一週間でパケ死するスマホ
やっぱり大学は広いな。それに高い建物も多くて高校と全然雰囲気が違う。
そして、俺はなぜか
「ねえ、
「俺は弁当だから、適当に外で食べる」
「じゃあ、あたし、サンドイッチ買ってくる。一緒に食べよ」
「え? あ、ああ」
俺は
「
「うん、私、近くに下宿しているから、入学式前にも来ていたの」
「そうか」
「自分で作っているの?」
「そう」
「すごいね」
「いや、金ないから節約で」
「でも、色々なおかずが入っている」
「ほとんど作り置き。それに白飯と梅干」
俺たちはそれぞれの飯を食べ始めた。いや、
「どこに住んでいるの?」
「『阿井』っていう隣街。
「ということは電車?」
「ああ。電車で大きな駅、駅からは自転車」
「ええ? 結構、距離あるじゃん」
「まあ、どうってことない。渋滞していたら自転車の方が早いし」
「ふーん」
「じゃ、俺、ちょっと身体動かすから」
俺は、柔軟体操を始めた。
「どうして柔軟体操しているの?」
「筋肉はそこそこ気にしていれば衰えないけど、身体の柔らかさだけは、毎日やっておかないと維持できない」
「それって、空手のため?」
「まあ」
「ということは、空手道部に入部する可能性もあるってこと?」
「いや、それはない。ただ、
「そういえば、高塚さん、そう言っていたね。きっと、大会の時とか呼ばれるよ」
「俺もそう思う」
十五分ほどのストレッチを終わらせると、ベンチに置いてあったバッグを掴んだ。
「
「ジャズ研に行ってみる」
「
「いや、サックスを吹くのが好きなんだ。ジャズのことは全然わからない」
「変なの。じゃあ吹奏楽は?」
「譜面を読むのが苦手」
「あはは、そうなんだ。じゃあ、行こうか」
「一緒に来るのか?」
「うん、特に予定もないし」
そんな訳で、再び部活勧誘地帯に向かって歩き始めたわけだが、なんだか恥ずかしい。
「ねえ、
「ん?」
「
「あ、ああ。
「恋人みたいだね」
そうだ、なんだか恋人みたいだ。
それに一緒に話をしているだけで楽しい。
「そういえば、なんで前髪を伸ばしているんだ?」
「ああ、これ。空手で組手をする時に、視線を読まれないため」
「そっか。それもいいけど、それじゃ勝てないぞ」
「どういうこと?」
「相手を見ていたら勝てないってこと」
「全然わかりません!」
そうこう話しているうちに部活勧誘地帯に到着した。
空は相変わらずの晴天で、春の風が気持ちいい。ジャズ研は……あった。看板を持った女性の横にいる男性に声をかけることにした。
「あの、ジャズ研、見学させてもらいたいんですけど」
「大歓迎だよ。君は何か楽器をやっているのかな?」
「サックスです」
「吹奏楽?」
「いえ、中一の時にちょっとだけ吹奏楽部にいて、あとは独学です」
「好きなアーティストは?」
「ジャズはほとんど知らないんですが……ジャズならファトー・バルビエリとか」
あ、こいつ、ニヤって笑った。まあ、理由はわかる。ファトー・バルビエリが好きって言うだけで、二流プレイヤーの烙印を押される、
ラテン系が得意な演奏者だから。
「さあ、入って」
部室に入ると、エレピ、ドラム、ギターアンプ、マイクとか、一通りそろっている。
さすが大学、高校とは違うな。高校の時、軽音部があったけど、毎回、音楽室で楽器を出し入れしていたが、ここは常設だ。
「ファトー・バルビエリが好きということは、テナーサックス?」
「はい。レルマーのテナーと、あと、ラルカートのソプラノを持っています」
「両方ともBフラ楽器だね。黒本って知っている?」
「いえ」
先輩は黒い本を二冊、部室の棚から取り出し、俺に渡してくれた。古いが、結構、ずっしり来るしっかりとした本だ。
開いてみると、割と簡単そうな楽譜集のようだ。吹奏楽と全然違う。
「ジャズをやっている人は、だいたいこの本を持っていて、これをジャズ風に演奏、アドリブをやってまたテーマに戻って終わり、って感じの演奏をするんだよ」
「そうですか」
「で、数人でバンドを組んでもらって、練習日を決めてって感じかな」
「わかりました」
「良かったら、俺、アルトとテナー持っているから、吹いてみる?」
「いえ、人様の楽器は吹かない主義なので」
「そうか。じゃあ、ちょっと演奏だけでも聴いてくれよ」
「はい、よろこんで。
「うん」
ピアノ、ベース、ドラム、そしてここまで案内してくれた先輩はテナーサックス。知っていそうな曲を選んでくれたんだろう。
確か、ルティービー・ワンダーの曲だ。って、あれ、ジャズなのか?
