第3話「旅立ち 3」
この世界には、魔素という粒子が存在しており、生物はその魔素から魔力というエネルギーを生成して、それを使って、様々な現象を引き起こすことができる。
1つの魔素が生成できる魔力の量は一定であり、それを生成し切ってしまえば、魔力を生成することはできなくなるが、時間経過でその魔素は回復し、再び魔力を生成できるようになる。
魔素には大きく分けて2種類があり、生物の体内に存在する魔素を"内魔素"、体外に存在する魔素を"外魔素"といって、それぞれから生成される魔力を、"内魔力"、"外魔力"という。
外魔素は、どこであっても、いくらでも存在しているが、生物は直接、それから外魔力を作り出すなどの干渉ができないのに対し、内魔素は、自分の体内にあるものであれば、自由に干渉できるが、その量に限りがある。
その内魔素の量は、基本的に生まれた時から不変であり、その量には個人差、個体差がある。
しかし、魔素器官を持つ魔物は別で、魔物は他の生物を食べることで、自分が持つ内魔素の量を増やすことができてしまうのだ。
「つまり、魔素器官は、普通は干渉することができないはずの他の内魔素を吸収し、自己の内魔素へと変換する、変換器みたいなもの。で、それを持ってる魔物は、他の生物を食べることで、どんどん強くなっていくんだよ。」
「なるほど…」
未良による魔素や魔物についての説明を、勇輝は必死に頭を回しながら聞いた。
「少し難しい話になったけど、分かった?」
「まぁ、なんとなくは。」
「笑、賢いね。」
「そりゃあ、僕も15年は生きてますから笑」
「えっ?!15年?まさか、15歳なの?」
突然の年齢公開に、未良は勇輝の幼い外見を見る目を見開きながら驚く。
「はは笑。やっぱり、勘違いしてたんですね。話してる感じから、多分そうだろうな〜っては、思ってたんですけど。」
「…ごめんね。」
「いえ、よくあることですから。僕は、歳の割に体が小さいんで。」
「正直な話、生まれて10年いかないぐらいだと思ってて………一応確認するけど、"人族"なんだよね?」
「はい、人族です。」
「そうだよね、この村には人族しかいないし………内魔素量が少ないのかな…」
「ん?内魔素量ですか?」
「あぁ、えっとね、最近の研究で分かったことなんだけど、全身に内魔力を満たす時間が長い生物、それと内魔素量が多い生物ほど、幼体から成体…子供から大人になるまでの成長速度が早く、大人の若い状態の時間が長くなるらしいんだ。」
「…ってことは、体の成長速度が遅い僕は、持ってる内魔素の量が少ない…」
「いやでも、内魔素の量は、そこまで関係してこないはず……こないだ見た研究資料によると、内魔素の量が体の成長に及ぼす影響っていうのは、そこまで大きくなくて、それよりもその内魔力を全身に満たしている時間の長さの方が、影響が大きいらしいの。だから、勇輝君の体の成長の遅さが、内魔素量が少ないからっていうのは……う〜ん……」
未良は、身長が120cmほどしかない、小さい勇輝の体を見ながら唸る。
その様子を見て俯き、新たに分かった自分のことを必死に消化しようとする中で、勇輝は諦めと共にどこかほっとしたような表情で、考えていたことを自然とつぶやいた。
「…内魔素の量が少なかったら、魔現師にはなれませんよね……」
「え?」
「っ!あ、いえ、なんでもないです!」
自分が口に出してしまったことを、慌てて訂正する勇輝だったが、未良は一旦考えるのを中断し、優しい笑顔でこう言った。
「大丈夫。勇輝君は魔現師になれるよ。だって、困っている私を助けてくれたように、人の役に立ちたいっていう心があるんだもん。魔現師には、それが一番必要なの。誰かの役に立ちたいって心がね。」
「人の役に立ちたい…」
「そう。だから、たとえ内魔素の量が少なくても、魔現師になれる。」
「そう…ですか……」
「…勇輝君は、魔現師になりたいの?」
優しい笑顔のまま、未良は真っ直ぐに尋ねた。
しかし…
「…」
勇輝は、すごく悩んだ表情で、俯いたままであった。
「……ねぇ、勇輝君。ちょっと外に出ない?」
「え?」
少しの沈黙の後の、未良の提案に、勇輝は驚く。
「勇輝君は、魔現師に少なからずの興味があるみたいだし、私の力を少しだけ見せてあげる。」
「い、良いんですか?」
「うん。家の中じゃ、ちょっと狭いし。外に出て、見てみない?」
「お願いします!」
「笑、なら行こう。」
抑えられない好奇心から、再び明るい顔になった勇輝を連れて、未良は家の外の開けた場所に立つ。
