魔女の教室

烏目 ヒツキ

綺麗な先輩

ご主人様

 新たな学び舎生活が始まった。

 4月のまだ肌寒い季節に、ボクはパンツ一丁で誰もいない教室にいた。


「寒いの?」

「は、はい」

「そ。床はもっと冷たいでしょうから、四つん這いになりなさいな」


 温かい何かをくれるわけではなかった。

 突如として決まった、ボクのご主人様。


 どういう人かと言えば、全体的に冷たい感じの人だ。


 まず、顔立ちは、目と鼻の彫りがくっきりとしている。

 たぶん、ハーフだろう。


 雪のように真っ白な肌をしていて、特徴的なのは真っ赤なリップを塗った、肉厚の唇。

 まるで、血を塗ったみたいに不気味ではあったけど、色の濃いリップさえ似合ってしまうため、たまに見惚れてしまう。


 セミロングの髪は、後頭部で一つにまとめて結んでおり、三つ編みにしている。手入れが行き届いているのか、艶が際立っていた。


 こんな感じの外見的特徴を持つ、二年生の先輩。

 ボクが奉仕をすると決まってから、先輩は信じられない行動で、じわじわと追い詰めてくる。


 ボクが二の腕を擦っていると、先輩が冷たい眼差しで見下ろしてくる。


「どうしたの?」

「あ、いや、本当に寒くて……」

「ワタシもよ。早く座りたいわ」


 そう言いながら、先輩が膝を持ち上げた。

 ドン、と肩の辺りを踏まれ、ボクは冷たい床の上で仰向けになる。

 ひんやりとした冷気が背中に伝わり、心臓が飛び跳ねてしまった。


「つ、冷た……っ」

「動かないでね」


 先輩がお尻のラインに沿って、スカートを押さえた。


「う、ぐ……」

「ふう。温かい」


 そして、ボクのお腹の上に座り、スマホを弄り始めた。

 スカート越しに、微妙な体温が伝わってくるけど、寒い事に変わりはない。ボクは歯をカチカチとさせて、体が震えた。


「ポチくん」


 ボクの事だ。

 ボクの名前は、佐藤ケイタ。

 だけど、先輩は犬扱いしてくるので、犬の名前で呼んでくるのだ。


「息抜きって、とても大切だと思わない?」

「う、ぇ、はい」

「そうよね。勉強は大切だけど、それ以外のことも勉強しなくてはいけないの」


 何の話だろう。

 背中が冷たいのを我慢しながら、ボクは聞いていた。


「ワタシ、男の人って得意ではないけど。したいと思ってるの」


 言葉だけ聞けば、妖しい響きがある。

 でも、先輩の目は絶対零度だった。

 ジロっとした目でボクを見下ろし、しばらく沈黙が続く。


 外からは他の学生が部活に励む環境音が聞こえてきた。

 吹奏楽部の楽器の音。

 ソフトボール部の掛け声。


「ポチくんは、……ワタシの犬でしょ」

「……それは」

「違うの?」


 手を伸ばされ、長い指先がボクの首を掴んできた。

 言っている意味が分からない。

 というか、本気で言ってるのかが疑問で、ボクは言葉に詰まる。


「もう一度、……?」


 喉が鳴ってしまった。

 軽くトラウマになっているので、ボクは先輩に対する怖さから、口にしてしまう。


「犬、……です」

「良い子ね。じゃあ、早速だけど。今日の夜に散歩しましょう。犬は、散歩しないといけないから」

「散歩?」

「ええ。ポチくんの散歩」

「な、何で?」

「犬の勉強をすれば、男の人が分かるかな、って思ったの。名案でしょう」


 唇が笑みの形を作る時、微かに息が漏れた。

 先輩は笑い、こう言ってくるのだ。


「……遅れないでね」


 先輩。

 もとい、米良めらモリナは、周囲に冷たい印象を与える事から、【魔女】と呼ばれていた。


 ボクは、この魔女と一カ月の間、過ごすことになる。

 とてもではないけど、無事に済むとは思えなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る