第4話:先生の過去

 「先生は帰りたいのか?」

 「え?うーん、そうですねぇ。昔よりも今のほうが幸せですからねぇ。」

 「じゃあ、ずっとここにいるか?」

 「もちろんです。王子。」

 「よかったぁ!お前がいなくなったら一日が急激につまらなくなるからな。」


 眼鏡をかけた男は先生と呼ばれて本の整理をやめた。

 小さいその男の子は心配そうだった顔をパァッと明るくして笑っている。

 悪い夢でも見たのだろう。

 

 「そう言っていただけて光栄です。」

 「ずっとそばにいるんだぞ。命令だ。」

 「はい。もちろんでございます。」


 男は不老不死の力をもらってからつまらなかった。

 魔女と呼ばれる女が来てから数年たったある日。

 男のもとには大勢の従者を連れた男の子が来た。

 本を読んで知識だけ深くなっていた男にとってそれは面白いことだった。

 男の子は堂々としていて自分とは全く違う人種。

 なのにもかかわらず自分の意味のない知識を飽きもせずに毎日聞きに来た。

 男の子の周りにいる従者はいつも顔ぶれが違う。

 この男の子が気に入らないことをすると、速攻で首をはねられるらしい。

 男も一度はねられた。

 しかし、その傷は深くはなくすぐにつながってしまった。

 初めて不老不死の能力を目の当たりにしたその時ばかりはとても面白かった。

 久しぶりに興奮したのは今でも忘れられない。


 

















 「おい、またやったのか?」

 「ささっとワープしてもらわねぇと困るな。」

 「お前なぁ。」


 薄暗い路地裏で王子は隠れていた。

 少し魔女が目を離したすきに今度はアイスを盗んだらしい。


(店先で物売るの禁止にしてくれねぇかな。)


 魔女はそう思いながらも王子を何度目かもわからないワープをさせた。

 ワープ先に物を持ち込めないのをいいことに王子はゴミが出るものも盗んでくる。

 ごみを捨てる手間が省けると言っているが、それはどうかと魔女は頭を抱えた。


 魔女の故郷から何度ワープしただろうか。

 何より怖いのは王子がミサをあきらめる様子が全くないことだ。

 あと何回、ワープをさせられるのか。

 魔女からしたら怖くてたまらない。

 一か所にいるためにいいことをするというのが目標だったはずなのだが、いつの間にかわざと悪いことをしてワープをするというのが普通になってきた。

 ここまでくるともう応援したくもなってしまうが、無理だろうと魔女は思っている。


 「魔女、あれは何だ?」

 「屋台か。祭りとかがあると出すんだ。」

 「まつり?」

 「人間は神をたたえるんだ。まぁ言えば、パーティーとかが近いかもな。」

 「神かぁ。」


 王子は神がいないことを知っている。

 異世界で育った王子は神様というものを信仰することがなかった。

 いや、異世界自体にそういう風習がないのだ。

 

 「あれおいしそうだな。」

 「ちょい待て。もう盗みは禁止だ。」

 「はぁ?なんでだよ。」

 「あったり前だろ。毎度毎度、ワープも簡単じゃねぇんだぞ。」

 「えぇ。」


 王子は理不尽だなぁと思いながら魔女に従った。

 屋台で売っているものはどれもおいしそうだった。

 特に氷を削ったものに色水をかけたものに王子は興味をそそられた。


 それもそのはずだ。

 異世界ではこんな食べ物見たことがない。

 アイスはジュースを凍らせて食べていたためなじみあるものだったが、真っ白い氷は食べようとも思ったことはない。

 そしてあの奇抜な色の水。

 どんな味なのか想像もできない。

 ただ、ワープした先で食べる食べ物はどれもおいしいのでこれもきっとおいしいのだろうと王子は考えている。


 「これが欲しいのかい?」

 「わっ……あ、えーっと。」

 「お父さんやお母さんは?」

 「えっと、今一人で……。」

 「そうですか。買ってあげますよ。」


 王子があまりにも見ていたからだろうか。

 若い男が王子に声をかけてきた。

 魔女はその顔を見て笑ってしまった。


 「お前、これだったら本当にミサに会えるかもな。」

 「……俺もそう思う。」


 若い男は、城の中で先生と呼ばれている男そのものだった。

 いや、ただ似ているだけかもしれない。

 王子はそう思ったが、立ち振る舞いやしゃべり方が全く同じだった。

 

