act.2 ギャラクシー篇④

 さてと。だいたい解ると思うが、ハルヒの作戦とはこうであった。

首尾しゅびよく旗艦にもぐり込めたわ。もう後は簡単。ここから艦橋までダッシュで行ってさっさと制圧するの。さっきのおじいさんをしばり付けて、王子様とお姫様を解放するように要求すればいいわ。その二人がいなくても戦争はできるだろうし、銃撃戦じゅうげきせんもできそうだし」

 それでうまく行ったら簡単すぎるな。

 俺は巨大戦艦の内部にあって軟禁なんきん状態にある宇宙艇の窓から外の様子をうかがった。見た感じ、ここは小型宇宙船の発着場のようだ。シャトルとか連絡艇れんらくていみたいなものがずらずらと並んでいる。まるで護衛付きの高級有料駐車場ちゅうしゃじょうだな。

 他の船とちが待遇たいぐうを受けている点としては、レーザーライフル(多分)を構えた兵士たち(SFちょう大作映画に出て来るクローン兵に酷似こくじしてる)に、ぐるりと取り囲まれているところだった。

「おい、ハルヒ」

 光線銃をにぎりしめて席を立とうとしているハルヒに、

「このまま出て行ったらはちだぜ。あの爺さんのところに行くまでに身体からだ中があとだらけになりそうだ」

「そんなの、気合いでかわしたらいいじゃない」

 り返すが、光速で飛んでくるものをひょいとけられるほど俺は器用じゃない。

「そそそうですよー」

 朝比奈さんが久しぶりに口をきいた。ふるふるとふるえる声で、

「あっ危ないです。ここでじっとしてお茶を飲んでいたほうが……」

「だぁめ」

 ハルヒは朝比奈さんのありがたい意見を一蹴いっしゅうし、

「それじゃあたしが面白くないもの。いい? あたしたちは正義の銀河パトロールなのよ。悪いやつらはたおさないといけないの。誘拐犯の分際であたしたちを監禁するなんて、許せるわけないでしょ」

 そう言いつつみょうに楽しげなハルヒだった。表情とセリフの内容が合ってない。ただ大暴れしたいだけだろう。

「それはそれとして、少し待ってください」

 いつのまにか長門の横に立っていた古泉が、

「今、長門さんに調べてもらっています。かの王子と姫の居場所をね」

 見ると、長門はコンソールのパネルにゆっくりとした動きで指をわせていた。操作の仕方が俺にはさっばりわからないが、ガラス板みたいな平面ディスプレイに細かい文字が高速でスクロールしている。やがて、

「いた」

 ぽつりとつぶやき、長門は指を止め、スクロールも止まった。

「何を調べてたの?」とハルヒ。

「乗員名簿めいぼです」と古泉。「このかん中枢ちゅうすいコンピュータに侵入しんにゅうするよう長門さんにたのんだんですよ。さすが長門さん、容易にやってのけてくれますね」

 感心している割には苦笑い気味で、

「おかげで解りました。ほとんどの乗員は軍籍ぐんせきにあることがね。そして余剰よじょうの人員を二名ほど積んでいることもです。ひょっとしたらと思いましたが、まさか僕たちと同じ艦にいるとは」

 そこで古泉は振り返り、俺とハルヒを眺めて、

「王子とひめはこの艦に軟禁されています。王族だからでしょうか、賓客ひんきゃく待遇たいぐうですね。ちゃんとした部屋で保護されているようです」

 またしても偶然か。いや、艦隊司令の爺さんがトンマなだけじゃねえのか? 普通ふつう、俺たちを同じ艦に収容しようとは思わんだろ。

 俺があきれていると、長門が何かしたんだろう、スクリーンに戦艦の断面図が表示された。なつかしさすら感じるレトロなワイヤーフレームCGの一カ所が明滅めいめつしている。

「ここが王子と姫のいる船室です」

 明滅箇所かしょがもう一つ増えた。

「僕たちの現在地がここ、底部格納庫ですね。プリッジに行くよりは二人の船室のほうがはるかに近いですが、どうします?」

「そうね……」

 ハルヒはしばし考え込み、

「その二人をかっぱらってげるのと、船の制圧だとどっちがいいかしら」

 難易度ではさほど変わらない気がするね。たまに忘れるようだが、俺にはお前ほどのスペックはないんだぜ。

 スキズマトリックス号の周囲に群れてる兵士をなんとか退けたとしてもだ、王子と姫のところまで行ってまたもどってこなくてはならず、制圧を選んだとしてもわずか五人の手勢相手ではスピーディに降伏こうふくしてくれそうにないし、どっちもどっちだろう。

「では、第三の道を」

 と、古泉が策士めいた笑顔。

「せっかくハッキングできているわけですから、これを有効活用すべきですよ。存分にね」

 長門が器用なやつでよかったよ。多少、この艦のネットワークセキュリティに御都合ごつごう主義を感じないでもないが。ここは遠未来じゃないのか? コンピュータなんて言葉が現役で通用してるこのざまを何と言うべきか。というか、俺たちはいったい何語でしゃべってることになってんのかね。考えてもしかたのないことだが。

