Christmas Tears (2)
「ん?」
遊佐くんからの連絡の LINE が来たのは、遊佐くんの部屋の鍵を開けて、荷物を置いたあと、すぐ。
「嘘……今日中には、帰れないかも?」
携帯の画面を見て、放心状態におちいる。ずっとずっと、楽しみにしてたのに。誕生日だって、会えなくなっちゃったのを我慢して……と、そのとき、まだ手にしていた携帯が鳴り出す。
「ゆ、ゆ、遊佐くん!」
相手の確認もしないで、通話ボタンを押したら。
『ゆゆゆさくん?』
「…………!」
この声は、響くん。
『璃子、例の
「えっ?」
いったい、何の話かと思ったら。
「や、まだ探せてない」
ずいぶん前に、響くんに言ったことあったっけ。どうも存在するらしいんだけど、なかなか見つからないって。
『あったよ。中古で』
「ええっ?」
思わず、大きな声を上げてしまう。
『今、新宿のユニオンの中古センター。来る?』
「行く……! 這ってでも」
通話しながら、途中で買ってきた肉と野菜を、冷蔵庫に入れる。
『どうせ、類の部屋でしょ? 20分以内ね』
「えっとね、25分! すぐに行くから、棚に戻さないで、持っててね」
どうせ、遊佐くんは帰ってこないんだもん。クリスマスに、一人で部屋にいるのも寂しいし。一瞬、響くんに会うくらい、何の問題もないよね。なんとなく、心の中で言い訳しながら、わたしは駅の方へ向かった。
「はい」
響くんは、すでに袋を持って、店の前に立っていた。
「うわあ。ありがとう」
ユニオンの袋を受け取って、中身を即確認する。かれこれ、三年くらい探し続けていた、欲しかったライブ盤。GANGWAY は初期はネオアコ、後期はエレポップっぽいデンマークのバンドなんだけど、声の感じが遊佐くんに似てるんだよね。
「すごい。本物だ。あ、いくらだった?」
「いいよ」
「えっ? でも」
「いい。クリスマス・プレゼント」
「本当? うれしい!」
眼鏡をかけた響くん、ひさびさに見るせいか、いつも以上に格好よく見えたりして………でも、あれ? そういえば。
「どうして、響くんが、ここにいるの?」
こっちに向かっている沙羅ちゃんを待ってるという響くんと店に入って、ふと気づいた。
「なんで? 何か、おかしい?」
「だって、今日は、雑誌のインタビューがあるって」
たしかに、遊佐くん、そう言ってたもん。
「ああ。とっくに終わったよ、そんなの」
「え……?」
さらりと言った響くんの言葉に、わたしは固まる。
「そういえば、今日来た、雑誌の編集の女」
「な、何?」
嫌な予感が頭の中をかすめる。
「すごい、類の好きそうな感じの女だった」
「ゆ、遊佐くんが、好きそうなのって?」
わたし、そんなの知らないよ?
「ギョロ目で、あごが尖がってて、唇が薄くて、やせてるのに胸だけ大きくて、全体的に色素が薄い感じ」
「それって……全部、わたしと反対じゃん」
言うなれば、亜莉ちゃんと菜乃子ちゃんを混ぜた感じ?
「言われてみると、そうかもね」
涼しい顔で、響くんが紅茶に口をつける。
「そうかもね、じゃないよ。そんな女の人が来たの?」
「うん。見るからに、類ねらいで」
「ひぃ!」
心臓が痛くなってきた。どうしよう? まさか、今……。
「なんか、帰り際、二人で消えてった気がする」
「…………」
クリスマスなのに。遊佐くんは、一緒に過ごす相手に、わたしよりも、初対面の遊佐くん好みの女の人を選んだんだ。と、そのとき。
「響」
気がついたら、上から沙羅ちゃんの声。
「また、いじめてるの? 璃子さんのこと」
「あ。やっと来た」
響くんが顔を上げる。
「璃子さん、大丈夫ですよ?」
たしなめるように響くんを見てから、沙羅ちゃんも隣に座った。
「他の人は、スタジオでミックス作業のやり直しをしてるだけなんで。響は意見が合わなくて、勝手に帰ってきちゃっただけだから」
「言わなくていいのに」
つならなそうな顔をする、響くん。
「ほらね、やっぱり。絶対、そんなわけないと思ったんだよ」
なんて。内心、ほっとしたんだけどね。でも、それにしても。
「沙羅ちゃんって、ひとつ下だっけ?」
「それが、何?」
何か文句でもあるのかと言いたげな、響くんの目。
「大人っぽいよね、沙羅ちゃん」
わたしと違って、余裕があるというか。
「響が子どもっぽいだけですよ。とくに、璃子さんといると、しょうもない小学生みたい」
ふふっと笑う、沙羅ちゃんに。
「出よう。璃子なんて、どうでもいいから」
響くんが嫌そうに顔をしかめて、席を立つと。
「ね?」
笑って、沙羅ちゃんがわたしに目配せする。なんだか、格好いい。
「や、わたしの口からは、響くんが子どもっぽいとは……あ。加瀬くん、元気かな」
店の外に出てから、沙羅ちゃんに聞いてみる。
「菜乃子さんと、昨日から神戸に行ってます」
「わあ。いいなあ」
二人で、ゆっくり旅行なんて。
「璃子だけだよ。今日みたいな日に、一人でいるの」
「そんなことないもん。きっと、もうすぐ帰ってきてくれるもん」
響くんの意地悪に反論しながら、ほんのちょっとだけ……じゃなくって、かなり心配になってきた。
「ごめんなさい。響、璃子さんのことが好きで好きで、しかたがないんです」
「ええっ? ま、まさか」
「やめろよ。この女、そういうの本気にするから」
本気で迷惑そうな響くん。
「行こう、沙羅」
「うん。じゃあ、失礼します」
「えっ? あ、うん……! またね、沙羅ちゃん。響くんも、ありがとう」
これじゃあ、どっちが年上なのか、わからない。手を振って、二人の姿が見えなくなるまで、なんとなく、その場に立っていた。憎まれ口を叩くわりに、けっこう優しいんところもあるんだけどね、響くん。
…………。
沙羅ちゃんは響くんのこと、『響』って、名前で呼ぶよね。遊佐くんだったら、類……とか?
「や、類って、類なんて、そんなの!」
考えてたら、知らないうちに声に出ちゃってた。
「あ、えっと……」
人目を避けるようにして、わたしは遊佐くんの部屋へ急いだ。
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