「さっきの話の続きだけど、生物は魔素から生成した魔力を使って、色んな現象を起こせるの。そのことを"発現"って言うんだけど、内魔力によって発現できることは、基本、みんな同じ。でも、外魔力によって発現できることは、人によって違う。」
「天能ですか?」
「うん。外魔力によって発現できることは、そのほとんどが、その人が持つ天能に影響される。例えば、『着火』っていう天能を持つ人は、何かしらに火をつける、ということしか、外魔力では発現できない。」
「そうなんだ…」
「だから、天能を使うっていうことは、"外魔力を使って天能に関係する現象を引き起こしている"っていうこと。」
「じゃあ僕は、外魔力を使って、『解錠』っていう現象を引き起こしてたってことか。」
「正確に言えばね。この天能を使うってことは、小さい頃から自然とできることだから、深く考えることは、中々ないだろうけど。」
「はい、初めて知りました。」
「笑、よし、天能の説明もある程度終わったところで、私の天能の力を使おうかな。」
「…」
早く見せろと言わんばかりの、熱い視線を受けながら、未良は内魔素から内魔力を生成し、それで手の平の外魔素から外魔力を生成して、発現させた。
『調停者』という天能の現象を。
「出ておいで、"オルジイ"。」
そう言うと、未良の手の平から黒色の煙が広がり、その中から、茶色と灰色の羽毛に、白い髭のような模様が顔にある鳥が現れ、未良の肩に留まった。
「と、鳥?」
「ホッホッホッホッホ。見た感じこの子供がおるだけで、特に緊急の要件ではなさそうじゃが、一体何用じゃ?未良。」
「しゃ、喋った…」
「なに?お主、儂が話せんと思ったのか。全く、この立派な髭を見て、分からんとは、見た目通りの子供じゃの〜」
「はいはい、オルジイ。勇輝君、このおじいちゃん鳥は、セージオウルっていう魔物のオルジイ。ピージョと同じ、私の仲間だよ。」
「オルジイさん…よろしくお願いします。」
「ホホォ、礼儀正しい子供は好きじゃよ。よろしくの、勇輝。」
「この勇輝君はね、魔道具に封じられちゃったピージョを助けてくれた恩人なんだよ。」
「ピージョが魔道具に封じられた?しかも、それをこの勇輝が助けてくれた、と……」
「どう?すごくない?」
「……未良や。ちょっとその、ピージョを封じていた魔道具を見せてくれんか?」
「ん?別に良いけど……はい。」
装備のポケットに入れていた、粉々となった鎖の破片を、目が光っているオルジイに見せる。
「これは……"禁魔道具"じゃな。まぁ、あのピージョを封じられる物など、禁魔道具以外にはありえないのじゃが。」
「やっぱり?調査してた遺跡から出てきたヤツだから、そうかもとは思ってたんだけど。」
「はぁ……なんでそんなものにピージョが…」
「いや、偵察させてたピージョが、突然この鎖に巻かれちゃって。」
「罠じゃったのか……にしても、なぜすぐに儂を呼んで、『鑑定』しなかったんじゃ?」
「だって、オルジイの『鑑定』じゃ、鎖の名前や性質は分かっても、解除方法は分からないでしょ?」
「それはそうじゃが、性質が分かれば、何かしらの方法が思いつくかもしれなかったじゃろ。」
「でも、刀花がどの剣を試しても、ダメだったんだよ?」
「う〜む…それならそう考えても仕方がないか…」
「ま、良いじゃん。結果として、ピージョは自由になれたんだから。」
「あ、あの…」
未良とオルジイの会話に置いてけぼりになっていた勇輝が、会話が途切れたタイミングを見計らって、声をかける。
すると…
「そして、1番気になるのは、お主の天能じゃな。」
「だよね。」
2人は揃って、勇輝の方を見た。
「え?」
「別に、『解錠』の天能持ちは珍しくないが、禁魔道具による封印を解くとは…」
「えっと…同じ『解錠』っていう天能を持っている人は多いんですか?」
「うん。比較的多い方かな。そもそも、天能の名前が同じっていうことは、全然普通にあることなんだよ。」
「へぇ〜」
「でも、天能の名前は同じでも、その説明…"天啓"は絶対に違う。勇輝君もさ、自分の天啓は言えるでしょ?」
「はい、言えます。」
「それは、同じ天能を持っていても、人によって違うんだ。」
「そうなんですね。」
「…失礼なことを聞くが、その天啓を教えてもらえんか?」
「ちょっとオルジイ。」
「しかし、未良も気にはなるじゃろう。」
「確かにそうだけど…」
「別に僕は構いませんよ。」
「……ありがとう。なら、教えてくれる?」
「はい。僕の『解錠』の天啓は、"閉じられた力を解き放つ"です。」
「へぇ…」
「ほほぉ〜相当強いの〜」
「強い…んですか?」
「ふむ、強いぞ。お主の天能は。」
