第25話「亜麗との訓練 1」
周囲の建物に光が遮られ、まだ薄暗い、バーニアタムの大演習場。
太陽が真上まで登り、暑い日差しが地面を照らす正午に向けて、少しずつだが、気温が上がっていっていることを肌で感じ、それと共に澄んだ空気が気持ちいいと感じる時間。
石のタイルが敷き詰められた大演習場の外周を走る人影が3つ。
「ほらほら、あともう少しだぞ。走れ。」
「ハァハァ…はい!」
「分かってますって!ハァハァ…」
長い黒髪を揺らしながら、前に叱咤激励を飛ばす、バーニアタムの魔現師で、1期生の破蕗亜麗。
息を切らしながらも、その亜麗の言葉に大きく返事をする、魔現師研修生の阿閉勇輝。
そして、さらに……
「翠月。ペースが落ちてるぞ。」
「んもう〜はい!」
バーニアタムの魔現師となった3期生の、茅野翠月も一緒に走っていた。
勇輝が魔現師研修生となった翌日、亜麗と未良から訓練を受けるようになってから、およそ2週間が経った。
その間に、勇輝は亜麗の指導の元、体を鍛え、体の動かし方を学び、未良の指導の元、魔力の扱い方を学んだ。
そして今日も早朝から、亜麗の訓練を受けているのだ。
3期生の模擬戦の翌日、千躰と優愛から、亜麗に指導を受けるようにと言い渡された翠月と共に。
「ハァハァ…」
「勇輝。下向くな。」
「はい!」
「よし、残り100m、ゴールまで競走。ビリは食堂の激苦健康ドリンク。始め。」
という亜麗の合図が聞こえると同時に、勇輝と翠月は残りの体力を振り絞る。
「あれはもう嫌だ!!」
「私だって!!」
そんな2人の必死に頑張る様子を見て、亜麗は笑みを浮かべ…
「笑、いいね。今日はどっちがビリかな。」
ダッ!
さらに強く地面を蹴って、2人の間を走り抜けたのだった。
◇◇◇
「ハァハァ………」
「きっつ……ハァハァ…」
ゴールに辿り着いた2人は、舞台上に仰向けで寝て、新鮮な空気をめいいっぱいに取り込む。
「じゃ、ビリだった翠月は激苦健康ドリンクね。」
腰に手を当てて2人を見下ろす亜麗は、笑いながらそう言う。
「くぅ〜あれ、マジで苦いんですよ!」
「へぇ〜私、飲んだことないから、知らないや笑」
「もう!ズルい!」
「笑、そう言うんなら、私に飲ませれば良いじゃん。」
「え?」
「…多分、最後の競走で自分をビリにしてみろ、って言ってるんだよ。亜麗さんは。」
息を整えて立ち上がる勇輝。
「私がズルいって言うなら、私を負かしてみろ笑」
「うっっわ、やっぱ改めて、性格悪!ねぇ、勇輝もそう思うよね?!」
「ちょっ、そこに僕を巻き込まないでよ。」
「うわ〜ん、勇輝が裏切った〜」
手足をジタバタさせながら、嘘泣きを始める翠月を、勇輝は少し困った表情で、亜麗はまた始まったかと冷めた表情で見る。
「裏切ったって…」
「そう!裏切ったから罰として、抱き着きの刑だ!!」
そう言って、翠月はパッと起き上がり、勇輝に勢いよく抱き着く。
ギュッ!!
