最強滅魔公子の復活無双~禁忌の金属魔法で没落した家門を立て直しすべてを取り戻す~

鴉ノ龍

第1話 皇太子と愚兄

 帝国北部にある氷山。

 そこで俺は自身の無力さを感じながら最愛の婚約者と別れの言葉を交わしていた。



「本当にすまない……俺にヤツを払いのける力がないせいで、フィオナに大きな犠牲を強いることになってしまった」


「エル、そんな顔をしないでよね。この決断は私が決めたことで望んだことよ。どんな結果になったとしても後悔はないわ。それに約束してくれたでしょ? エルが強くなって、私を迎えに来てくれるって」


「約束したさ、俺の全てに掛けて誓う、と。今でもその気持ちは揺るがない。どんな代償を払ってでも力を手に入れてみせる。そして必ずこの地へと戻って来るよ」



 俺の名はルシフェル・クロムウェル。

 シュトラール帝国にあるクロムウェル公爵家で未息子として生を受け、何不自由ない恵まれた人生を送っていた。


 しかし、半年前。


 そんな俺の人生を邪魔する者が現れた。

 シュトラール帝国の四大公爵家で生まれた俺をも越える地位を持つ男。


 ライアン・シュトラーだ。


 この男は皇帝陛下の子であり、皇族の中で次期皇帝候補に与えられる皇太子という地位を有している。そのうえ帝国民の間では悪い噂もなく、文武両道の優秀な皇太子だと民意までも得ている。


 一見、非の打ちどころがないように思える皇太子には、貴族間だけに広がる。


 悪い噂があった。


 その真相を俺自身が最悪な形で知ることになったのが、八月に帝都で開催されたパーティーへと参加した時のこと。


 入学祝い。


 九月から帝国学園へと入学が決まっている貴族の子息や令嬢たちが集まり、貴族間での親睦をより一層深める為に開かれる。


 慣行行事だ。


 そこで皇太子と出会い、俺の充実していた人生は大きく変わってしまった。






「正直、驚いたよ。カルロスから弟の婚約者が美しいとは聞いていたが……まさか、この私が見惚れるほどの御令嬢だったとは夢にも思わなかった」


「……」


 二番目の兄、カルロスは皇太子と同じ年という事もあって以前から交流があった。


 そんなカルロスが今回の祝辞は良い機会だと言い、俺に皇太子殿下を紹介したいから、とパーティーへの参加を促してきた。


 二年後には俺も帝国学園へと入学することもあって、皇太子や未来の先輩たちに繋がりができると快く参加を決めた。


 そして、当日に兄カルロスから皇太子を紹介される運びとなった。そこには、俺の付き添いで来ていた婚約者のフィオナもいた。


 四人で一通りの会話を終えると、皇太子から二人で話がしたいと言われ、兄と婚約者は席を外すことになった。


 すると、皇太子の雰囲気が一変した。


 皇太子は遠目に俺の婚約者を品定めしながら、いやらしい声と共に己の感想をこぼし始めた。その不愉快な声を聞いた俺は、人生で初めて危機感を覚えた。



「雪景色のように美しく白い肌、空色をした髪と瞳。彼女の姿からは北部に広がる神秘的で幻想的な氷の世界が思い浮かぶよ。お前も常日頃からそう思っているのだろう?」


「えぇ、私には勿体ないほどに」


 婚約者が褒められた。

 本来なら誇らしくて喜ばしい事だ。

 けど、相手があの皇太子となれば身構えずにはいられない。

 まさか、そんなはずは……と。


「あぁ、実に勿体ないことにな。この誤った状況を帝国の皇太子としては看過できん。だから、この私が正しい形へと直してやろうではないか」


「ッ!?」

 