 「はい、どうぞ。」

 「あの……これは?」

 「食べたかったのでしょう?」

 「は、はい。」

 

 王子は若い男からそれを受け取って一口食べた。

 冷たくて、おいしい。

 暑くて倒れそうだった体にしみわたっていく。


 王子の目がきらきらと輝いて食べ続けるのを男はずっと見ていた。

 ほほえましそうだ。


 「これ、なんていう食べ物なんだ?」

 「これはかき氷です。シロップがかけてあって甘いですよね。」

 「すごくおいしい。次、あの色も食べたい。」

 「……わかりました。どうぞ。」


 若い男は王子に二枚の硬化を渡して言った。

 王子はそれを握りめてうれしそうにかき氷の屋台へと走って行った。

 見ず知らずの子供にここまでのことをすることに魔女は驚いた。

 

 「この世界でお金は貴重なんだ。あんまりたかるなよ。」

 「これで最後だって。っていうか、先生もいやそうな顔はしてないぞ。」


 魔女は一応王子に言ってみたがもちろんあまり効果はなかった。

 確かにあの男のほうもあまり気にしていなさそうだ。

 何ならうれしそうに微笑んでいる。


 「あれってあいつだよな?」

 「先生に会えるとは思ってなかったな。」

 「なんであいつが……?」

 「異世界転生してきたのはお前だけじゃないのは知ってるだろ?」

 「それはそうなんだが……。」


 魔女は不思議に思った。

 時が経つにつれてどんどんそれは強くなる。

 だって、あの男は……。


 「買えましたか?」

 「あぁ。これは何の味なんだ?」

 「あぁ、それの味は変わらないんですよ。ただの着色料です。」

 「そうなのか。味が変わって感じるな。」

 「人の体は不思議なものですね。」


 若い男はそう言って笑った。

 王子は不思議そうにかき氷を食べている。

 二つの色の違うかき氷を食べ比べて首をかしげては若い男のほうを見る。

 

