game 77. CLASSMATE
ターゲット確認。二時の方向、距離約十フィート(適当)。
これより、作戦を開始する。
冬休みを越えて、どうやらクラスの勢力図には若干の変更があったらしい。
新たに出来たグループは、主要メンバーが元いた席を中心に固まって「一緒に仲良く授業受けようね」となるし、追放されたメンバーは、別のグループに吸収されるか、教室の反対側に座席を求める。
そうして各グループの構成人数とともにテリトリーの形状が変われば、まるでブロックパズルのように隙間に出来る空席の位置にも変化が生じる。
遅れてやってきた陰キャたちは、そんな隙間を埋めるしかない。
いや、先に教室に来ていたとしても、空気を読んでそっと移動せねばならないこともある。
そういうわけで、以前は悠馬と同じ通路を挟んで向かい二列前が定位置だったはずの眼鏡君が、今日はもう一つ向こうの通路側に押しやられていた。陽キャどもの見えない暴力、恐るべし。
おかげで任務遂行のハードルが少し上がった。
だが、問題ない。
ターゲットの名前は
あとは“その時”を待つだけだ。
そしてついに、チャイムが鳴った。先生が講義終了を告げる。
うわー、緊張してきた!
「おつかれー」
「部活行こうぜ」
「今日バイト?」
金曜日最後の講義。学生たちは先を競って出口へ向かう。教室内に人が減った頃、ようやく片付けを終えた村田寛人が立ち上がった。今だ! 悠馬は一気に距離を詰める。
「あの! 村田くん」
村田くんが振り向いた。
「……ってさ、将棋部だったっけ?」
「え、そう……だけど……」
思いっきり警戒されている。
だけど、ここで
悠馬は気を取り直して本題に入った。
「あのさ。将棋部か、それ以外でもいいんだけど……チェスのできる人、誰か知らないかな? 医学部には、たしかチェス部とかサークルって、無かったよね?」
「え、うん……」
大学の部活動は、他の学部も含めた大学全体――すなわち“全学”の部やサークルとは別に、医学部生だけが所属するサークルがある。例えば将棋なら、全学の将棋部と医学部将棋部が存在するのだ。どちらを選ぶかは自由だが、実際には医学部のほうを選ぶ学生が圧倒的に多いらしい。
医学部は六年制だし、カリキュラムがびっしり詰まっているしで、なかなか他の学部生たちと足並み揃えて……とはいかないのだ。
全学にしかないようなマイナーな部活は別として、どちらにも同じものがある場合、そのハンデを覚悟のうえで本気で取り組みたい人だけが全学のほうに入る。
テニス部なんかもそうだ。中学・高校から本気でテニスをやってきたごく一部のガチ勢は全学のテニス部に入るし、医学部のテニスサークルは、それなりに頑張っている人もいるがほとんどは遊び半分で、半ば飲み会サークルと化していると聞く。
医学部にはチェス部がないことを、悠馬はホームページで確認済みだ。それなら医学部でチェスをやりたい人はどうするだろうと考えて、将棋部に目をつけた。似て非なるものだが、全学のチェス部に入るより、医学部の将棋部に入ったほうがメリットは大きい。
あるいは、医学部将棋部と全学の将棋部に繋がりがあって、その筋からチェス部の人に辿り着けないかな……という淡い期待もあった。
「オレ、最近ちょっと、チェスを始めて。もしよかったら、誰か練習相手になってくれないかなって……まあ、相手になってもらうほど、まだ上手くできるわけじゃないんだけど」
少し弱みも見せておく。これで相手も“お願い”を聞き入れやすくなるはずだ。たぶん。
まあ、弱みというより、厳然たる事実なのだが。
「……あの」
しばし沈黙の後、村田くんはようやくそれだけ言った。けれど続きが出てこない。難しい顔で机を睨んでいる。ダメだったかな、と心の中で嘆息したとき、
「僕で、よかったら」
消え入りそうな声で村田くんが続けた。
「あ、いや、もしよかったら……なんだけど。僕もともと、チェスのほうをやっていたから」
「えっ、そうなの!?」
「うん……」
聞いてみるものだ。
「え、じゃあ、今度相手してもらってもいい? いつでも、ヒマなときでいいから。講義終わったあととか」
「うん、もちろん。次の月曜……は、休みか。じゃあ、火曜日はどう?」
「大丈夫! じゃあ、えっと……よろしく」
「うん」
なんだ、意外と簡単じゃないか。
あっさり事が運んで安心した悠馬は、それ以上何を話していいかわからず、早々にその場を離れることにした。
あれ、そういえば、時間も場所も決めていないぞ。
そう気付いたのは、外に出て自転車にまたがった後だった。
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