第5話「旅立ち 5」
「…」
「……勇輝はね、親がいないんだ。」
育恵と未良の2人だけとなった勇輝の家で、重苦しい空気の中、ベッドで眠る勇輝を眺めながら、育恵がゆっくりと話し始める。
「まだ、勇輝が物心つかない頃に、両親とも死んでしまってね。それから勇輝は1人で育ったんだ。」
「…そうだったんですね。」
「子供にとって、親がいないということは、とても苦しいことのはずだ。だから私は、勇輝が孤独を感じないようにと、できるだけ一緒にいて、色々とお節介を焼いた。勇輝が心の内でどう思っていたかは知らないが、私は、こうして勇輝が良い子に育ってくれて、嬉しいんだよ。」
「…」
「それでね、この15年の中で、私は勇輝の性格や好きなものをたくさん知れたと思うんだ。勇輝は優しくて頑張り屋さんで、人のために動ける子。そして……魔現師に憧れている。アンタも勇輝と話してみて、そう思ったんじゃないか?」
「…はい。」
「まだこの子が10歳いかない頃は、毎日のように、私や周りの大人に魔現師の話を聞かせろと、せがんできたんだ。その時の目は本当に、キラキラと輝いていてね。私達も知っていることを楽しく話せたものさ。」
「…」
「でも、段々と勇輝は魔現師のことを口に出さなくなった。多分……私のせいなんだろうね。魔現師の話をすると、私の方をチラッと見て、すぐに話を切り替えるようになった。話に出てくる魔現師はみんな、ここの村から遠く離れたところにいる存在だ。だから、魔現師になるには、ここを出ていかなければならない。」
「確かに、ここの近くにクランはありません…」
「うん。それをみんなの話から考えた勇輝は、おそらく、自分がいなくなれば、1人になってしまう私に気を遣って、魔現師への憧れを無理やり心の奥底に押し込んだんだ。まぁ、これが違っていたら、私はとんだ自惚れだが……事実だろう。」
「…」
「正直、私は魔現師への憧れを勇輝が封じ込めてしまったことに、悲しさや寂しさを覚えつつも、どこかで嬉しさも感じていた。勇輝がここを出ていくことなく、ずっと一緒に暮らせるんだからね。ほんと、酷いやつだよ私は。」
「そんなことは…」
「……ありがとう。いつの間にか、私は勇輝に対して、本当の親のような気持ちを抱いていたんだろう。そのせいかね、勇輝が私の元を離れるのは寂しいことだが、それと同時に、勇輝が立派に育つことへの期待もあるんだよ。」
「…」
「勇輝には元気でいてもらいたい、笑顔でいてもらいたい、たとえそれが、私のそばじゃなくても、私が簡単には会えないような遠い場所であってもね。だから…」
そして、育恵は勇輝から目を離し、未良の目を真っ直ぐに見る。
「勇輝を、よろしくお願いします。」
そう言って、頭を下げた。
「っ……はい。」
育恵の言葉に、未良は更に固い決意とともに、はっきりと返事をした。
「うん……あ、それと勇輝が望めば…いや、確実になりたいと言うだろうが……立派な魔現師にしておくれ笑」
「分かりました。私が必ず無事に元気に、勇輝君を立派な魔現師に育てます。」
「笑、頼もしいね〜」
そうして、部屋の空気が和らぎ、育恵が笑顔になったところで、勇輝の意識が戻る。
「ん……育恵おばさん?」
「あら、起きたのかい?勇輝。」
「…うん……ん?なんで僕は寝て…」
「体に違和感はない?勇輝君。」
「伊従…さん…はっ!僕は…」
「思い出した?」
「は、はい……僕はあの時、自分に天能を使って、その後…」
「魔力暴走を引き起こしちゃったんだよ。」
「魔力暴走…」
「うん。」
「それで、勇輝君…」
「伊従さん、その続きは私から話すよ。勇輝、ここに座りなさい。」
「う、うん…」
育恵が、自分の隣の席に座るように言い、起きたばかりの勇輝は、育恵の真剣な表情に戸惑いながらも、それに従う。
「勇輝。アンタはこれから、伊従さんについて行きなさい。」
「え?」
「アンタの体のことは聞いた。だから、アンタは伊従さんの元で、色々と教えてもらって、まずは元気に過ごせるようになりなさい。そして、憧れの魔現師になるんだ。」
「い、いや…」
「伊従さんは、覚悟を決めてアンタを預からせてくれって、頼んできたんだ。それに応えるためにも、アンタも覚悟を決めないと。ここを離れて生きるという覚悟を。それに、せっかくの魔現師になれるチャンスなんだ。これを逃す手はないだろう?」
「……僕は別に魔現師なんか…」
「ったく、嘘をつくんじゃないよ。」
「嘘なんかじゃ…」
「ずっとアンタを見てきた私が、そんな嘘を分からないと思っているのかい?バレバレだよ。アンタが魔現師への憧れを捨てていないことも、私に気を遣っているのも。」
「…」
「こんな老いぼれのことは、気にしないで、アンタは自分のやりたいように生きるんだ。それがアンタに必要なことだし、何より、私が望んでいることなんだよ。」
「育恵おばさんが…」