「なっ!///マジ、やめてって、翠月!」
「へへ〜ん、裏切った勇輝が悪いんだよ〜」
「別に裏切ってないじゃん!///」
「顔真っ赤にしちゃって、か〜わい!翠月ちゃんに抱き着かれて、照れちゃってるのかな〜笑」
「そ、そんなわけじゃ///」
女性の体特有の柔らかい感触と、ふんわりと香る良い香りに、勇輝は顔を赤くしながら、頑張って翠月を引き剥がそうとするが、翠月は身体能力強化を使っているようで、ビクともしない。
「身体強化……翠月こそズルいじゃん!//」
「え、何の話かな〜?笑」
と、2人が騒いでいれば、もちろん…
「おい、いつまで喋ってるんだ。体力が回復したなら、さっさと次に行くぞ。」
呆れた表情の亜麗がそう言った。
「え〜もうちょっと休憩を……」
「ふ〜ん。」
ガシッ
「え?」
もう少し勇輝で遊ばせてくれと強請る翠月の頭を、亜麗は右手で掴む。
「私の言うことが聞けないなら、更なる罰を与えないとだな笑」
そう言って、右手に力を込めた。
そこで内魔力が消費されていたのかどうかは、勇輝からすると分からなかったが…
「あいたたたたた!!!!!!」
自分の体に回していた両手をすぐに、亜麗の右手へと持って行き、必死に亜麗から離れようとする翠月を見て、勇輝は、亜麗には逆らわないようにしようと、反面教師にしたのだった。
「はぁ……マジで痛かった……」
「口答えするからだ。さ、やるぞ。」
「は、はい。」
痛みの余韻にため息をつく翠月と、少し怯える勇輝の方を向き直った亜麗は、訓練を再開させる。
「昨日と同じく、身体能力強化を使った状態での組手。まずは翠月から。剣は勇輝に預けとけ。」
「は〜い。よろしく、勇輝。」
「うん。」
返事をして、腰に差していた剣をベルトごと勇輝に渡した翠月は、舞台の中央に向かって歩いていく亜麗の後ろについて行き、中央で向かい合う。
「意識することは?」
「内魔力の操作。」
「うん。あの魔素量バカ達とは違って、私達は内魔素量が少ないから、その消費にはより注意しないといけない。」
観客席の方に座った勇輝の方をチラッと見ながら、亜麗はそう言う。
「それで、常に全身に身体能力強化を使うんじゃなく、強化が必要な場所に、必要な分だけの内魔力を生成、もしくは運び、消費することで、必要最低限の魔力で、最速で最適な身体能力強化を行う。」
「ちゃんと分かってるね。あんたの先生役に私が宛てがわれた理由は、それを教えるためなんだろうから……ちゃんとやれよ。」
「はい。」
「じゃ……かかってこい。」
特に構えることもなく、亜麗がそう言うと、翠月は瞬時に、生成した内魔力を右足に移動させる。
「ふっ!」
ダンッ!
石のタイルを蹴る音が響く。
その瞬間に、真横に体を向けた亜麗の目の前を、翠月の右足が横切る。
「はっ!」
蹴り足を着地させた翠月は、すぐに上体を捻り、背面側にいる亜麗に向かって、右肘。
パシッ
それが受け止められると読み、左足で地面を蹴り、さらに体を回転。
亜麗の腹目掛けて、左の掌底を伸ばす。
ダッ!
しかし、それが当たるスレスレで、亜麗が真後ろに飛んだ。
「逃がすか!」
「別に逃げないよ。」
後退した亜麗を追うように、翠月は距離を詰めて、左のジャブ、右のストレート、もう1発左のジャブ、そして右の回し蹴りと攻撃を仕掛けたが…
「甘い。」
ドンッ!!
「グッ!」
亜麗は、全ての攻撃を簡単に弾き、一瞬の隙に、右のボディブローで、翠月を吹き飛ばした。
いくら身体能力強化で体が強くなっていたとはいえ、まともに亜麗の身体能力強化の乗った攻撃を受けた翠月は、先程いた場所の5m後方で、腹を抑え、前方の亜麗を見る。
「はぁはぁ……くっ…」
「まだまだ、魔力の操作が甘い。もっと強化をかける部分を集中させろ。そうすれば、同じ消費魔力量でも、もっと強い攻撃を放てる。あと強化をかけるタイミングな。若干早い。だから、衝撃が逃げて、私に簡単に弾かれるんだ。」
「ふぅ……ちなみにコツとかはあります?」
「笑…自分の感覚で掴むしかないよ!」
ダンッ!
