act.1 ファンタジー篇④

 城下町を出ると、そこは緑の平原だった。色のいところが森で、うすいところが平野になっている。グラフィックをケチったみたいにシンプルな風景だ。

「よいか」と森の賢者は俺たちを先導して歩きながら、「まずはあれに見える森の最深部、そこに洞窟どうくつがある。なに、短い洞窟なので迷うことはなかろう。中に宝箱が一つあり、その中身は魔王城に入るための門のかぎじゃ」

 それを取ってこい、というわけである。

「オッケー」

 ハルヒはうなずくやいなや、

「さあみんな、ちゃっちゃと終わらせましょ。行くわよ!」

 やにわに走り出した。追いかける以外にないだろう。勇者一人を猪突ちょとつ猛進もうしんさせるわけにはいかないからな。

 背後で老賢者が何か――「待て」とか「話はまだ」とか――言っていたような気がしたが、ハルヒのスピードに付き合っているおかげであっという間に遠ざかる。

 森の中のまっすぐな道を走って数分、き当たりに洞窟があった。なんかあやしい気配がする。いかにも凶悪きょうあくなモンスターが宝箱を守っていそうな……と誰しもが思うところだが、思わないのがハルヒである。そのままの勢いで洞窟に突貫とっかんした俺たちは、五歩も進まないうちに立ち止まることになった。

「うわ」

 そこは巨大きょだいなホール状になっている。何でかかべが薄く発光していて、まったくの暗闇くらやみではない。そのため見たくもないものが見えた。

「わあ、大きい……」

 朝比奈さんがそう言って息を吞む。

「確かに」古泉が首肯しゅこうして、「どうやって倒しましょうね」

「…………」

 長門はただ見上げているだけだった。俺もそうである。言葉をなくして目の前にわだかまる巨大なかげ凝視ぎょうしするのみだ。

「えーと」

 ハルヒはこりこりと頭をいた。

「最初に出くわすモンスターがこれなわけ? どっかおかしいんじゃないの?」

 頭のネジに故障をかかえるハルヒが疑問視するのも無理はない。

 そこにいたのはりゅうだった。バカみたいにデカくて、とてつもない威圧感いあつかんで俺たちをにらんでいる。どうやらこいつが洞窟のあるじにして、宝箱の守護者らしかった。

 呆然ぼうぜんと見ている中、巨竜はぱっくりと大口を開き――。

 どうしようもない。そいつのドラゴンブレス一発で、俺たちは全滅ぜんめつした。



「だから言ったじゃろう」

 森の賢者がしかめづらで言っている。

「最後まで話を聞くのじゃ。洞窟のガーディアンドラゴンは、今のおぬしたちのレベルでかなう相手ではない。戦わずして鍵の在処ありかまでたどり着かねばならぬのじゃ」

 森の入り口に俺たちはいる。全滅したはずなのになぜ生きているのかと言うと、言うまでもなくここがセーブポイントだったからだ。それ以外に何かあるか?

「解ったってば」

 ハルヒは不機嫌ふきげんそうに言って老人の言葉をさえぎった。

「ようは鍵を取ってくれば文句ないんでしょ? 今度は上手うまくやるわよ」

「だからわしはその方法を教えようと――」

「いいから、もうだまっときなさい」

 ハルヒのひとみ爛々らんらんとしているのは、あのドラゴンへの復讐ふくしゅう心のためだろう。

「さっきは油断してたわ。不意を打たれたってやつよ。心構えさえしてたら、あんなのにやられることはなかったわよ。次はコテンパにしてやるからね!」

 そう言ってまたけだした。ということは半強制的に俺たちも走り出すことになる。できれば別行動を取りたいのだが、そういった選択肢せんたくしはどこにもないようで、正直、どうにかして欲しい。

 そうやって再び洞窟に突入した我々は、再びドラゴンに直面することになり、ドラゴンブレスを浴びるところまで忠実に再現して、やっぱり全滅することになった。



「話を聞けと言うのに」

 森の賢者の声はつかれているようだったが、俺はもっと疲れている。朝比奈さんなんか、うんうんうなりながら地面に横たわっているほどだ。古泉のスマイルにもいつものキレがなく、表情に変化がないのは長門だけである。

「もう、腹が立つわねえ」

 ハルヒはイライラとつめんでいた。ご立腹もやむなしと言えるだろう。

 俺たちの全滅は五回を数えていた。それもこれも、ハルヒが考えなしに突撃とつげき敢行かんこうするからである。洞窟突入に続く対竜戦闘せんとう、ドラゴンブレス一閃いっせん――というパターンが五回り返され、結果も繰り返された。次も同じなら、俺たちは六度目の全滅を味わうことになるだろう。さすがにきてきた。

「ハルヒ、ちょっと落ち着いて爺さんのアドバイスを聞こうぜ。このままじゃ、こっから永遠に動けないぞ」

 ハルヒはふんと鼻を鳴らし、どっかと胡座あぐらをかいて座った。賢者は安心したように、

「うむ。では教えよう。洞窟の竜をねむらせることが先決じゃ。そのすきに鍵の場所までたどり着けばよい。竜を眠らせるには、」

 と、ふところから水晶すいしょうだまを取り出して、

「この『惰眠だみんの玉』を使えばよい。じゃが、ただでくれてやるわけにはいかん。というのも、わしは年のせいかこのところ関節痛になやまされておるのじゃ。東の地に生えているという『痛風一発草』なる草がよく効くといわれておる。それを取ってくるのじゃ、さすれば『惰眠の玉』はおぬしたちに――」

 森の賢者けんじゃがセリフを止めたのは、素早すばやく立ち上がってけんいたハルヒが切っ先を喉元のどもとに突きつけたからである。

「回りくどいのはよしましょ」とハルヒは追いぎのような笑みを浮かべて、「草っぱなら後で取ってきてあげるわよ。いいからその玉よこしなさい。いい? あたしたちは子供のお使いやってんじゃないのよ。勇者と勇敢ゆうかんな仲間たちなの。世界を救うのが目的で、そのためには手段を選ぶヒマはないのよね」

 愕然がくぜんと口を開けるあわれな老人に、ハルヒは不気味な声を投げかけた。

「ちょっとでも動くとスパッといっちゃうわよ。これでもあたしは敬老精神持ってるからね、心が痛むわ」

 森の賢者、口ぱくぱく。アイテムを強奪ごうだつしようとする勇者に世界も救われたくなかろう。

「さ、有希ゆき。今のうちにかすめ取るのよ」

 盗賊とうぞくだからな。だが、この状態の老賢者から玉の一つを取り上げるくらい、特別なスキルが必要とも思えない。

「…………」

 長門は急ぐふうでもなく、すたすたと賢者に近寄って、かかげられていた『惰眠の玉』とやらをひょいとつかんで、また元の位置にもどり無言の民となった。

「世界の破滅はめつじいさんのリウマチじゃ、申し訳ないけど優先順位が段違だんちがいだもの。しょうがないわ」

 剣を納めてハルヒは会心の笑顔である。

「だって世界が破滅したら身体からだが痛いなんて言うまでもないもんね。命あっての物種ってわけ。安心して、薬草のことはちゃんと覚えててあげるからさ」

 そして、片手を突き上げ天下に号令するごとき気勢を上げるのだった。

「行くわよ、キョン。みんな。眠らせた竜をタコなぐりしにね!」

 そっちが目的かい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る