 古泉は悪びれたところのない笑みで、

「この艦隊は他国侵攻しんこうを目的にしている奇襲きしゅう部隊です。おそらく相当気を使って相手に気づかれないようにしていると思われます。電磁波や通信の遮断しゃだんとかですね。ならば、気づかれてしまえばいい」

 古泉の片手が自席の宇宙マップに向けられ、

「幸いここは目的地である第五銀河分離帝国にほど近い。盛大にさわげば、すぐに発見されるでしょう。奇襲に失敗した奇襲艦隊は脆弱ぜいじゃくです。艦内も混乱するでしょう。そのすきねらえば王子たちの奪取だっしゅも容易かと」

「じゃ、そうして」

 ハルヒは悪徳老中の提案を丸投げする無能将軍のように、

「有希、頼むわね」

 長門はゆるくうなずくと、どういうシステムになっているのかさっぱり解らないコンソールを操り始めた。

 そしてポツリと、

「全艦、ECM作動」



 万単位の艦隊が一斉いっせい妨害ぼうがい電波を、しかもジャミングするものなど何もないのにわめき散らした効果は絶大だった。

 どおん、とにぶ振動しんどう音に同調してコクピットのゆかれる。

「大騒ぎだな」

 俺は呟きながら、格納庫の風景を見渡みわたした。

 どこかで回っている赤色回転灯が雑多な小型てい置き場を赤く染め、第一種戦闘せんとう態勢を警告するワーニングサウンドが嗚りひびいていた。

 おっと、また揺れた。着弾ちゃくだんだな。

 現在、俺たちの乗るスキズマトリックス号を腹にかかえたこの旗艦きかん以下の新本格帝国ていこく艦隊は、長門によって発せられた電波を聞きつけ、急行してきた第五銀河分離帝国の哨戒しょうかい艦隊と絶賛交戦中――とのことである。

 艦隊の回線に割り込んで情報をすくってきた長門が教えてくれた。

増援ぞうえん確認かくにん戦況せんきょうは五分に」

 長門は文字情報がたきのように流れるモニタを見ながら淡々たんたんと報告し、ハルヒがうでまくりをした。

「よし、チャンス到来とうらいね。混乱に乗じて一気に行くわよ。衛兵もどっか行っちゃったし」

 スキズマトリックス号を囲んでいた兵士どもはあわてたようにいずこかに駆け去り、整備員みたいなのが右往左往しているのが格納庫の現況だ。この機をのがせば次はないってくらいのお膳立ぜんだてである。ゲームクリアまでの正しいルートに乗ることができたのかな?

「王子様たちの部屋までのルート、しっかり覚えときなさいよ」

 仁王立におうだちのハルヒはスクリーンの艦内断面ワイヤーフレーム図を数秒凝視ぎょうしして、光線じゅうを片手に握った。

「じゃっ、行きましょ」

 できればじっとしていたかったがそうもいかず、俺たちはそれぞれ光線銃(って言ってるがもっと他に言い方はないのか? ブラスターとかさ)をき放つと、ハルヒに先導されて宇宙艇のエアロックから格納庫に飛び降りた。

「あひゃあ」

 朝比奈さんが危なっかしく着地するのを古泉が助けてやる。愛らしいグラマラスコス少女な朝比奈さんはんだ拍子ひょうしにブラスター(こっちのほうが格好いいから採用する)を落っことしていて、位置の関係上それを拾ったのはハルヒだった。

「みんな、銃の射撃しゃげきモードを麻痺まひにしときなさい。Pってところに目盛りをあわすの。誘拐ゆうかい犯とは言っても、海賊かいぞくじゃない人をケガさせちゃったら寝覚ねざめがよくないわ」

 なんでこいつは銃の使い方を知ってるんだ? しかもおかげでせっかくのブラスターが台無しだ。パラライズガンと名称めいしょう変更へんこうしないといけなくなっちまった。

 ハルヒは朝比奈さんにPガンを手渡てわたし、

「さ、こっちよ!」

 全員が命令に従ったのを確認してから走り出した。なびくかみ躍動やくどう感あふれるけ方が、ここが宇宙なのだということを忘れさせる。本当に宇宙戦艦の中なのか? 実は人類は今もって月面未到達とうたつってな感じの大がかりな書き割りセットの中にいるような気もしてきたぜ。まあこの状況だ。どっちでもいいか。とことんき進むしか手が残されていない。なにより、ハルヒがその気だ。

 格納庫から艦内に入るでかいドアをめがけて殺到する俺たち五人、まだ残っていた衛兵がレーザーライフルを向けてくるのを見たハルヒは問答無用でPガンを速射、麻痺光線にたれた衛兵は悶絶もんぜつ、その身体からだえて我々は走るのだった。一路、とらわれの王子と姫のもとへと――。

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