白虎の神様

白虎の神様

辺りもすっかり暗くなった闇の中、目隠しをされた状態で馬車に乗せられ、私は裁きの森へと連れて来られた。まだ春だというのに、ひんやりとして夜風は冷たく、そよそよと風が吹く音がやけに大きく聞こえて、それがなんだか不気味に思えた。


「ほら、ここで降りろ!」


乱暴に車から降ろされると、私の体がふらりとよろけて地面に膝をつく。後ろから伸びてきた手に目隠ししていた布を取られ、ゆっくりと目を開くと、そこは周りを木々に囲まれた深い森の中。


「ここが……『裁きの森』……」


私の呟きに、男の一人がハッと笑う声が聞こえた。


「そうだ、ここが罪人が追放される『裁きの森』。別名『罪人の墓場』って言われてるがな」


後ろを振り向けば、男たちはニヤニヤとしながらこちらを見つめていた。


「可哀想に、お嬢さん。こんな場所に置いてけぼりにされるとは」

「これから一人で寂しいだろう?俺たちがその前に慰めてやろうか?」


下劣な笑みを浮かべて近寄ってくる男たちから、私は咄嗟に距離を取る。腕はまだ縄で拘束されたままで自由が効かず、後ずさることしかできなかった。


なんて奴らなの……。


けれど、自由に動くことができない私の体はいとも簡単に男たちに捕まってしまった。無遠慮なその手に、私はとっさに「離してっ!」と叫んだ。


「いいじゃねぇか、これくらい。どうせあんたの命は、ここで終わり。最後に、俺らによくしてくれよ」


にやりと笑いながらそういう男たち。だけど、次の瞬間──。


「う、うわぁ!!!」


男の一人が、急に怯えたような声をあげて後ずさった。男の視線を辿って私も後ろを振り向くと、そこには醜い顔をした得体の知れない生き物が何体もいた。頭には角があり、鬼のようにも見える。その不気味な様子に、「ひっ!」と誰かが声を上げた。


「やばいぞ!逃げろ!!」

「馬車を早く出せ!!」


私をここまで連れてきた男たちは、そんな醜悪な生き物に怖気付いたのか、一目散に馬へ飛び乗ってその場から逃げ去っていく。


「待って!!」


そう叫ぶものの、男たちが待ってくれるはずもなく……。残されたのは私ひとり。腕を縄で拘束された私は、ゆっくりとこちらに迫ってくる生き物を前に、その場から動けずにいた。


これが罪を犯した罪人への裁きなのだろうか。

私は、ここでこのよく分からない生き物に喰い殺されるのだろうか。


こうなることは百も承知で椿の話を飲んだのだ。すべては、仙を守るために……。


だけど体は正直で、怖さに震えが止まらなかった。襲いかかってこようとする生き物に私はなす術もなく、その場にうずくまる。


ああ、もうダメ──。そう思った瞬間。


「ガルルルッ……!」


聞こえてきたのは、獣の雄叫び。目を開けると、そこには白に黒の模様が入った大きな体。


白い、虎……?


その獣は、私を襲おうとした鬼のような生き物たちから私を守るように立っていた。


ガルルルルと獣が唸ると、剥き出しになった鋭い牙がちらりと見えた。鬼のような生き物たちは動きを止め、後ずさる。助かったのだろうか、と思っていると、くるりと獣がこちらを向いた。金色の瞳に、私はじろりと見つめられ、どくりと音を立てる胸。


「あなたは……」


けれど、私は緊張の糸がぷつりと途切れてしまったのか。視界はそこで暗転し、意識はふと失われた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る