act.2 ギャラクシー篇②

「ええ、それなんですけどね。この船のコンピュータが記録している資料を参照したところ、必ずしも海賊と言えないのではないかと」

「へえ」

 ハルヒはどうでもよさそうに、

「どういうこと?」

「なんせ多くの国家が自らが保守本流の銀河帝国であると主張して、領土紛争ふんそうに明けくれているわけです。海賊とは名ばかりで、他国の軍籍ぐんせきにある艦隊の一部である可能性をコンピュータは示唆しさしています。水面下での軍事行動ですね」

「ふうん?」

 解っているのかいないのか、ハルヒは空になった湯飲みを置いて、

「つまり、国ぐるみで海賊やってるとこがあるってわけね。マヌケな王子様とおひめ様を誘拐ゆうかいしたのは海賊じゃなくて他の国?」

「ありえることです。そうなるとうかつに手を出せません」

 古泉は両手を広げ、

「我々は銀河パトロールなのでね。国家間の外交問題には口をはさむ立場にないのです。海賊の取りまりは仕事のうちですが、紛争への介入かいにゅうは制限されています」

 なるほど、そういうルールなのか。

 俺は溜息ためいきをつき、

「じゃあ、俺たちは何をしたらいいんだ? このまま宇宙をただよってればいいのか」

「もちろん海賊退治。それと依頼いらいされたことも忘れちゃいないわよ」

 ハルヒは明るく、

「どこの軍艦だろうと関係ないわ。海賊行為こういをするヤツは海賊でいいわけ。ぱぱっと乗り込んで、ささっと撤収てっしゅうすればいいだけのことよ。王子と姫が無事ならあの王様も文句は言わないでしょ」

 帝国っつってんのに王子ってのも変な話だ。皇子じゃないのか。

「そりゃいいんだがな」

 俺は注進する。

「最初の話に戻るが、どこに行けばいいのか教えてくれ。退治しようにも海賊の姿なんかかげも形もないぜ」

「そうねえ……」

 ちょっと考え込む顔をしたハルヒは、思いついたように光線じゅうくと、銃身横にある目盛りをカチカチといじってからスクリーンにねらいを定めた。

「このへん」

 銃の先端せんたんから飛び出た光がレーザーポインタとなって星図の一カ所を示している。ハルヒは小さく手を動かしながら、

「この際だからかんでいいわ。思うんだけど、この宇宙って広そうに見えてそうでないような気がするのよね。適当に飛んでたら遭遇そうぐうするんじゃない? あやしそうなのを片端かたはしからつかまえて尋問じんもんしてやれば情報をき出すだろうしさ」

 そんなにお手軽なことになるのだろうか。

「なるんじゃないでしょうか」

 古泉はコンソールにハルヒの指名した座標を打ち込み、俺に笑顔を向けた。

「それほど難解なシナリオにはなっていないと思いますよ。クリアが前提になっているはずですからね。放っておいても向こうから何らかのアプローチがあると思われます。前回もそうだったでしょう?」

「まあな」

 俺は操縦桿そうじゅうかんにぎり直し、しぶしぶとうなずいた。

 ファンタジー世界でクダを巻いていた俺たちのところに、訪問すべき相手が向こうからやって来たことを思い出す。いろいろなイベントをさっくりと飛びえて、やったことと言えば魔王まおう城の壊滅だ。オープニング明けにいきなりエンディングが始まったようなものである。失敗なのはラスボス戦をも省いてしまったことだろう。そのあやまちを繰り返すわけにはいかない。今度は慎重しんちょうに、せめてボスキャラの前に立つところまではいかねえとな。

「キョン、ワープ全開! スキズマトリックス号、全力航海!」

 宇宙ていにテキトーな名称めいしょうをつけたハルヒの命令を、素直すなおに実行する俺だった。

 なにしろハルヒの勘のよさは最早もはや疑いを得ない予言の領域にあり、こいつが指し示す場所を目指せば望もうと望むまいとけったいなシロモノと鉢合はちあわせすることを、すでに俺は死んでも忘れないほどに知らされていたからである。

 なわけで、俺は操縦スティックを操作してワープの準備に入った。不思議とやり方はすぐに解ったので問題ない。説明書がなくてもある程度やってるとゲームのプレイ方法が解るだろ? あんな感じ。