「そう。私の最後の頼みを聞くと思って、ここを離れて、伊従さんのところでお世話になりなさい。そして、いつか、立派になった姿を見せに来てくれると、嬉しいよ笑」
勇輝の手を握り、願いを込めて、笑顔で、育恵は言った。
その優しさと暖かさに対して、勇輝は…
「…分かった。僕、立派な魔現師になる。」
決意を目に宿しながら、笑顔でそう答えたのだった。
「うん、楽しみにしているよ笑。伊従さん、改めて、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします!」
「はい笑。任せてください。」
◇◇◇◇◇
翌日
村の入口には、村人達や、たまたま村に残っていた行商人の箱田が、村を立つ勇輝との別れを惜しみ、集まっていた。
「まさか、昨日の今日でここを立つことになるとは思わなかったぞい笑」
「すみません、今日のうちには帝都に帰らないといけなくて。」
「え、今日のうちに帝都まで?ここから馬車で2ヶ月はかかるのに…さすが魔現師…」
「笑、それほどでもないですよ。」
「本当に寂しくなるな〜〜勇輝、皆さんの言うことをちゃんと聞いて、元気に過ごすんだぞ。」
「うん。」
「もしかしたら、僕は帝都で会う機会があるかもだから、その時はよろしくね笑」
「もちろん笑」
「…勇輝君、そろそろ。」
「はい。じゃあ、みんな。またね。」
「おう!またな!」
「元気でね〜」
「……ほれ、育恵。何をしておるんじゃ。お主が別れを言わんでどうする。」
みんなの後ろの方で、俯いていた育恵の手を、村長が引っ張り、勇輝の目の前へ。
「勇輝…」
「育恵おばさん…」
「…立派な魔現師になるのを、心から願っているよ。」
「うん!絶対に、立派な魔現師になって帰ってくるから!」
「笑、楽しみにしてるよ。」
「またね!」
こうして、村の皆から手を振られながら、15年間生きてきた平和居村を離れ、勇輝は立派な魔現師への道を歩み始めた。
「いや〜良い人達だったな〜」
「うん。」
「…」
「寂しい?勇輝君。」
勇輝の表情を見て、未良がそう尋ねる。
「…正直、そうですね。でも……前を向いて頑張り
ます。立派な魔現師になるために!」
「笑、良い志だね〜」
「じゃあ、まずは帝都にある、私達のクランに行こう。」
「はい!……って、さっき箱田おじさんも言ってましたけど、遠くにある帝都にどうやって行くんですか?…まさかの歩きとか?」
「笑、歩きでも行けないことはないけど、それよりも速く、楽な移動手段があるんだ。ね?未良。」
「うん笑」
「伊従さん……ってことは、速く移動できる魔物を呼ぶんですか?」
「お、良いね。なら、何の魔物だと思う?」
「う〜ん……やっぱ、鳥ですかね。」
「そっか〜笑」
ニヤニヤとしながら、刀花は未良の方を見る。
「正解を教えて欲しい?笑」
「はい!教えてください!」
「じゃあ、勇輝君…いや、勇輝が私のことを下の名前で呼んでくれたら、教えてあげるよ。」
「え?」
「だって、これから長い間一緒に過ごすことになるのに、苗字呼びじゃアレじゃん。それに勇輝は、いつまで経っても、それを続けそうだし。」
「あ、私もそれに乗った!」
「え、えぇ…」
「さぁ、勇輝。どうする?」
「……分かりました。教えてください、未良さん!」
「私は?」
「刀花さん!」
「笑、よろしい。では、これから私達を運んでくれる、頼もしい仲間を紹介しよう!」
そう言って、未良は天能を使う。
「来て、ドラ!」
これまでに勇輝が見たものとは、比にならないぐらいの量の黒い煙が広がり、その中から、とある生物の姿が現れた。
「グァァアアア!!!」
立派な翼に、長い尾。
硬そうな黒い鱗に鋭利な爪牙。
勇輝も、魔物の中で最も強く恐ろしいと育恵に聞かされている、その生物が天に向かって咆哮を放った。
「ど、ドラゴン?!」
「笑、正解。ダークネスドラゴンのドラ。カッコいいでしょ〜」
「いや、未良。ドラゴンを初めて見た子に、いきなりその感想を求めるのは鬼畜だよ笑」
「そうかな〜」
「おい、未良。帝都まで帰るのか?」
「しかも喋った!!」
「うん、帝都まで乗せて。」
「分かった。それで、そのガキも一緒に乗るのか?」
「そうだよ。これからは、私達の仲間。」
「そうか…よろしくな、ガキ。僕はドラだ。」
「よ、よろしくお願いします、ドラさん。ぼ、僕は阿閉勇輝です!」
「勇輝か笑。よし、早く乗れ。一瞬で帝都まで飛んでやる。」
「あ、全速力はダメだよ。」
「分かっている。」
「じゃ、行こう、勇輝。」
「は、はい!」
たった2日の間に、人生が変わった勇輝は、少しの不安と魔現師への憧れ、そして未来への期待を胸に、竜の背中に乗って、帝都へと向かうのだった。
to be continued
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