 魔女はそれを見てどうしようかと思った。

 できることならこの男にはかかわりたくない。

 しかし、少しだけこの男の昔のことを知ってもよいとも思う。

 いや、興味があるとかではなく。

 王子のこのうれしそうな顔は見ていてもよいと思ってしまう。

 きっと知っている顔の人物がいて王子も安心しているのだろう。

 ここ最近、知らない人に声をかけたりして疲れているだろうし、この男のそばにいてもよいのかもしれない。


 「お兄ちゃーん。何してるの?」

 「え?」

 「おや。寝ていなくてよいのですか?」

 「うん。お母さんが今日は特別だって。」

 「そうですか。ほしいものとかありますか?」

 「うーん、もう少し屋台を回ってくる。」

 「わかりました。ほしいものがあったら言ってくださいね。」


 真っ黒くて長い髪を左右に揺らしながら少女はこちらへときた。

 王子はその姿を見てびくりと肩をすくめる。


 「お兄ちゃん、その子誰?」

 「ん?あぁ、お金がなくて困っている様子だったので。」

 「こ、こんにちは。」

 「ふーん、お兄ちゃんは優しいね。」

 「そんなことはないです。助け合うのが当たり前なのです。」

 「わかってるって。ねぇ、君も一緒に回ろう!」

 「え?」


 少女は王子の手を軽く握って言う。

 王子は困ったような顔をして魔女に助けを求めた。

 しかし、魔女は見ないふりをして口笛を吹いている。


 「よければ一緒に言ってあげてはくれませんか?」

 「あ、いや……。まぁ、別にそれくらい。」

 「やった、じゃあ行こ!」


 王子はそのまま少女に連れていかれてしまった。

 ぶっちゃけそこまで嫌ではない。

 ただ、女慣れというものを王子が全くしていないだけだ。


 王子は同じくらいの年の女の子とあまりしゃべったことがない。

 基本、お城から出たこともなかったからだ。

 そして、世間に広まった王子は非道徳的で怖いといううわさから王子に近寄る女の子はいなかった。

 親も近寄らせようとは絶対にしない。

 だから同じくらいの年の人と話すのに王子はなれていなかった。

 魔女的にはそれにも慣れてくれると嬉しいのだが。


 「……一応近くにいたほうがいいのか?」

 「それはないと思いますよ。」


 魔女はぎょっとした。

 若い男は魔女のほうをまっすぐ見ながら言っていたのだ。

 もちろん、周りから魔女の姿は見えるはずがない。

 魔女の実態は異世界にいて、今一人でいるだけなのだから。

 

 「見えているのか?そういう人間なのか?」

 「昔から見えてはいけないものが見えてしまうんです。あなたは彼の背後霊ですか?」

 「まぁ、そんなとこだな。」

 「なら見守っているだけにしてあげてください。うちの妹のためにも。」


 若い男はそう言ってぺこりと頭を下げた。

 絶対にばれることはないと思っていた魔女からしたら自分が平常心でいられているかどうかももうわからなかった。

 ある意味この男が恐怖でしかない。


 「お兄ちゃん、あれ食べたい。買って?」

 「いいですよ。どれですか?」


 男が少女に呼ばれて魔女から離れたとき魔女は少しほっとした。

 王子は少女について行くだけでも疲れ切っている。

 それでも魔女の異変には気づいた。

 

 (魔女の奴どうしたんだ?)


 冷や汗を流している魔女を王子は初めて見た。

 もちろん、今ここで聞くことはできないのだが。


















 「どうしたんだ?魔女。顔色悪いぞ。」

 「いや、あの男ただもんじゃねぇなって。」

 「先生はすごい人だからな。」

 「まさか姿を見られるとは思わなかった。」

 「え?先生魔女のこと見れたのか?やっぱすげぇな。」


 王子はその一言で大興奮していた。

 すごいでは済まされないと魔女は思っていたが、ここで言っても王子は気づかないだろう。


 「私はあの男のところに言ってくる。お前はもうここにいろ。」

 「まぁ、今日は野宿だしそうなるな。」

 「野宿しなくてもどこか泊まればいいだろ?」

 「金ねぇからな。」

 「逃げればいいだろ。」

 「お前がそれ言うのか。まぁありだな。探すか。」


 王子はそう言って木に登って町のほうを見ている。

 太鼓や人々の声が騒がしい。

 きらきらとしていて夜なのにもかかわらず明るく感じた。


 「んじゃ、私はもう……。」

 「ん?魔女、どうした?」

 「行く必要がなくなった。」


 外を歩く音が聞こえて魔女は戸を開けた。

 王子はそれの意味を分かって目を輝かせたが、自分に魔女以外のことが見えるはずもないと思った。


 「んじゃ、俺は宿屋見つけたからそこに行く。」

 「あぁ、分かった。」


 魔女はそう言って王子の前から姿を消した。

 何かあれば、呼べば来るかと王子は不安になった心を紛らわす。


















 「こんにちは。まだ戸は叩いていなかったのですが。」

 「こんばんわ。ちょっと話したいことがあってな。」

 「わたくしに、ですか?」

 「過去について。」


 魔女はそう言ってニッコリ笑った。

 先生のほうもうれしそうな笑顔を見せる。


 「過去ですか……。ただの貧乏人でしたよ。」

 「その貧乏人と王子が今あっている。」

 「ほう……過去のわたくしにですか。」

 「妹がいたんだな。」


 魔女のその言葉に先生はピクリと眉を動かした。

 魔女は何かいけないことでもいったのかと身構える。

 しかし、先生はもう一度笑顔になって魔女を見た。


 「妹がいるならまだ……いえ、何でもありません。お祭りでもやっていなかったですか?」

 「あぁ、ちょうどお祭りの日だったな。」

 「やっぱり。なぞに4枚の硬貨がなくなったんですよね。」

 「王子にかき氷二つも買ってたからな。」

 「そういうことだったんですね。で?何を聞きたいんですか?」


 魔女は自分に近寄ってくる先生を不自然に思いながら口を開いた。


 「どうやって転生したのか。」


 先生はその言葉を聞いてふっと笑った。

 馬鹿にしているような笑いではない。

 どちらかというとほっとしているようだ。


 「あなたはそれを覚えていますか?」

 「つい先日王子が教えてくれたよ。戦争中に娘をかばって死んだらしい。」

 「王子が知っていると?」

 「いや、ワープでたまたま連れて行ってくれてね。」

 「あぁ、そういうことですか。」

 

