第3話:魔女の謎
私の人間時代は、人に囲まれていつも楽しかった。
優しい旦那に元気な子供。
私はとても幸運な女性だとずっと思っていたんだ。
でも、それは長くは続かなかった。
今から✕✕✕年前、子供が9歳のころだった。
ある日急に、異世界転生してしまったのだ。
目が覚めたらここにいた。
その前に何があったのかは全くわからない。
「お前は魔女の末裔だ。ここに住んで、この町の手伝いをしたまえ。」
「……なぜ……。」
「お前の大おばあさんもここの町で魔法を使っていた。」
「……大おばあさんってそんな話聞いたことがないわ。」
「その魔女が使っていた小屋がある。そこにたくさん本やらなんやらある。」
「ちょっと……話を……。」
「話すことなどない。」
私はそのままお城から追い出されてしまった。
そして案内された小屋はとても魔女が住んでいそうな雰囲気を醸し出していた。
不気味で、雑草なのか何なのかわからない見たことのない葉っぱでおおわれている。
私は仕方なしに本を開いた。
連れてきてくれた兵隊の人はすぐに帰ってしまい、一人で暇だったからだ。
その本には、魔女が転生した場合という項目があった。
「魔女として転生したものは、元居た世界の人たちの記憶から消える。」
私はそれを読んで絶望した。
帰って、また母親として……✕✕✕✕✕✕として生活したかった。
しかし、それはかなわない夢になってしまった。
「ここにいたらいろいろな魔法が使えるのね。えーっと、なになに?人間の世界に行く魔法。人間の世界。」
私はどうにしてその魔法を身に着けようとした。
よく説明も読まずに変な期待を込めて。
そこから私が二度目の絶望を感じるまで長くはなかった。
どれだけやっても思った地域へ行くことはできなかったのだ。
「うわぁっ!おい、これは何だ?」
「車だね。魔法で空を飛ぶ奴らにはわからんと思うが、遠くに行くための乗り物だよ。」
ブゥッと横を通った車にびくっとした王子はそのまま転んで倒れてしまった。
魔女はそれを見てとても楽しそうだった。
「不便なんだな。人間は。」
「お金の存在も知らなさそうだしな。お前は。」
「それくらいは先生が教えてくれてるから知ってる。残念だったな。」
王子は鼻高々に魔女を嘲笑った。
魔女はそれを見ても全く何も思わない。
なので愛想笑いだけして後は無視した。
王子が新しい場所に連れてこられて、数日が経った。
いや、ずっと同じ場所にいるわけではない。
何度も何度もワープして今ここにいるのだ。
変わったことと言えば、少し問題を起こすとすぐに魔女に報告してくるようになった。
魔女はそれくらいいいじゃないかと思いながらも、悪いことをしたらワープさせるという約束ではあるためワープさせるしかない。
王子からしたらもう、同じ場所にいる意味もなければいても楽しくないため、観光の一種だと思っているらしい。
「魔女、これ取ってきた。早く次行くぞ。」
「なんか前より性格が悪化している気がするのだが……?」
「悪いとわかってするのはよいことだと先生は言ってたぞ。」
「何言ってんだ、あいつは。」
「悪いことだとわからずにやるのが一番厄介らしいからな。」
王子はそう言って笑う。
後ろのほうからは数人のおじさんたちが追いかけてきているが、王子はこれくらいのことは慣れているため走って逃げている。
何度もお城の花瓶やつぼを割って追いかけられていた過去が今役に立っているのだ。
このくらい楽勝で逃げ切れる。
何なら魔女がワープさせる前に盗んできた唐揚げ棒を食べきらなければいけないし。
そんな考えを知らない魔女は、逃げながらも唐揚げ棒に食いついていてこいつは狂人だなと思う。
「次は何があるんだ?」
「さぁな。つーかもうそろそろ城に帰ったらどうだ?」
「帰る?俺はもう一度ミサに会いたいからな。会えるまでは帰らない。」
「それは初耳だな。」