「スキズマトリックス号、ワープ全開」

 俺はやけ気味で復唱し、無意味にサイバーパンクな命名をされた宇宙艇はちょう光速空間へ突入とつにゅうした。

 うへ。いそうな景色がスクリーンに広がってる。グニャグニャした蛍光けいこう色の渦巻うずまき模様というか、SOS団のサイトにある珍妙ちんみょうロゴマークもどきというか。ともかく、さすがワープということだけはある。ガキのころてたアニメそっくりのえがかれ方に感動すらしていると、

「お茶いかがですか?」

 朝比奈さんが陶製とうせいポットを片手に寄ってきて、にっこりと微笑ほほえんだ。

 未来では宇宙に飛び出てワープすることなど日常茶飯事さはんじなのかと疑うほどの普通ぶりだが、そんなこともないだろうな。部室にいる程度の気軽さでおられる朝比奈さんに、俺は安らぎすら覚えながらありがたくお茶のおかわりをもらうことにした。

 さて、この船が行き着く先にはいったい何が待っているのかね。

 光線銃のち合いをうずうずして待ちかまえているハルヒ、じっとだまり込んで全身からレーダー波を放っているような長門、すっかりゲームプレイヤー気分の古泉、まるで空気を読めていない朝比奈さん、そして俺、というSOS団クインテットを乗せ、宇宙艇は人類に残された最後のフロンティアを疾走しっそうするのだった。一路、海賊の巣を目指して――。



 ――で、その一時間後。

 まあ、そんな簡単に見も知らぬ海賊の巣とやらに到着とうちゃくするはずはないと思っていたが。

 俺は操縦桿をレバガチャしながら、次のような言葉を発していた。

「どうなってんだ? こりゃ」

「見ての通りですね。どうやら捕まってしまったようです」

 古泉がかたをすくめ、

「トラクタービームに捕捉ほそくされています。身動きができません」

 ハルヒ隊長の命令を忠実に実行した我らが乗艦スキズマトリックス号は、寸分のくるいもなく銀河の真ん中にワープアウトしていた。

 その瞬間しゅんかん、スクリーンいっばいに広がったのは満天の星々と、その星空をおおかくすほどに展開された大艦隊だった。

 いったい何せきいるのか見当もつかない。大中小取り混ぜて見渡みわたす限りに先鋭せんえい的なフォルムの宇宙艇がずらずら並んでいやがる。

 通常空間に復帰していきなりそんなものを見たもんだから当然、俺はおどろいた。が、そのなぞの大艦隊のほうも驚いたらしい。玉突たまつき事故のような接触せっしょくをする艦が多数発生し、しばらく騒然そうぜんとしていたが、示し合わせたように艦首をこちらに向けるとみょうな色のビームを発し、その途端とたん、スキズマトリックス号は自由を喪失そうしつし、コンソールがピロピロと警告音を鳴らし始めて、まだ鳴ってる。

「うるさいわねえ」

 ハルヒはチョコバーのような宇宙食をかじりながらまゆをひそめ、

「この変な音、止めてちょうだい。それから向こうの艦隊の責任者を呼び出しなさい。どんな連中なの? こいつら。あんまり海賊って感じはしないけど」

 これが海賊だったら大いに困るね。ちゃちなパトロール船一隻対戦闘艦せんとうかん万単位だ。何をどうやったら勝てるというのだろう。朝比奈さんの無茶な魔法は真空でも使えるのか?

 電子ミュージックのような警告音が鳴りひびく中、今は通信士けん給仕役の朝比奈さんはアタフタと自席の前のタッチパネルを操作して、

「ええと、えと。どうやったらいいんですかぁ?」

 ただオロオロとするばかりであった。それもそうか。ここでは魔法使いではなさそうだしな。

「ロックオンされたことを示すアラームですね」と古泉が悠長ゆうちょうに、「通信なら向こうから入れてくると思いますよ。僕たちの登場を相当不思議がっている様子が見受けられます」

 ガス警報器みたいなアラームを止めたのは長門だった。といっても自分の前のコンソールをさっと一でしただけだが、この宇宙艇と相性がいいのか、機械は素直に沈黙ちんもくする。

 ほぼ同時に、前面の大型スクリーンにどっかで見たような気がするじいさんが映った。上半身しか観察できないものの、何となく軍服っぽいものを着ているのはすぐに解る。

抗議こうぎする』

 その爺さんは見事なしかめづらで、

『もう少しで重大な事故になるところじゃったぞ。ドライブアウトのポイントが我が艦艇と重なりでもしていれば、大質量爆発ばくはつが起こっていたであろう』

 見たことがあるのもうなずける。その爺さんは、森の賢者けんじゃと名乗った怪しい爺さんに酷似こくじしていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る