act.2 ギャラクシー篇③

『広域銀河観察機構が何の用だ。ここいらの宙域にはめぼしい惑星わくせいなどないはずだが』

 うん? なんかこの爺さん、妙にそわそわしてないか? 俺たちを迷惑めいわくそうに思っているのはあからさまに感じたが、何か後ろめたそうにしているのがありありだ。

 ハルヒが黙って聞いていたのはチョコバーもどきを食っている最中だからだった。そして食い終えてから、

「そっちこそ何者よ。人にものをくときはまず自分から名乗りなさい」

 ハルヒは口をパカリと開ける独特のみを作る。

「こっちが広域なんちゃらのパトロール隊ってのは解ってんのよね? で、そっちは?」

『我々は新本格銀河帝国ていこく所属、第三宇宙機動艦隊かんたいじゃ。わしは艦隊司令の―――』

 爺さんの名乗りを最後まで聞かず、

「じゃあ、こっちの質問の番。こんなとこで何してんの? けっこうな数の船が並んでるけど」

 ハルヒの詰問きつもんに、爺さんは気圧けおされたように目をらし、

『……軍事演習じゃ。わかったらそうそうに立ち去れい』

 俺が思ったのだから、ハルヒにだって伝わっただろう。案の定、

「怪しいわね。戦争ごっこの練習ならもっと堂々としてたらいいのに、なんか態度が変だわ。古泉くん、ここどこ?」

 古泉はながめていた手元の計器から目を上げ、

「第五銀河分離帝国と新本格銀河帝国の国境付近、現在位置は後者側の領域ですね。確かに正規の航路から外れているので演習にはもってこいですが……」

 ナレーターをやらせたら天下一品のヤサ男は、

「大規模すぎますね。それにこの艦隊の針路は僕たちの依頼主である第五銀河分離帝国への迂回うかい路にあたります。ついでにコンピュータのデータをさらってみましたが、この時期にこんなところで軍事演習がおこなわれているというスケジュールは確認かくにんできません。少なくとも広域銀河観察機構は把握はあくしていないようです」

「ははーん」

 ハルヒの比類なき直感力が答えを出したようだった。

「戦争の練習じゃなくて、本番をしようとしてんのね。それも宣戦布告もなしに」

 スクリーン内の艦隊司令爺さんはバツが悪そうにたじろいだが、

『何を根拠こんきょにそのようなことを言うのじゃ。仮にそうだとしても銀河パトロールに内政ないせい干渉かんしょうの権限はないはずじゃろう』

「そうかもしんないけど」とハルヒ。「見ちゃったものはしかたがないじゃない? 相手の国にあんたらが戦争しかけようとしてますよって、うっかり教えちゃうのは自然のことよね。現にあたしは言いたくてたまらないしさ」

『そ、それは困る……いや、待て、待て』

 爺さんはあわてたような身振みぶり手振り。

 どうやら俺たちは、隠密おんみつ侵攻しんこう航行している艦隊のど真ん中にワープアウトしちまったようだ。なんだか面倒めんどうくさいことになってきた。

「ま、いいわ」

 何がいいのか知らないが、ハルヒはねこ笑いをかべつつ、

「あたしたちが興味あるのは宇宙海賊かいぞくだけだし、戦争なんてくだらないことやんないほうがいいとは思うけど、見逃みのがしてあげる」

 老艦隊司令は大げさに胸をなで下ろす。しかし、

「でも条件があるわ」

 ハルヒは隊長席から身を乗り出し、

「海賊の根城がどこにあるか教えてくんない? あたしたちが追っているやつ」

『海賊じゃと。ふむ、よろしい。快く情報を提供しようではないか』

 爺さんは愛想がいい。よほど俺たちをぱらえるのがうれしいようだ。

『海賊と言っても多種多様じゃぞ。どの商船団をおそったヤツじゃ? この近隣きんりんで最も勢力の大きいのはキャプテンビヨンドの率いるアッパーグラウンドパイレーツじゃが』

「えーとね、なんかの誘拐ゆうかい犯よ。古泉くん、何だっけ」

「正体は不明ですが」

 古泉はなぜか面白おもしろそうに爺さんを見つめながら、

「第五銀河分離帝国の王子と姫君ひめぎみをさらった海賊ですよ」

「そう、それ」

 ハルヒはビシッとスクリーンに指をきつけ、

「その海賊よ。どこに行ったら会えるか知らない?」

『う……』

 途端に老司令の顔がひきつった。この爺さん、えらい立場にありながら自分の感情を押し隠すことが実にヘタである。

『知らぬな。初耳じゃ』

「うそね」

 俺に通用しないものがハルヒに通用するわけもなく、

「知ってますって顔に書いてあるわよ。てゆうかさ、どうしてすっとぼけようとすんの?」

 ハルヒの笑顔えがお無邪気むじゃきのようでいて、色々な意味をふくんでいるのが俺には解る。重ねて言うが、こいつのかんいだ日本刀の切っ先よりもするどいのだ。

「ははーん。読めたわ」

 ハルヒは自信満々に、また勝ちほこったように、

「誘拐犯ってあんたたちでしょ。海賊船に擬装ぎそうした軍艦使ってやったのね。他の国の王子と姫を拉致らちって何をしようって……、あ。なーる。戦争の大義名分ってやつね。王子様たちを旗印にして第五なんちゃら帝国をめちゃおうって腹なんでしょ。あんたんとこに亡命したことにして、親元に反旗をひるがえしたってシナリオね」

