act.1 ファンタジー篇⑥

「メテオバーストとデビルクエイク、その二つの魔法まほう効力を同時発動したようですね」

 そう解説したのは古泉だった。

「酒場で聞いた噂話うわさばなしの中にありました。そういう伝説の魔法が神話にあったそうです。どちらも取得には失われた太古の知識と神クラスのマジックポイントがいるとのことでしたが、朝比奈さんはやすやすと限界を突破とっぱしてしまったようです」

 突破しすぎだ。ゲームバランスもへったくれもない。何もこう、一撃いちげきですべてをっ飛ばさなくてもいいじゃないか。

「いいじゃん」

 ハルヒだけはどこまでも脳天気だ。底抜そこぬけに明るく、任務達成を喜んでいるようである。

「さっすが、みくるちゃんね。これくらいのことはすると……まぁ、うん、ちょっと予想外だったけど、うれしい誤算ってやつだわ」

 賞賛されるままの朝比奈さんは、自分のしでかしたことに青くなって今にも卒倒そっとうせんばかりである。

「あわわ……ひええ」

 俺たちは小高いおかの上にいた。さっきまでいた場所、というか魔王の城をふくめた大体半径三十キロ四方には何もなかった。きれいサッパリと巨大きょだいなクレーターが口を開けている。

 おそるべきは究極の朝比奈魔法最終奥義おうぎだ。そのままでは俺たちもまた原子のちりとなっていたところだが、そこは長門が助けてくれた。何千発もの隕石いんせき群と直下型強力地震じしんが魔城一帯におそいかかる寸前、長門はもうスピードで俺たち全員を細腕ほそうでかつぎ上げると、瞬間移動に限りなく近い速度で走り出し、この丘の頂上まで連れてきてくれたのだった。さすが盗賊とうぞくげ足が速い……などと悠長ゆうちょうに感心していていいものか。

「…………」

 長門は呼吸一つ乱さず、無感動なひとみけむりほのおをあちこちからき出す矩形くけいの穴を見つめている。

 こうして魔王は根城ごと消し炭となった。めでたしめでたし……か? 何か忘れているような気がするが。

「さあ、帰りましょ」

 余韻よいんも何もなくハルヒは成しげた感あふれる笑顔えがおで、

「財宝は残念だったけど、吹き飛んじゃったもんはしょうがないしね。魔王を倒して世界はちゃんと救ったし、王様も満足でしょ。凱旋がいせん帰国よ。さっそく戦勝パーティの企画きかくをしなきゃ」

 そんなものは自分で企画するんじゃなくて開いてくれるのをさり気なく待っているものだ。場所も例の居酒屋ではなく、王宮の広間で大々的に――。

 いや、ちょっと待てよ。帰る場所はそこじゃないだろう。魔王は倒した。だったら、これで条件クリアだ。RPGならそろそろエンディングテーマが流れなくちゃおかしい。そして、俺たちも元の世界にもどらないとおかしいぞ。

「ミッションインコンプリート」

 長門が呟くように言って俺に顔を向けた。どういうこったと目をく俺に長門は淡々たんたんと、

「ペナルティが科せられる模様」

 なおさら意味が解らず、俺が旗竿はたざおのように立っていると、いきなり周囲の風景が劇的に変化し始めた。森や山々がぐずぐずとくずれていき、暗い夜空がとんでもない勢いで広がっていく。夜空? それどころじゃないな。なんせ星がまたたいてないのにプラスして、三百六十度どこを見ても星だらけ。

「…………」と俺と長門と古泉と朝比奈さん。

 またしても言わねばならない。ファンタジー世界にまぎれ込んでしまった最初に感じたのと同じことを。

「なんだ、これ」

 ふと――こればっかりでイヤになるのだが他に言いようもない――気づけば、俺たちは宇宙空間にいた。操縦桿そうじゅうかんみたいなものをにぎっている自分を確認かくにんし、やっとの思いで視線をめぐらす。どことなくレトロフューチャーな機器に囲まれた宇宙船のコクピットの中で、何とも言いかねるコスチュームをまとったハルヒと長門と朝比奈さんが目に留まった。やたらとはだ露出ろしゅつした格好の三人娘は、それぞれに魅惑みわく的なポーズを取っていた。

「おやおや」

 俺の横で吟遊ぎんゆう詩人から宇宙船のパイロットに早変わりした古泉が含み笑いをらしつつ、

「今度は宇宙パトロール隊に配属されてしまったようですね。第二ステージと言ったところでしょうか?」

 俺に聞くなよ、そんなもん。ミッションインコンプリートのペナルティがこれか? 今度は何をさせようと言うんだ。

『聞こえるか、広域銀河観察機構パトロール部隊所属のハルヒチーム』

 目の前のコンソールがしぶいおっさんの声でしゃべり始めた。何となくあの王様の声に似ている感じがしてイヤな予感が走り抜ける。

『こちらは第五銀河分離ぶんり帝国ていこく、余がその皇帝である。とある悪逆なる宇宙海賊に我が王子とひめが連れ去られた。ヤツらは銀河の破滅はめつを望んでいる。たのむ。彼奴きゃつらの野望を打ちくだき、我が子らを取り戻してはくれまいか』

「オッケー」

 と、ハルヒは即答そくとうした。

「宇宙海賊をやっつけるくらいはロハでいいわ。あたしたち銀河パトロールの仕事だもんね。お子さんのことも安心して大船に乗ってなさい。今度こそ、きっと助けてあげるから」

 なるほど、それを忘れていたな、それゆえの、これが第二回戦ってわけか……なんてしみじみしている俺のかたを、ハルヒは盛大にどやしつけた。近所のどの星よりも明るい笑顔で、

「行くわよ、キョン。わっるい海賊を追って、宇宙の果てまでねっ!」

 しかたがない。行き先が宇宙の果てだろうとリングワールドだろうと、どうにも隊長の命令には逆らえそうにはないし、第一、さらわれぐせのある王子と姫様を救出しないと終了しゅうりょう条件が整わないらしいからな。

 だが、まさか第三面まで行きやしないよな? 次は西部劇でガンアクション――なんつうのは勘弁かんべんしてくれよ。

「エンジン全開、最大船速!!」

 ハルヒがそうさけぶのを聞きながら、俺はやけ気味に操縦桿を思いっきり押し込んだ。

 次にふと気づいたとき、部室でお茶でも飲んでいるシーンであることをいのりながら――。

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