口角を上げながら、石のタイルを右足で蹴り、翠月に接近する。
「っ!ふんっ!」
ドンッ!!
バキバキッ!!
亜麗が地面を蹴った瞬間に、翠月は右足を振り下ろして、石のタイルを割り、石礫を生成。
そして、身体能力強化を強く施した右腕を振り、それによって発生した突風で、石礫を亜麗に向かって飛ばす。
「っ!!へぇ笑」
石礫が自分に向かって飛んだ瞬間に、亜麗は空中に跳び上がる。
「そうしますよね!」
亜麗の回避を予測していた翠月は、右腕を振った際に、手に掴んでいた石礫を、回転の力も利用して、投げる。
「優愛かよ笑」
ブンッ!!
空中で回避行動を取れない亜麗は、その石礫を左腕を振ることで弾き、右腕を顔の横まで引き絞り…
「ここ!」
と叫びながら、亜麗が石礫を弾くことで生まれる一瞬の隙を狙って、一直線に跳び上がった翠月の顔に、手の平を押し付けた。
「ふっ笑、残念。」
ドゴンッ!!!
「……はっや……」
土煙が舞い上がった舞台上を見ながら、観客席の最前に座る勇輝は、そう呟く。
「僕も、もっと身体能力強化を使えるようにならないと……」
「……いったぁ……」
「終わり。」
舞台に叩きつけられ、仰向けに倒れる翠月の首元に、指先を向けた亜麗が、組手の終了を告げた。
「はぁ〜あ。今日もボコボコだ。」
「逆に勝てると思ってんの?」
「…笑、当たり前じゃないですか。私はいつでも勝負に勝つつもりで戦ってますから。」
「……あっそ。じゃ、せいぜい私に勝てるように、魔力操作をもっと鍛えるんだな。」
「亜麗さんの指導でですね!笑」
地面に背中をつけたまま、翠月は笑顔で亜麗に言う。
「……指導を任された以上、嫌でもやるしかないからな。やらないと、みんなに色々言われそうだし。」
「とか言って、可愛い後輩に指導したい!って亜麗さんも思ってるんでしょ笑」
「はぁ?誰が可愛い後輩だ。」
「そりゃもちろん、翠月ちゃんですよ!」
「生意気な後輩の間違いだろ。」
「え〜」
「ほら、さっさと立て。勇輝と交代だ。」
「は〜い。よいしょっと。」
汚れた服を叩きながら、翠月は立ち上がり、勇輝がいる観客席の方に歩き出す。
「勇輝〜!交代だって〜」
「あ、分かった!」
翠月の言葉を聞き、勇輝は観客席を出て、舞台の上に降りてくる。
「翠月、怪我は……」
「笑、大丈夫だよ。亜麗さんの攻撃を受ける時は、強化を集中させて、体を強くしてたから。」
「でも、頬っぺたが……」
紅葉模様に赤くなっている翠月の左頬を見ながら、心配そうに勇輝は言う。
「え、マジ?腫れてる?」
「うん…」
「うっそ……」
確かに、不意の攻撃で強化が遅くなったという心当たりはあったものの、まさか腫れているとは思わず、段々と感じてきた痛みと共に驚き、すぐに後ろを振り返る。
「ちょっと、亜麗さん!!頬っぺたが腫れちゃったじゃないですか!!」
「笑、今更気づいたか。そんなん気にして、魔現師なんかやってられるかっての。」
「んもう〜後で、深川さんのところに行こ。」
「そうだね笑。じゃ、行ってくる。」
「うん。勇輝もボコボコにされてきなさい笑」
翠月のテンション感から、安心した勇輝は、剣を翠月に返して、笑顔で亜麗の元へと向かった。
to be continued
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