「天啓って言うのはね、ほんと色々とあって、文の感じも長さも人によって違うんだけど、その内容が抽象的であればあるほど、強いとされてるんだ。なぜかっていうと、天啓が抽象的な方が、天能が発現に及ぼす影響も幅広くなるし、その人が抱いたイメージも反映されやすくなるからね。」
「イメージが反映されやすく?」
「なんじゃ未良。勇輝の先生でもしておるんか?笑」
「笑、まぁそうだね。さっきも言ったように、天能は外魔力による発現に影響を及ぼすんだけど、その発現をした人が持っているイメージも影響するんだ。例えば、『放水』の天能を持つ人が、発現させた場合、外魔力を使った場所から水を出すんだけど、その人が勢いよく、と思ったら、ものすごい勢いで水は出るし、弱く少しだけと思ったら、チョロチョロって感じでしか出ないんだ。」
「で、もし天能が『放水』でその天啓が"手の平から少しの常温の水を出せる"だったらどうじゃ?」
「その人は、手の平から少しの常温の水しか出せない?」
「そうじゃ。そやつの持つイメージで変わるものと言えば、手の平のどの辺から出すのか、か、連続的に水を出し続けるのか、ということぐらいじゃろ。」
「でも、天啓が"水を出す"だった場合、どこから水を出すのかも、どういう出し方をするのかも、その勢いも量も、水の温度さえも、その人の持つイメージで決まるんだ。だから、天啓が抽象的な人ほど、発現はより自由になるから、強いって言われてるんだよ。」
「なるほど…」
「それを踏まえた上で、お主の天啓は、かなり抽象的で、お主が天能を使った時に、自分のイメージを入れ込みやすいから、強い、と儂達は言ったんじゃ。」
「……ありがとうございます。」
「ん?なぜお礼を言うんじゃ?」
「…すごく、嬉しいからです。」
「ホッホッホッホ、そうか、それは良かった。それで、未良が儂を呼んだ理由は、勇輝に天能のことを教えるためか?」
「うん、それもあるけど……勇輝君のことを『鑑定』して欲しいんだ。」
「え、僕のことを?」
「なぜじゃ?」
「この子、見た目はまだ10歳いかないぐらいに見えるけど、実際は15歳なんだって。」
「なんと?!お主、その背丈で15になるんか!」
「は、はい。」
「それは単純に背が低いという感じではなさそうじゃの……確実に人族なんじゃろ?」
「ま、それもオルジイの『鑑定』なら分かるし、もし何かしらの原因があって、勇輝君がこんな感じなら、それが分かればって思ってさ。」
「…」
「ふむ、分かった。じゃあ、やってみるぞい。」
「あの、僕は…」
「そこに立っておけば良い。」
「はい。」
「『鑑定』!」
そう言ったオルジイは、目を光らせて勇輝を見る。
「ふ〜む………」
「何か分かった?原因の一つは内魔素量にあるかもと思ってるんだけど…」
「阿閉勇輝、人族、15歳……確かに内魔素量は少ないの。」
「…」
「でも、内魔素量が少ないからといって、ここまで成長速度に影響は及ばさんのじゃろ?」
「そのはずなんだけどね…」
「他には……ん?なんじゃこれは。」
「どうしたの?」
「…内魔素が封印されている……じゃと?」
「内魔素が封印?どういうこと?」
「いや、そうとしか分からんが……これが勇輝の成長の遅さに影響しておるのかもしれん。」
「う〜ん……内魔素が封印されてるから、成長が遅い?」
「本来の内魔素量に対する、使える内魔素量が少ないから成長速度が極端に遅くなっているんじゃないか?」
「じゃあ、なんで封印が?」
と、未良とオルジイはその勇輝の不思議な状態に、意見を交換しつつ悩む。
それを見ながら、勇輝も自分の状態に考えを巡らせる。
僕の内魔素が封印されている?
だから、僕の体は中々成長しない?
なんでだろう…
なんでそうなっているんだろう…
なんで、僕の内魔素は封印されているんだろう…
いつ、どこで封印されたんだろう…
封印…
ん?封印?
封印なら、僕の天能でどうにかなるんじゃ…
だって、僕の天能は"閉じられた力を解き放つ"んだから。
そう閃いた勇輝は、自分の胸に右手を当てる。
そして、内魔素から内魔力を生成し、右手の外魔素から外魔力を生成して、発現させる。
「勇輝君?」
「ん、お主、何しておるんじゃ? 」
「いや、封印されてるんなら、僕の天能で解けるんじゃと思って……『解錠』!」
「ちょっ、それは待った方が…」
勇輝の言葉を聞き、何かしらの危険があるかもと思った未良が止めるよりも早く、『解錠』が発現した。
そして…
「え?……グッ……うわぁぁぁああ!」
「っ!!!勇輝君!!」
「おい!勇輝!!」
突然、胸を抑えて苦しみ始めた勇輝から、大量の魔力が飛び始めたのだった。
to be continued
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