魔女はあきれてしまった。
何千何百分の一ともいえる賭けにこいつは出ているのだ。
同じところに行けないことはないが、ワープ先は完全ランダム。
魔女からしたら無謀すぎるが、それを知らない王子からしたら頑張れば行けるだろうという考えらしい。
「帰ってこいとも言われてねぇだろ?」
「それはそうだな。」
「ミサは大丈夫かなぁ。」
「一度死んだら元には戻らねぇ。ミサはきっと取り調べ中だな。」
「じゃあ早くあの場所に戻らねぇと。」
王子はそう言って勢いよくドアを壊した。
古びた小屋が一軒、バキッという音を鳴らす。
周りにも人はいないため怒られることもないし、きっともう使われていない小屋だ。
しかし、物を壊すのも悪いことに入る。
王子はにやりと笑って魔女のいるほうに振り向く。
「よし、次行こうぜ。」
「……取り壊されずに残された小屋。ちびっ子が中で遊べば崩れてしまって死んでいた可能性……。」
「何言ってんだ?」
「よし。これは良いこととみなそう。人助けご苦労様。」
「は?」
「さっさと街に出るぞ。」
「クソが。」
王子はそう言いながら山を下りた。
すると、とても賑やかな商店街が見えてきて、王子は目を輝かせた。
キラキラしていて、とても楽しそうに人々は踊っている。
「うわぁ!なんだ?これ。」
「ちょっ、走るな!」
「ひゃっ!」
王子は目を丸くした。
そこに立っていたのは。
「魔女が……二人?」
魔女そっくりの人物だった。
その女性を見て魔女も固まっている。
逆に、魔女と呼ばれた女性は少し怪訝そうだ。
「魔女って私のことかい?ひどいボーヤだねぇ。」
「お母さん!」
「おかあさん?」
王子は後ろに立っている魔女とその女性を見比べる。
全く同じ。
何も変わらない。
双子どころか同一人物だと言われても違和感はない。
そしてその魔女そっくりの女性の横には小さな女の子が駆け寄ってきている。
女の子はにっこりと笑って王子を見ている。
「誰?この子。」
「ちょっと旅をしていて……。」
「へぇ、旅人さんなの?」
女の子はキャッキャとはしゃいでいる。
王子はどうすればいいかわからずに魔女に助けを求めるが魔女は使い物にならなかった。
ボーっとしているだけだ。
「あ母さん、この人にもケーキ出してあげよう。」
「そうだね。とりあえず、家来るかい?」
「え?」
「ケーキ焼いてるの!」
「けーき?」
「今日はパーティーだからね。」
「あ、……い、行きます!」
王子はその女性について行くことにした。
魔女を見ても何も言わずに立ちすくんでいるだけなので、とりあえず何かあることしかわからなかったのだ。
「魔女、どういうことだ?」
「……奇跡だな。」
「は?」
「私が異世界転生する前の姿だ。この一か月後に私は異世界転生する。」
「前にあったことがあったのか?」
「バカ、よく考えろ。お前がここを離れれば、お前がいたことは記憶から消される。だからお前を私が覚えているわけがないんだ。」
コソコソと話す王子に魔女はピシッと言った。
目の前では子供と一緒にケーキを焼いている魔女がいる。
ケーキとはいえ貧相なものだ。
フルーツもクリームも乗っていない。
王子はそれを見ながら甘いパンだなと思った。
「……楽しそうだな。」
「……お前に頼みがある。」
「は?」
「ここに一か月間いてくれ。」
「どういうことだ?」
「私がどうにかして私の異世界転生を止める。」
「何言ってんだ?」
「そしたらお前はここに来ることもなくなる。私は家族と暮らせる。いいだろ?」
王子はまじめに言う魔女を見て何とも言えなくなった。
いや、そうだ。
確かにいい考えだ。
前の王子ならすぐに承諾していただろう。
しかし、そうなるともうミサには会えない。
いや、もともと出会わなかったことになるかもしれない。
王子はとても考えた。
今まで使わなかった脳みそをフル回転させた。
「頼む。お前が何もしなければいいんだ。」
