game 75. カイの潜入
医学総論の講義は看護学科と合同で、記念講堂で行われる。広く薄暗い講堂の中、参加人数も多く、周りはみんな教壇のほうを見ているから――と、ノラは言っていたけれど。
「いや、逆に目立つわ!」
いつもの講義に来てみれば、端正な顔立ちのハーフが座っているのだ。注目されないほうがおかしい。どこが潜入だよ。潜るどころか、派手に煙噴き上げて黒船来航じゃねえか!
「静かにしろよ。もうすぐ授業が始まる」
当のカイに注意された。誰のせいだと思ってんだ。
カイは白いパーカーのフードを被り、棒付きキャンディを
これで一般学生に同化しているつもりなら、凡人ナメんな。
実際、講堂のあちこちから、チラチラと視線がこちらを振り向いている。早めに来て、頑張って後ろのほうの席を確保したのに。
でも、さすがに声を掛けてくる
講義が始まってしまえば、学生たちは前を向くしかない。「いつも通り」の退屈な時間が戻ってきた。カイもフードと棒付きキャンディは引っ込めて、大人しく講義を聞いている様子だ。
いつ先生に見つかって問い詰められるかとヒヤヒヤしたが、それもなかった。
いや、見つかったことは見つかったと思う。講義の序盤、板書から振り返った先生が、ギョッとした顔でこちらを二度見したのだ。
教壇からは距離があるし、学生側のほうが薄暗い。「あんな学生もいたかな」くらいに思われたのだろう。追及はされなかった。
そもそもこの「医学概論」は内容が多分野にわたり、毎回違う講師が現れてはそれぞれの専門分野に絡んだ内容で講義をする。学生名簿は渡されているものの、全員を把握しているということはまずないだろう。
講義が半分終わって、中休みに入った頃にはカイの有難みを実感した。相変わらず視線は気になるものの、誰も近づいては来ない。
もしも隣にカイがいなければ、この時間も悠馬は周囲に
カイは天然のバリアだ。
おまけに、休み時間中カイはさっきの講義内容についていくつか悠馬に質問してきた。曲がりなりにも医学部二回生の悠馬には答えられるものばかりで、説明しながら悠馬は二重の優越感を味わった。
ノラの指令は悠馬の“付き添い”であって、勉強して来いというわけではなかったはずだが、カイがちゃんと講義を聞いていて、しかも内容をかなり正確に理解していたことは二重の驚きだった。
そうして、そっち方面にばかり気をとられているうちに、新年最初の医学概論の講義は終了した。
のそのそと動き出す学生たちを
「ユウマ、学食行こうぜ」
「は? 学食……って、なんで」
「昼メシ」
「いや、オレもう食ったけど」
医学総論の講義は昼休み後の二コマなので、当然悠馬は昼食をとってから臨んでいた。
「べつにいいだろ、おまえはパフェでも食っとけば」
「おまえじゃあるまいし!」
とはいえ、悠馬としても今日のお礼に食事を奢るのにやぶさかではない。むしろ学食なんかで済むなら安いものだ。
学内にいくつかある食堂のうち、どこに連れて行こうかと考えているところを、後ろから呼び止められた。
「森宮くん!」
それだけでも珍しいところを、おまけに女子の声である。緊急事態発生だ。脳内に警報が鳴り響く中、パタパタと二人の女子が駆け寄ってきた。
やばい、名前がわからない。誰だっけ?
「最近、講義あんまり出てなかったよね? 休んでいた間のノート、よかったら貸すけど……」
一人が言いながら、視線は横へ流れていく。
「森宮くんの、お友達?」
ああ、やっぱり。目的はそっちか。
「オレらって、“お友達”だっけ、カイ?」
講堂から溢れ出てくる学生たちがみんな聞き耳を立てているような気がして、悠馬はつい、いつもより大きな声になっていた。カイは呆れているかもしれないが構わない。
それよりも気になるのは、その返事だ。カイの口から「友達だ」とか「親友だ」とか言わせられたら、それはそれで面白かっただろう。でもきっとカイは言わない。
かといって、照れ隠しに悠馬を貶めるようなこともしないだろう。
カイの回答は想像の斜め上だった。
「簡単には言葉にできない関係だ」
何人かの学生が振り向いたと思う。カイは構わず、その間をぬって講堂前の階段を降りていく。
「学食。早く」
まさか、講義中ずっとそれを楽しみにしていたんじゃなかろうな?
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