 挑戦ちょうせん的なハルヒの目が気の毒な爺さんを捕捉してはなれない。

「銀河帝国がいっぱいって聞いたときから何となくそうじゃないかって思ったのよ。宇宙海賊なんて漠然ばくぜんとしすぎてるものね」

『むむ……』

 艦隊司令はあせをたらーりと流し始めた。図星らしい。

「すごい偶然ぐうぜんだわ。たまたま出くわした艦隊がそうだったなんて!」

 いかにもラッキーってな顔してるが、これが偶然なんだとしたら確かにすごいとしか言いようがねえな。

「手間が省けたってもんよ」

 ぜんぜん不思議がっていないハルヒは、

「そうとなったら話はすぐ終わるわ。さ、早く王子と姫をよこしなさい。あたしたちはそいつらを親元に送らないといけないから」

『それは、できん』

 アブラを採取されている最中のガマのようだった艦隊司令の爺さんは、ついに開き直ったのか、

『そこまで読まれていてはしかたがあるまい。お前たちをここで解放することはできん。ましてや王子と姫を引き渡すこともな。我々の作戦行動が終了しゅうりょうするまで、大人しくしていてもらおう』

 犯行を告白するや、爺さんはスクリーンからフェードアウトした。

 おいおい、口封くちふうじにここで撃沈げきちんされるんじゃないだろうな。ハルヒもハルヒだ、バカ正直に思ったことをそのまま口に出してどうする。ここは解った上で知らないふりをすべきだったんじゃないか? 俺が先行きを大いに不安がっていると、

「おっ?」

 がくん、とスキズマトリックス号が動き出した。言っとくが俺は操縦していない。勝手に動いてやがる。なんだ、これ?

牽引けんいんビームですよ。あの戦艦せんかんに引き寄せられています。僕たちを拘束こうそくするつもりなんでしょう」

 古泉が悠長に解答を出した。その通り、俺たちの乗っている宇宙ていが向かっている先には、巨大きょだいで未来的なフォルムの宇宙船があって、艦底部のハッチみたいなものを開きつつあった。

「あれが旗艦ですね」と古泉がフォロー。「戦争が始まるまで、僕たちを閉じこめておくことにしたようです」

 そんな解説はいい。どうにかならんのか。

「むしろこれはチャンスかもしれませんよ」

 古泉は指でくちびるを撫でながら、

「僕たちの目的は誘拐された二人の奪回だっかいです。その二人はあの艦隊のどこかに監禁かんきんされているはずですから、これでおのずと行動をともにすることができます。問題は――」

 ふっと古泉は微笑ほほえんで長門へ目線を送った。

「王子と姫がどの艦にいるのかということですが、それも何とかなるでしょう。調べたら解ることです」

「…………」

 長門は唇を結んだまま、自分の前のコンソールを見つめている。今はこの宇宙艇のレーダー係となっている長門だが、コンソールの計器よりも長門本体のほうがよほど探査に適しているだろう。ファンタジー世界ではシーフの役回り、しかしここは長門の本場というべき宇宙だ。期待してもいいかもしれない。

 そしてこいつも、全身から根拠不明の期待をおさえきれないようで、

「あちこち星に立ち寄って情報集めないといけないかなって思ってたけど」

 ハルヒはホルスターから光線じゅういたり入れたりしながら、

「案外あっさりいったわね。思った通りよ、うん。いい作戦思いついたし」

 その作戦とやらが俺にも解っていた。ハルヒは何があってもドンパチをしたいのだ。こいつがそれをするということは、自動的に俺もしないといけないということでもあり……。

 RPG世界で魔王まおうの城へ至るクエストを地道にやってレベル上げをしていたほうが楽だったかもしれん。

 俺はシートに身をもたせかけつつ、せまり来る戦艦の偉容いよう溜息ためいきまじりに見上げた。

「ピノキオになった気分だ」

 こうしてスキズマトリックス号は敵艦内に潜入せんにゅうしおおせた。何という行き当たりばったりな成り行きだろう。しかもこれが正答くさいのだからタチが悪い。本当ならもっと宇宙をけめぐって伏線ふくせんを回収しなければならなかったような気がするが、決して気の長いほうではないハルヒらしい途中とちゅうをごそっと端折はしょった展開だ。まあレベル1でラスボスの前に並ぶよりはマシか。

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