ける男女二人組は唖然あぜんとして俺たちを眺めている。

 ハルヒはずかずか踏み込むと、

「あんたたちが銀河ナントカ帝国の王子とひめさん? 安心して、今助け出してあげるから」

 王子ならびに姫という話だが、別に王侯おうこう貴族な印象は受けなかった。どっかそこらにいる兄ちゃんと姉さんにしか見えない。着ている服も未来的ではあるが普段着ふだんぎじみてるしな。

 おまけにポカンとしているせいで、顔にしまりも威厳いげんもなく、本当にこの二人でいいのかと思うくらいだ。

 てなことを俺が思っているのもほったらかしで、ハルヒは二人の腕をむんずとつかむと、

「退散よ。撤収てっしゅう! このままスキズマトリックス号に戻ってハッチをぶち抜いて帰りましょ。用はないわ」

 有無を言わせぬいつもの迫力はくりょくでハルヒは二人を引きずるように通路に飛び出す。もちろん俺たちも後を追う。追わざるをえんだろ。

 いくら艦内が戦闘配置になっているからと言って全員に持ち場があるわけでもないようで、雑魚ざこキャラみたいなトルーパーが時折顔を出してきては長門の精密射撃をくらい、しびれて転がることになった。

 元来た道を走ることしばし、首尾しゅびよくパトロール艇に戻った俺たちだが、その間朝比奈さんが単なる付きいでしかなかったことは言うまでもない。もともと実戦にまるで向いていない彼女にこんな役を割り振るほうが間違まちがっているな。せめて船医ならよかったのに。

「キョン、発進して」

 艇内に戻ったハルヒは王子と姫を隊長席の横に立たせたままで、自分だけはちゃっかり席に着き、

「全砲門ほうもん開け、目標、真ん前のかべ!」

了解りょうかいしました」

 副操縦士から砲撃手に配置転換てんかんした古泉が手際てぎわよく照準を合わせ、ハルヒの、

「ファイア!」

 というけ声と同時にトリガーした。

 荷電粒子砲りゅうしほうやら光子魚雷ぎょらいっぼい何かがスキズマトリックス号の先端せんたんから発せられ、派手な火花を散らして戦艦せんかん外壁がいへきを吹っ飛ばす。盛大に空気がれていくその先、大きく空いたけ目の向こうに広がるは深遠なる宇宙。またたいている光は星ではなく、彼方かなたにある宇宙船が爆発ばくはつ四散するさまを表している。映画でしかたことのない光景だが、操縦席にいる俺はゆっくり鑑賞するわけにもいかず、ほうけてはいられない。ハルヒの指示通りにスキズマトリックス号を操って、一目散に艦隊旗艦から離脱りだつする。

 乱雑な陣形じんけいを組む宇宙艦の合間を小魚のようにすり抜けて飛翔ひしょうするスキズマトリックス号。二つの勢力が遠慮えんりょなく色つきビームをバンバン撃ち合っているので冷やあせものだ。なんだか全然リアリティがない。俺はかん脊髄せきずい反射のみで操縦桿そうじゅうかんを操作し、でたらめな宙域へと船を向けた。

「みくるちゃん、通信開いて。こっちの味方のほうに」

 ハルヒが隊長らしく飛ばした指示に、朝比奈さんがおぼつかなくも応じる。なぜか俺が宇宙船を操縦できているように、彼女も通信のやり方が解っているらしく、不思議なこともあるもんだったが、逆にまったく不思議ではない気もする。何でもありだ、ここは。

『聞こえるか、広域銀河観察機構パトロール部隊所属のハルヒチーム』

 聞き覚えがあったようなしぶいおっさんの声がスピーカーから響いた。ダイヤのキングみたいな王様の姿が思いえがかれるね。

『こちらは第五銀河分離帝国、余がその皇帝こうていである』

「お子さん二人、救い出してきたわ」

 ハルヒが得意そうに、

「これでいいんでしょ?」

『感謝する。報酬ほうしゅうは望みのままにしよう。しかし今は戦闘中ということもあり、余は指揮にいそがしい。安全な場所に避難ひなんしておいてもらいたい。のちほど、王子と姫をむかえに行かせる』

 ぷつりと通信が途絶とぜつした。やけにあっさりしてるな。泣いて感謝しろとは言わんが。

「これで終わったんだよな」

 俺は古泉に、いやこいつに言ってもしょうがないから言葉の途中から長門のほうを向いて言った。

「…………」

 レーダー要員席に着いていた長門は、不意に立ち上がると隊長席横に立たされている王子と姫のほうへ歩いていく。なんだ? 王子と姫の二人は無反応。

 長門は例の深層海洋水みたいな静かなひとみで男女ペアを見ていたが、そっと手をばして指先をまず王子の、次に姫の身体にれさせた。

「あ?」と俺の口が言う。

 長門がさわるやいなや、二人がひざを折ってガシャンと横倒よこだおしになったのである。

「ロボット」

 長門はポツリとつぶやいて、関節のパーツがイカれたアクションフィギュアみたいに倒れている二人を見下ろした。

「これはこれは」

 古泉が微苦笑びくしょうかべてかたをすくめた。

偽物にせものをつかまされたようですね。このような場合、つまり誰かに奪還だっかんされることを想定して影武者かげむしゃを用意していたのか、もしくは最初から本物などおらずコピーロボットだったのか……。どうやらしくじりました。僕たちが収容された艦にこの二人がいたことをまず疑うべきでしたね。思えば、不必要なまでに不用心すぎましたから」