テーマ演奏から始まり、サックスとピアノのアドリブ、そしてベースとドラムの掛け合い、再びテーマ演奏に戻って終了。
さっき、先輩が言っていた曲展開ってこういうことか。なるほど。さすが生演奏、自然と俺たちは拍手をした。
「実は男子部員が少なくてね。吹奏楽部出身の人って女の子が多いじゃん。そんな訳で、すごくウェルカムなんだ」
「確かにそうですね、吹奏楽部は女子生徒が多かったです」
「今、即決してくれたら、この黒本二冊、プレゼントするよ。これ、卒業生が残していってくれたものなんだ」
俺は、黒本をひっくり返して値段を確認した。う、た、高い。こ、これは魅力的だ。サックスはリードもメンテ代も高い。さらに黒本二冊買ったら七千円……。
さっきの演奏も心地よかったし、よし、ここは即決にしよう。
「じゃあ、即決で入部します」
「ありがとう、じゃあ、入部届、書いてくれるかな」
「はい、わかりました」
先輩は入部届用紙とペンを俺に渡すと、
「ところでそちらさんは? 楽器やる?」
「いえ、私は全然。それに、空手道部に決めているので」
「そう、じゃあ、もしかして彼女?」
「いえ、まだです。でも、明日には彼女になります」
「面白いこと言うね」
「いたってマジメです」
ちょっと、急すぎるぞ、
黒本を受け取り、俺たちは部室を出た。そして、再び中庭のベンチまで戻った。
「
「なーに?」
「お前、本当に俺の彼女になるのか?」
「うん、なるよ。ダメ?」
「俺、大した男じゃないぞ」
俺は基本、腹式呼吸だが、今は呼吸が乱れているのがわかる。
「私、中学の頃から、空手の大会で
「そうか」
「それに、高塚先輩、絶対に
「どうしてそんなことが?」
「さっき、『まだ』って強調したからよ。あれは絶対……」
足音が聞こえた。
「よくぞ見抜いたな」
「た、高塚先輩!」
「高塚さん、否定しないんですか?」
高塚さんは腕を組んだ。何か考えているようだ。
「私の性格だ。物事、白黒はっきりつける、自分のこともはっきりとさせる性分だ」
「
おい、ものかよ。まだ、返事してないぞ。
「わかっている。さっきから話を聞いていたが、私と
例えがよくわからなさすぎるし、さっきからって、いつから聞いていたんだよ。それに、俺が彼女持ちかどうかも聞かれていないぞ。
「それに君は空手道部に入部する。その時、モヤモヤしたり変に勘ぐったりするような状況は良くないだろう?」
「そ、それは確かに……」
さすがの
「というわけで、二人ともよろしくな」
高塚さんは、俺と
「ねえ、
「なに?」
「好きよ」
「あの、俺、恋とか、まだよくわからないから」
「じゃあ、私のこと、好き? 嫌い?」
だから、そんな目で俺を見ないでくれ。
「
「いや、それはまずいだろ」
ドキドキしていない。嘘だ。絶対、これ、誘導されているやつだ。俺には耐性がある。この程度のスキンシップで興奮状態は加速しない。
「
「もし、七人、特別に好きな女性を考えたら、その中に入る?」
なぜに七人?
「入る」
「どうして?」
「
「うん、じゃあ、付き合おうよ」
「でも、恋とかわからないぞ、俺」
「いいよ、お試し感覚で。私のこと、もっと好きになるよ」
「そうかもな」
確かにその通りだ。でも、お試し感覚で付き合ってもいいものなのか?
それより、付き合うって、どういうことをしたらいいんだろうか。デートとか、よくわからないし。
「ねえ
「ま、まあ、それなりに耐性はあるからな」
「そっか、なるほど。で、返事は?」
「俺、デートとかよくわからないけど、それでも良ければ」
「返事は?」
「付き合う」
「うん」
あまり優柔不断っぽくなかったかな。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ジャズ研に通うようになって二週間、先輩たちとバンドメンバーの相談を始めた。案の定、新入部員は吹奏楽部出身ばかりで、アドリブ演奏ができる部員は俺だけだった。
そんなこんなで一通りの話が終わった後、先輩に声をかけられた。ジャズ研を見学した時に案内してくれた先輩だ。
「
「ちょっと違いますか?」
「スイング感も、他の新入部員と比べればとてもいい。それだけに惜しい。もっとジャズを聴きこんでくれ。ゾウチューブで色々上がっているから」
「わかりました」
どうやら俺の演奏は、俺が考えているジャズとは若干違うらしい。
「ところで、日本人アーティストなら誰が好き?」
「尾和下直弘さんです。ライブを観に行ったこともあります」
先輩はスマホをいじり始めた。動画を探しているのだろう。そして額に手を当てた。
「全然、モダンじゃないな。ファトー・バルビエリといい、尾和下直弘といい、君はおもしろいな」
「ありがとうございます」
「まあ、みんなと演る時はほどほどモダンに、時々派手にはじけてくれよ」
「わかりました」
「でも、しっかり音源は聴いておいてくれな」
「はい」
困った。
案の定、夜、ゾウチューブで動画を再生していたら一週間でパケ死した。
大学にフリーWi-Fiはあるが、これでは平日、バイトができず、週末のバイトでシフトをたくさん入れるしかない。
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あとがき
数ある小説の中から読んで頂き、ありがとうございます。
「ラルカート」という楽器は(ちょっと名前はいじっていますが)、某大手楽器店にて販売されえるプライベートブランドの楽器です。
このサックスが値段の割になかなか良くて、金属の厚みもあり、結構、しっかり鳴ります。
ただし、中古で売る時には、とても安い値段になります。
おもしろいなって思っていただけたら、★で応援してくださると、転がって喜びます。
さらに、フォロー、ブックマークに加えていただけたら、スクワットして喜びます。
それではまた!
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