 皇太子の言葉を聞いた俺は、あの噂通りの展開へとなったことに驚愕を隠せない。


「皇太子、ライアン・シュトラーが命じる。ルシフェル・クロムウェルよ、フィオナ・ノルフェーンとの婚約を破棄せよ」



 突拍子もない発言に俺が面食らう中、皇族に伝わる黄金色の髪を持つ青年はさも当然の事を言ったまで、と。自信に溢れた表情をしながら赤い瞳をこちらへと向けてくる。


 そういった皇太子の立ち振る舞いを見る限りでは、俺が要求を拒むなど微塵も思っていない様子だ。


 その姿から帝国の皇太子として歩んできた彼の十五年間が、誰にも否定させることなく順風満帆に進んできたのだと伺える。



 まさか、俺がこんな形で貴族間に広まっているあの噂を知ることになるとは……。


 皇太子の女癖。


 気に入った令嬢を見つけると相手の状況や立場など関係なく、己の衝動に従って欲してしまう。


 この噂は数年前から始まった。


 女性に目覚めた皇太子の遊び方が酷く、時には貴族の令嬢であってもその対象となっていた。


 噂程度には知っていた。


 だが、その対象に公爵家の婚約者までも含まれているとは、夢にも思わなかった。


 敵対。


 この二文字が頭に過る。

 しかし、相手は皇太子だ。

 どんなに理不尽な事であったとしても、俺の軽はずみな行動でクロムウェル家に傷をつける事はできない。

 だから、感情を殺して堪えた。


「そのような命を下されましても……この件は私の一存では決めかねます」


「安心しろ、カルロスを通して私の方で解決する。お前は何も考えずに受け入れればいい。すれば互いに利が得られ、帝国の更なる繁栄へと繋がることだろう」



 婚約破棄。

 俺がフィオナを手放せば、クロムウェル家が皇太子へと恩を売る事になる。

 この借りを皇太子が皇帝になった後に状況を見て返してもらえば、こちらは多大な利益が見込めるだろう。


 皇太子は望んだ女性が得られ、こちらは未来の皇帝から利益が得られる。一見、双方に利があるように思えるがそうではない。

 こちら側の被害が大きすぎる。

 それは――


 公爵家としての面子だ。


 シュトラール帝国の中央を支配しているのは皇族だが、他の東西南北にはそれぞれに別の君主たちが存在している。


 四大公爵家だ。


 クロムウェル公爵家は帝国の東部において絶大な影響力を有している。つまり、皇族の長が〝帝〟なら公爵家の当主は〝王〟にあたる立ち位置となる。


 実際問題として、シュトラール帝国は皇帝と四大公爵家の絶妙なバランスの元で成り立っている。

 だから、決して皇帝であったとしても公爵家を軽んじる事は許されない。


 だがしかし、目の前の男。

 皇太子ライアンはそれを無視した。


 もしも、この時。

 俺に公爵家の全権があれば、皇太子の発言を正面から避難することもできた。

 だけど、俺にはその発言権はなかった。


 そんな俺に唯一できた抵抗は、当主の父に聞かないと判断ができない、と。

 その場をやり過ごす事だけだった。


 ライアン・シュトラー。


 この男に味あわされた屈辱は、俺の中で怒りを生む以上に後悔の念を抱かせた。


 無難に生きてきた過去の自分。


 今までの人生は恵まれた現状に満足していたこともあって、必要以上に努力をすることはなかった。


 優秀な長男が次期当主になればいい。


 そう思って生きてきた俺は、クロムウェル公爵家の子息として恥ずかしくない。という最低限のレベルを身に付けるだけで、それ以上の努力を重ねる事はなかった。


 その結果。


 俺は最愛の婚約者を失うかもしれないという危機感を抱かされ、皇太子に人生で初めて屈辱を味あわされる事になった。



 そんな事を思いながら皇太子の元を離れ、俺は兄カルロスの方へと視線を向ける。


「フッ、あの穀潰しと大差ないな」


 俺の視線の先には、満面の笑みを浮かべたカルロスの姿があった。こちらの視線に気づくと、兄は声を発さずにゆっくりと口を動かし始めた。


『ざぁ・ま・あ・み・ろ』


「……」


 クロムウェル公爵家の穀潰し。

 次男、カルロスは最低限の努力すらせずに領内で遊び呆けている。そういった背景から長兄には見放され、末っ子の俺にすら見下されている。


 そんなカルロスにも長所がある。


 それは整った容姿と飲み屋で身に付けた高い社交性だ。カルロスは自身の長所をずる賢く活かしながら、貴族間での人脈を着々と広げている。


 その甲斐あって、今年で成人を迎えたカルロスは未だに家門を追い出されずにいた。



「あんなのを見て、優越感に浸っていた自分が恥ずかしいな。ロルフ兄さんの背中を追いかけるべきだった」



 俺は年が近い事もあって、自堕落なカルロスと自身を比較することで安堵していた。


 あれに比べれば自分はマシだと。


 そんな過去の自分が恥ずかしく、あの穀潰しと大差ない存在なのだと自覚する。


 だから、穀潰しなんかの口車に乗せられて罠にかかったんだ、と。俺はそんな事を思いながら、こちらの反応を楽しそうに伺う愚兄から目を離した。


「今は愚兄に構っている余裕はない」


 いずれは何らかの形でカルロスにやり返すが、今はその時ではない。そう、割り切って愚兄の存在を忘れ去る。


 こうして、俺の苦難が始まるのだった。

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