「じゃあ、本物はどこ?」

 ハルヒの問いを受け、古泉はスクリーンに目を向けた。

「二人があの侵攻しんこう艦隊に連れ去られたのだとして、そして旗艦に乗っていなかったのだとしたら、普通ふつうに考えて別の艦にいたのでしょう。それがどれかは解りませんが」

 カラフルビームで入り乱れる星空に、また一つ爆炎ばくえんの花がいた。宇宙艦隊戦は秒刻みで激しさを増し、双方そうほうともに多大なる損害をあたえている様子。マズいな。

 すすべもなく見守るしかない俺たちの目の前で、一つまた一つと戦艦が轟沈ごうちんしていく。

「で?」

 俺は暗い声で誰に言うでもなく、

「もしかして、俺たちのやとい主サイドの艦隊は自分とこの王子と姫が乗ってるかもしれないのに、それを知らずに敵艦を攻撃こうげきしてるってことになるのか」

「そのようです」

 古泉は律儀りちぎにうなずき返し、

うばい返した二人が偽物だったことを教えて差し上げたほうがいいでしょうね」

「だったら急いでそうしろよ。手遅ておくれになったらどうするんだ」

「いえ、これは感覚的な問題ですが、すでに手遅れになっているような気がするのですよ」

 俺もだ。きっと全員の意見が一致いっちしていることだろう。

 なぜなら――。

 目の前の風景が解け崩れ始めていた。ワイド画面のスクリーンがぼやけたように消えていき、黒い紙に小さい穴をけまくってにかざしていたような宇宙が、まさに書き割りでしたと言わんばかりに倒れていくんだからな。

 なんだこれは、とツッコミの言葉も出せず、俺の耳は長門のセリフを聞いた。

「ミッションインコンプリート」

 どういうことかと問うまでもなかった。これ聞くのも二度目だしさ。

「あー……」

 またしても、だ。俺たちは失敗したらしい。王子と姫の本物が乗っていた船は味方に撃沈され、二人はあわれ大宇宙の一部となってしまったようだ。たのむ、成仏してくれ。

「ペナルティ」

 長門の追加のセリフに、俺は溜息ためいきをついた。

 風景が劇的に変化していくのを見るのも二回目だと感動もない。広がっていた暗い夜空が徐々じょじょに明るくなっていく。意味もなくパノラマという単語が思い浮かんだ。

「…………」と俺と長門と古泉と朝比奈さん。

 最初はファンタジー世界、次はスペースオペラ、そして三度目は――。

 乾燥かんそうした風が俺のほおを打ち、砂煙すなけむりがブーツをいた足にまとわりつく。ブーツ? にしか見えんな。しかも俺の足裏は無骨な大地の感覚を脳に伝えてきた。

 顔を上げると、そこにあったのはなつかしいほどに前時代的な建物および、目に痛いほどき通った青い空だった。

「…………」

 総員、無言。

 テンガロンハットをかぶり、えー、なんと描写びょうしゃすりゃいいんだ? とにかくウエスタンな格好した俺と他四名が未舗装ほそうの馬車道にっ立っている。

「やれやれ」と言うしかないね。

 ホルスターに入ってるのは光線じゅうからシングルアクションのリボルバーへとチェンジしており、俺と古泉はレトロなシャツにサスペンダーパンツ、胸にはシェリフバッジがくっついている。ハルヒと朝比奈さんはやけにはだ面積の広いカウボーイスタイル、長門に至ってはどう見ても流れ者のガンマンだ。

 ってことは、これは……。

「さあ、みんな」

 ハルヒがにこやかに宣言した。

「行くわよ。賞金首の悪党どもに誘拐ゆうかいされた牧場の息子むすこさん夫婦を助け出しにね。あたしたちはあらくれたおたずものに立ち向かう勇敢ゆうかんな保安官とそのすけなんだから」

 そういうことになってしまったらしい。

 こうして俺たちの西部劇――まさに劇だな――が始まりを告げた。

 誰にけばいいのかわからんが言わせてくれ。

「いつまで続くんだ? これ」

「課せられた任務が完了かんりょうするまででしょう」と古泉はめずらしそうにピースメーカーみたいな旧式銃をもてあそびながら、

「それとも僕たちをこのような場にいざなっている何者かがきたとき、ですね」

 拳銃けんじゅうをくるりと回してホルスターに納め、古泉は長門へと目線を送って微笑ほほえんだ。

「いつまでもこのままではないと思います。今はせいぜいロールプレイを楽しむことにしようではありませんか。滅多めったにない経験ですよ」

 はわわ、と口と目をいっばいに開いている朝比奈さんのうでを取り、ハルヒは目一杯めいっぱいの笑顔で俺たちをあおいだ。

「まず馬を調達しなきゃね。荒野こうやを徒歩で歩くなんてサマになんないしさ。とりあえず酒場を探して――」

 十九世紀の北アメリカみたいな舞台ぶたい、どこまでもセットじみた町のメインストリートをSOS団が行く。

 果てしのない荒野を目指して――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る