 先生はそう言って一口紅茶を飲んだ。

 甘い香りが口いっぱいに広がるそれは先生の生きていたころにはなかったものだ。

 魔女の家に来て初めてこれを飲んだ。

ある意味思い出の味。

 

 「この紅茶、おいしいですね。」

 「私が好きなの。」

 「同じです。」

 「話をそらさないで。どうやって転生したのか教えて。」

 「……覚えていないんですよ。何十年も前の話なので。」

 

 先生はそう言って軽く首を横に振った。

 魔女もそれを見てため息をついた。


 「ずっとお城の書蔵庫こもっているのはそれを調べるため?」

 「そうです。あと、その妹についても。」

 「妹?」

 「四枚の硬貨と妹が同時に消えたんです。」

 「四枚の硬貨は王子に……。」

 「えぇ、だから焦っているのです。」

 「そうは見えないが?」

 「実は焦っています。」


 先生は大きく息を吐いた。

 自分がなぜここに来たのかもわからなければ妹があの後どうなったのかもわからない。

 ただ一つだけそれらを教えてくれる可能性があったのは書物だけだった。

 真剣に探していたのはそれらの答え。

 もちろん、そんなものは見つからなかった。

 いなくなった後の世界については書かれていても自分の家族のことは一言も書かれていなかった。

 

 「妹さん、ご病気だったの?」

 「体が弱かっただけです。」

 「そう。見るだけなら王子に頼めばできるわよ。」


 魔女はそう言ったが、先生は首を横に振った。

 見たくないとでも言いたげだ。

 しかし、魔女からすればそれは逃げでしかない。

 自分だったら分かっている最悪は見たくない。

 そうすることで少しでも長い間、最悪の現実を見なくて済むから。


 「見たほうがいいと思う。ちゃんと、その目で。」

 「後で結果を教えてください。」

 「結果が知りたいなら見ていきなさいよ。」

 「無理です。」

 「王子はそんなあなたを見たくはないと思うわよ。」


 そう言った瞬間、先生は魔女をにらんだ。

 魔女はその姿に少し言い過ぎたと思ったが、ここで下がるわけにはいかない。

 なので先生のことをいつも以上に睨んだ。


 「丸くなりましたね。あなたは。」

 「そう?」

 「全くあなたが怖くない。それどころか美しいと思ってしまう。」

 「あんたねぇ……。」


 魔女はそれを聞いてため息をついた。

 この人はいつもいつもこんなお世辞のようなことを言ってくるのだ。

 魔女だって前は旦那持ちだった。

 あの戦場を見てもうその旦那もいないとあきらめがついたが。


 「王子と話せますか?」

 「私が鍛えてきた魔法の技術舐めないでよ。」

 「あまりうまくはないと存じておりますが……。」

 「何か言った?」

 「いいえ。」


















 王子はそのころもう一度祭りの屋台を回っていた。

 とても賑やかで楽しそうだったため、宿屋から見ているだけでは足りなかったのだ。


 「王子、お久しぶりです。」

 「っ!先生か?本物か?」

 「はい、本物です。」


 先生はそう言って笑った。

 周りを見て懐かしんでいるようにも見える。

 王子はというと、これ以上にないほどの喜びようを見せている。


 「ここにはいられないから、早くここから離れたいのだが?」

 「え?あぁ、そうだな。」

 「わたくしに見つかるのがそんなに嫌ですか?」

 「ぞっとすんだよ。お前のあの目は。」


 魔女はそう言ってさっさと静かな場所へ行くように言う。

 王子も魔女のあまりにも恐怖に満ちたあの表情は見たくないためさっさとその場を離れる。


 「あ、こっちの世界の先生はいないぞ。妹がどうとかで帰ってったからな。」

 「妹が……?」

 「先にそれを言え、このバカ。」

 「はぁ?バカとは何だ!」

 「なぁ、お前元の家の位置覚えてんのか?」

 「あなたと違って記憶力はいいので大丈夫です。」

 「じゃあ、王子空飛んでもいいから迎え。」

 「えぇ。まぁ、いいけど。」


 王子は先生の指示に従ってある家まで飛んで行った。

 大きなお屋敷というわけではないが、まぁまぁ大きな家だ。

 ざわざわとしていて祭りの会場とはまた違った騒がしさがある。


 「どうしたのか聞けるか?」

 「聞けるけど。いいのか?聞いても。」

 「早くしろ。」


 魔女はそう言って王子をせかした。

 王子は不機嫌になりながらも家の周りに立っている大きな男に声をかける。


 「すみません、何かあったんですか?」

 「あぁ、お嬢ちゃんの状態がよくねぇんだ。確か、結核だったか?」

 「そうそう、うつるから来ちゃだめだぞ。帰った、帰った。」

 「結核?」


 王子はそう言って先生の顔を見た。

 するといつも笑顔の先生がにこりともせずに王子を見ているのが見えた。

 王子はその表情に声が出なくなる。

 あまりにも真剣で怖かったのだ。


 「……行ってくれ。」

 「え?」

 「早く中に入って、助けてやってくれ。」

 「でも……。」

 「いいから。」


 王子は苦しそうなその言葉を聞いて息をのんだ。

 そして、大きな男たちの間を滑り込むように通った。

 そこまで速いスピードには見えないが、男たちは王子を捕まえることができずに戸惑っている。


 「俺、どうすればいいのかわからねぇけど。」

 「結核には薬ができるんだ。でもこのころは必ず死ぬ病気だ。」

 「で?どうすればいいの?」

 「魔女、こちらの物を向こうに送れないか?」

 「……できないことはないね。」

 「待て、それは初耳だぞ。それなら俺に食べもん送れただろ!」

 「特別な場合だけだ。お前が食いっぱぐれるくらいどうでもいい。」

 「無慈悲な……。」

 「王子、お前は医者だ。少なくとも一年はそこにいてこの薬を飲ませ続けろ。」

 「長ぇなぁ……。」

 

 王子はそうは言いつつもまぁいいかと思った。

 食べ物はおいしいし、ここにいて損はない。


 王子が部屋の中に入ってきたことに一番びっくりしたのは過去の先生だった。

 自分と同じ顔の人間を連れているからか、王子が急に入ってきたからか、理由はわからないがどっちもだろう。


 「どちら様ですか?帰ってください!」

 「医者です!」

 「もう、医者は……。」

 「その医者よりも優秀です。」


 王子はほぼ無理やりな理由で少女の横に座る医者をにらむ。

 王子の中であそこまで真剣な先生の顔はただ事じゃないという結論にいった。

 今までお世話になった先生への少しのお返しだ。

 このまま追い出されるわけにはいかない。


 「おい、早くあいつを横に座らせろ。」

 「いや、もう駄目だと……。」

 「お前は本当にそう思っているのか?」

 「……不治の病です。」

 「違う。治る。そこの男の子は治すことができる。」


 魔女は過去の先生に言うが下を向いたまま動かない。

 その横から先生は付け加えた。

 過去の先生は顔をあげて同じ顔のその男を見た。

 何を言っているんだこいつはという目で見る。

 しかし、それはすぐにそういうことかとでも言いたげな笑顔に変わった。


 「お母さま。その男は偽物です。今すぐ追い出しましょう。」

 

 過去の先生はそう言ってすでに座っていた医者を指さした。

 ニヤリとした笑顔はどうも悪いことでもしているようだ。


 「な、何を言っているんだい?このお医者様は有名な……。」

 「言い方が悪かったですね。この方はこの病気の専門ではありません。こちらが専門です。」

 「え?あ、そ、そうです!」


 王子は急に集まったその視線に戸惑いながらも胸を張った。

 すると、大きな男たちが部屋の中へと入ってきて連れていく。

 もちろん、もう座っていた医者を。


 「で?どうすればいいんだい?」

 「この薬を一年間飲ませます。」

 「一年間もかい?」

 「はい。」


 王子は先生に指示してもらいながらしっかり薬の説明をした。

 どうやって飲むか。

 それらもばっちりだ。

 それを魔女は後ろから見守った。

 何もできることはなかったからだ。


 「毎日薬を飲んでいるか見に来ます。」

 「わかりました。」


 王子の説明を半信半疑で聞いていたお母様と呼ばれた女は説明が進むにつれて王子を受け入れ始めた。

 それくらい、しっかりとした説明だったのだ。

 もちろん、先生の説明が。


 「ちょっと、いいかい?」

 「はい。ちょっと外に行ってきます。」

 「え?ちょ……。」

 「行ってらっしゃい。お医者様にはお茶でもお出ししましょう。こちらへどうぞ。」

 「あ、は……はい。」


 過去の先生を先生が呼び出す。

王子は先生がいなくなったことでとても焦ったが、お茶を出されると聞いてついて行くことができなくなった。

 魔女もそんな王子が心配なので王子について行く。


 「まさか、同じ顔が出てくるとは思いませんでした。」

 「君ならわかっているとは思うが、私は未来の人間だ。」

 「そうみたいですね。どういうことかはわかりませんが。」

 

 過去の先生はわかっているとでも言いたげに先生を見た。

 先生のほうは笑顔のままその様子を見つめる。

 その笑顔の裏が過去の先生は手に取るようにわかってしまって仕方がない。


 「こんなことを言うのは何なんだが、一年以内に君には死んでほしい。」

 「……自分からそんなことを言われると何とも言えませんね。」

 「死んで、しっかり勉強してほしいんだ。妹が元気になる直前に。」

 「元気な妹は見れないのか。」

 「残念なことにな。」


 過去の先生は大粒の涙を流していた。

 しかし死ななければいけない気もしなくはなかった。

 そしてきっと、死ななければいけない理由があるのだと心から思った。

 だからこそ、大きくうなずいた。


 「……ありがとう。」

 「お互い様ですからね。」






















 

 先生たちが返ってきたとき、王子はおいしいお菓子を食べていた。

 魔女は嫌でもその二人のただならない様子に気が付いてしまう。


 「おかえりなさい。」

 「ただいま。どうですか?そのお菓子。」

 「とてもおいしいです。」 

 「ならよかった。」

 

 王子と過去の先生はそんな会話をする。

 王子は気が付いていないのだろう。

 この二人の様子に。


 「何の話をしてきたかは何となくわかるが、それでいいのか?」

 「僕はあなたに会えて幸せですから。」

 「な、何を言うんだ?そういうことは言ってないだろ?」

 「ハハ。いいんです。」

 「たくっ……。」


 魔女はそう言って先生から離れた。

 これ以上は危険な気がしてならない。

 この男、女たらしな気がする。

 これ以上は沼りたくないのだ。


 「お前、一人で帰れるか?」

 「まぁ、一応……。」

 「こいつを城まで送っていくから。ここでいなくなってもいいか?」

 「あ、そういうこと……。まぁ、先生のためなら仕方ねぇな。」

 「ありがとうございます。王子。」

 「まぁな。」


 二人がいなくなった後、王子は出されたお菓子をすべて食べてから宿屋に帰った。

 まだ、少女の状態が完治したわけでもないのに周りからはずっと頭を下げられた。

 いつもの恐れる目ではない。

 感謝の目だった。

 王子はそれを見て少しうれしくなった。



















 「真っ暗ですね。送っていきましょうか?」

 「私が今、あなたを送っているのだが?」

 「そうでしたね。」


 魔女はそう言いながらも先生の横をしっかり歩いた。

 斜め前でも斜め後ろでもない、真横を歩いた。

 それを見て先生はクスリと笑う。

 

 「なんだ?」

 「いえ……、月がきれいですね。」

 「……あぁ、死んでもいいな。」

 「そう返すのですね。」

 「悪いか?」

 「とんでもございません。」


 先生は大きな満月を見ながら笑った。

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