ユメノナカデモ
こんな感じ、かな? パレットの説明書の通りに色を載せたから、これでいいはずなんだけど。でも、心配だから、二歳下の妹の
「ねえねえ、嘉子。ちょっと、見てもらっていい? わたしの顔、おかしくないよね?」
気がつけば、もう三月の中旬。ということは、休みが開けたら、受験生なんだよね。今日は、いつまで遊んでくれるかもわからない響くんが、目新しい場所に誘ってくれたんだもん。張りきって、メイク用品なんかを買ってみたんだけど……。
「変。やばい人だよ、それじゃあ」
「ええっ? もうすぐ、家出なきゃいけないんだよ」
わたしとはちょっと系統が違って、はっきりしてるタイプの嘉子。どうしよう? 響くん、約束の時間には、絶対に遅れないのに。
「また、ヒビキくん?」
「そう」
泣きそうになりながら、化粧水を含ませたコットンで、メイクを落とす。
「やだやだ。どうせ、お姉ちゃんと同じ人種の陰キャなオタ男でしょ? じゃなかったら、こんな頻繁に、お姉ちゃんと二人で出かけようと思わないよね」
「や、たしかに、響くんはオタクだし、陰キャと言えないこともないかもしれないけど。でも、格好いいと思うよ? 一般的にも」
この前だって、他校の女の子から、チョコをもらったくらいだもん。
「じゃあ、連れてきてよ。会わせて」
明らかに信用していない、嘉子。
「だ、だって」
響くんは、彼氏じゃないんだもん。家に呼んだりとか、呼ばれたりとかは、変だから。
「とにかく、行ってくるね」
疑り深い嘉子の視線を背に、わたしは急いで家を飛び出した。わたしは、響くんとの関係を大事にしたいの。調子に乗って、距離を置かれちゃうのがいちばん怖い。
「何? その顔」
わたしの顔を見るなり、響くんが放った一言。
「あ。まだ、落ちてなかった? メイクをしてみようと思ったんだけどね、難しくて。もっと研究しないと、だめそうだよね」
本当は、変身して、見直してもらいたかったんだけどなあ。
「そういう問題じゃないよ」
「どうせ、変な顔だもん」
恥ずかしくなって、顔をしかめる響くんから、目をそらす。だって、しょうがないじゃない。美緒ちゃんとか亜莉ちゃんとは、生まれ持ってきたものが違うんだもん。
「そうじゃなくて」
今度は、あきれた表情で、ため息をつかれた。
「そうじゃなくて、何?」
わたしだって、少しくらい、普通の女の子みたいに可愛くなりたいのに。なんだか、泣きそうになるのをこらえて、響くんの言葉を待つと。
「璃子は、そのままでいいのに。何度か、言ってるよね? 俺は璃子が好きだって」
ふざけた調子でもなく、さらりとそんなことを口にした、響くん。
「え……?」
「それは、見た目も含めた話だよ」
「や、ちょっと、響くん……!」
一瞬、ドキッとしちゃったよ。
「わたし、冗談と本気の区別がつかないんだよ。だから、そういう冗談は、やめてほしい」
「べつに、冗談じゃないんだけどね。冗談に聞こえなくなったら、教えて。で、今日、つき合ってもらいたいのは、こっち」
気にも留めてないように、響くんが歩き出す。
「あ、待って」
あわてて、響くんを追いかける。目的地は、いろいろなメディア・アートが展示してある、ICCという施設。音楽や本以外でも、響くんの好きなものを知れるのは興味深いし、うれしい。ふとした瞬間に見せる、好奇心に満ちた響くんの子供っぽい表情を見るのも、好きだったりする。
「この部屋、真っ暗だね」
「本当だ。何も見えない」
常設展を見終えたあと、ぴったりと閉じた暗幕を抜けると、それほど広くない部屋の中の闇に包まれる。
「あ、あれ」
左右を見回してみようとしたら、突然小さな光が視界に入った。何かと思ったら、走り出した鉄道模型の先頭に点灯している、小さなLED照明。
進んでいく線路のルートにしたがって、周りに配置された様々な日用品や模型の影が部屋の壁や天井を移動していき、車窓から見える風景のように、ほの暗い室内の中で放射状に伸びる影に包囲される。
「綺麗……」
「うん」
床に座り込んだ響くんの横に、わたしも腰を下ろす。
「何ていう作品?」
「クワクボリョウタの『十番目の感傷』だって」
「何時間でも、見ていられちゃいそうだね」
作品だけじゃなくて、光と影に揺らめく響くんの横顔も綺麗だと思う。そして、幸せを感じちゃう。なんだか、温かい空気で、ぼんやりしてくる。
「璃子?」
「ん……」
ふわふわした感覚の中で、響くんの声を聞いた気がする。力が入らなくて、体ごと頭を横に倒したら、そのまま、細くて大きな手で、ふわりと頭を肩に固定された。これは、夢……?
夢の中なら、響くんに素直な気持ちを伝えられるかもしれない。
響くん、わたしね。最近、響くんと過ごす時間が、すごく大事に思えるの。わたしは、響くんが ————— そう、声に出そうとした、そのときだったの。
『どうして……?』
わたしの目の前に、遊佐くんがいた。どうして、こんなところに、遊佐くんがいるの?
『よかったじゃん』
記憶の奥の方に残ってる、少し意地悪な笑顔で、遊佐くんが冷やかすように、わたしを見る。
『遊佐くんには、関係ないもん』
わたしもムキになって、突き放したら。
『…………』
なんだか、遊佐くんが、見たこともないくらい、寂しそうな顔をしたの。でも、すぐに元の調子に戻って。
『それもそうだな』
そう言い残して、わたしに背を向けたんだけど……さっきの表情は、何?
『待って、遊佐くん』
わたしの声は聞こえなかったみたいに、遊佐くんは遠ざかっていってしまう。聞こえてないはず、ないのに。
『お願い。待ってってば』
あんな遊佐くんを見ちゃったら、放ってなんかおけないよ。
「遊佐くん……!」
と、そこで。
「…………」
「あ……ご、ごめん」
わたしは、響くんの肩を借りて、眠っちゃっていたことに気がついた。
「夢でも見てた? いい夢? 悪い夢?」
「えっ?」
何か、声に出してしまったような気がするけど、見ていた夢の記憶が、全部飛んでる。
「ごめんね、響くん。気持ちよくて、つい。でも、どんな夢だったかは、全然思い出せなくて」
そうだ。昨日の夜は、今日が楽しみすぎて、あまりよく眠れなかったし……。
「響くん?」
反応のない、響くんの方を向いてみる。ちょうど真っ暗なタイミングで、顔はよく見えない。
「璃子の頭、重かった」
「あ……! ごめんね、本当に」
次の瞬間には、いつもの響くんだったから、わずかに残ってる響くんの肩の感触にドキドキしながら、それを悟られないように、いつもみたいに笑った。
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