魔女はその間もずっと王子に頭を下げ続けた。
魔女にとっては本当に奇跡なのだ。
何度やってもここに来ることだけはできなかった。
それが今、まさかの形で昔の自分と対面している。
真剣に頼むのもわかる。
「わかった。一か月だけだな。」
「感謝する。」
魔女はそう言ってもう一度頭を下げた。
王子だってやっていいことと悪いことの区別くらいできるようになってきている。
一か月間同じ場所にとどまることくらい可能だ。
王子はとりあえずケーキを食べた後、宿屋を探した。
魔女が二人いるとどうしても落ち着かなかったのだ。
何というか、いつも以上に監視されている気がしてならなかった。
そして、王子自身とても混乱してしまいそうだったのだ。
なので、ケーキを食べながらそれとなく、旅をしていることと一か月くらい泊まれる後払いの宿屋がないか聞いた。
女性は答えなかったが、子供のほうは王子の問いに元気よく答えてくれた。
なので、王子はその子供が言っていた宿屋へと行くことにした。
「魔女の過去の名前ってなんていうんだ?」
「……もう忘れちまったな。」
「ここはそんな昔なのか。」
「お前からしたら見たことないもんばっかりだろ?」
「いや、歴史書で見たことはあるけど。」
「歴史書かぁ。」
「こんにちはぁ!」
宿屋に着いてそんな話をしていると、魔女の子供が部屋の戸をたたいた。
王子はそうっと戸をあけて笑ってあげると、子供は嬉しそうに中へと入った。
「泊まれてよかったね。安心した。」
「そりゃどうも。で?どうした?」
「お母さんがね、これを持って行ってあげなさいって。」
「なんだ?これ。」
「おいしいよ。お母さんの得意料理。」
子供は大きなお皿に乗ったおいしそうなパンを机の上に置く。
何も乗っていなくて味がしなさそうだが、王子はそれを見て嫌な感じはしなかった。
焼きたてらしいおいしそうなそれは、わざわざ王子のために焼いてくれたとすぐにわかる。
「お母さんの名前はなんていうんだ?」
「ん-?お母さんはね。えーっと。」
「あ、分からないなら別にいいが。」
「うーん、覚えてないなぁ。なんだっけ?」
魔女はそれを見て少し寂しくなる。
自分でも自分の名前が分からなくない。
子供にもわからないと言われる。
忘れられるのは寂しいことだ。
「あ、もう帰んないと。」
「え?」
「お家のことしないといけないの。お母さんは仕事だから。」
「そ、そうか。気をつけてな。」
「うん。バイバイ!」
「魔女。お前って何の仕事してたんだ?」
「覚えてると思うかい?」
「そうか。」
王子はそれから何事もなく一か月間を過ごした。
魔女の子供のお手伝いをしたりはしていたが、基本的には何もすることなく過ごしていたのだ。
過去の魔女が作ったパンは一週間かけてゆっくり食べて、なくなってお皿を返しに行くとまた焼いたものを魔女の子供が持ってきてくれた。
ここはとても食べ物にそうとう困っているようだった。
裕福な暮らしをしている人はほとんど見かけない。
痩せてボロボロな服で毎日数時間、踊る生活をしているらしい。
王子は何度もその踊りを見たがとてもきれいで美しかった。
そして、不思議とその間若い男性を見ることもなかった。
おじいさんや小さい男の子には数人会ったりしていたが、そのほかは会うことがなかった。
まぁ、働いているからだろうと勝手に王子は決めつけていた。
「魔女、明日明後日にはもう次に行くぞ。金も払えねぇし。」
「あぁ、分かってる。……思い出せないんだ。何で自分が異世界に飛ばされたのか。」
「なんでって……。」
「キーがあるはずなんだ。何か。」
「事故で転生するのはよくある話だと思うが。」
「事故にあったのか?私が?」
「それを思い出さないと何とも言えないだろ?」
王子は心配だった。
もし、魔女が異世界に来なかったらこの記憶もなくなるだろう。
魔女に会う記憶もすべてだ。
この逆異世界転生をすることなく、いつも通りの暮らしをする。
ミサとも会わずに。
それが自分にとって幸せなのかどうかは全くわからない。
もともと合わなければ別にミサを好きになることもなかっただろう。
逆異世界転生をする前に戻ったとしてもそれなりに幸せな人生は送れていた自信がある。
そんなことを考えながら空を見ると妙に飛行機が多く飛んでいることに気が付いた。
「魔女、あれは何だ?」
「ん……?……っ!」
魔女はそれを見て思い出した。
そうだ。
ここは今……。
「ちょっ……魔女!どこ行くんだ?おいて行くな。」
王子が外に出て見たその状況は昔先生と読んだ本のままだった。
大きな音がして人々は逃げ惑う。
家が燃え、人々は防空壕らしき場所に逃げ込む。
逃げ遅れた人々ももちろんいる。
いつも皆が楽しそうに踊っていた美しい光景はまるで地獄だ。
もう、楽しそうに踊る者はいない。
いや、踊る場所すらない。
足の踏み場すらも不安定だ。
王子はそれを見てピンっと来た。
(そういうことか……。)
魔女は本能的に守ろうとしていたのだ。
子供たちを。
いつまでも。
守りたかったのだ。
「魔女……俺は今から盗みを働く。そこに入れそうな家があった。」
「……。」
「死んだ人間は元には戻らねぇんだろ?」
「……こんなもん、止めれるわけねぇな。」
「魔女……。」
「私はこんなのに希望を持って……。」
「魔女、しっかり見とけ。そして、ワープしてくれ。」
王子がそう言うと、魔女は王子をにらんだ。
上から雨のように降る爆弾。
それらは美しかった街を端からは端まで焼き散らした。
こんな風になることを誰が予想していただろう。
いや、予想していたらここまでの被害は出なかったのかもしれない。
王子はいろいろなことを考えながら布切れを近くの家から盗った。
もうそれくらいしか残っていなかったのだ。
それくらいしか、取れるものがなかった。
「……。」
「……助かった。」
王子は久しぶりにひやりとした気がした。
魔女は何も言わずに笑っている。
涙を流しながら笑っているその姿は何とも言えない。
それもそうだ。
その感情であっているのだ。
自分と子供の死に際。
あの姿はとても無残なものだった。
「……どうすればよかったんだろうな。」
「戦争は仕方がないことだと先生が言ってたぞ。どうしようもないんだ。」
「あいつは、何なんだよ。」
「俺も、先生については知らないけど……あの人は物知りだ。」
「……もう、殺してくれ。」
「それはできない。俺はミサに会うんだ。」
「同じ場所に行くには相当運がよくないと無理だ。だから奇跡だと言ったんだ。」
「俺は運がいいからな。」
「っ……バカなのか……。」
魔女はあきれてしまった。
もう、城に返そうかと思うくらいに。
しかし、王子はそんなことは露知らず、明るく笑っている。
「さっきみたいな場所にワープすることもあるんだぞ。」
「それは困るなぁ。」
「真面目にし……ろ。」
「なぁ、魔女。お前のパン、また食べたい。めっちゃうまかった。」
魔女が怒ろうとした時、王子はにっこりと笑って言った。
その笑顔に魔女はあっけに取られてしまう。
「味しなかっただろ?」
「まぁ、そうだけど。うまかった。」
「どういうことだよ。」
「愛情みたいなのが詰まってる気がしたんだ。ほら、シェフたちが作るものって仕事って感じでまずかったし。おいしいけどまずいって変か。」
王子はルンルンで歩いて行く。
魔女もそれを聞いて少しわかる気がした。
何度か城のシェフたちの料理を食べてみたが何か足りないとは感じたことがある。
「愛情か……。」
魔女は少しうれしくなった。
そんな風に言われたのは初めてだった。
王子が、自分の子供に見えたのは言うまでもない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます