game 20. 紙片
もう辞めることになるだろうとは思っていても、その覚悟を決めるのは難しい。悩みながらも、悠馬は今朝も教室に来ていた。
勉強にも身が入らず、講義もサボりがちな今の状態をズルズルと続けていたって、結果は同じことなのに。
それとも、自ら退路を断ちたいのか。
医学部の専門科目に“単位数”は関係ない。すべてが必修なのだから、一つでも落とせば進級できない。
そうなれば、やめる理由として充分だ。留年してまでこんな場所に居続けたいとは思わない。それに、ただ「やめたい」というより親も納得しやすいだろう。
何が、難関大だ。何が、エリートだ。
悠馬はクラスメイトたちの後頭部を睨みつけた。講義中の教室内を、一枚の紙が学生の手から手へと渡っていく。ジグザグに走行して、それは着実に悠馬のもとに近づいてきていた。
ここまで来たら、破り捨ててやる!
医学部でも、一回生の間は外国語や数学、化学などの教養科目がほとんどを占める。二回生にあがると専門科目も少し入って、週に何コマかは人体組織や生命科学の基礎を学ぶ。そして後期になると、すべてが専門に切り替わった。
その境目の、二回生の夏休みに入る前、悠馬は見てしまったのだ。試験中の教室内を、堂々横切っていくカンニングペーパーを。
たまたま経路上だったのだろう、それは悠馬の机の上にも来た。気づかないフリして無視しようか。落とし物として試験監督に届け出ようか。数秒考えた後、悠馬は汚いものを摘まむようにして隣の机に追いやった。
あの光景を思い出すたび、怒りとも呆れともつかない感情が吹き
自分はいったい、何のために必死で勉強して、ここまで来たのだろう。こんな連中と机を並べて、いったい何を目指しているのだろう。
でも、今は、確信がない。
こうなると、大学入試さえカンニングや裏口を使って受かってきたのではないかと疑いたくなる。そんなことをして、いったい何になるつもりなのか。そうして成り上がった医者たちが、人の命を救うというのか。
講義途中で回ってきた紙は、案の定クラス名簿のコピーだった。上の余白には女子のクセ字で「クラス忘年会」と書かれ、候補日が三つ並んでいる。ずらりと縦に並んだ氏名の横の空欄は、二本の縦線によって分割され、半分くらいは「○」か「×」で埋まっていた。
こんなもの、アプリでやればいいのに。講義時間中に最後まで回るよう、この場で即答しなければならないというプレッシャーか。さっきから何人か、スマホや手帳を出して予定を確認するのが見えていた。
悠馬はもちろん、確認するまでもなく予定なんて入っていない。さっさと記入して隣の席に押し付けた。
+ + ♔ + +
「森宮くん」
講義が終わり、いつもの修行に入ろうとしていたところでクラスメイトに声をかけられた。これが並~陽キャなら日常だろうが、陰キャにとっては異常事態だ。
急いで頭を巡らせる。ああ、そうか。さっきの紙、候補日三つとも「×」をつけたのが、もうバレたのか。
「森宮くんってさぁ、サークル、なんか入ってたっけ?」
なんだ? サークルより忘年会を優先しろって話か?
顔を上げると、派手な金髪にパーマまでかけた男が、陽キャ代表みたいな面して見下ろしていた。名前はたしか、沼田といったか。
「オレら、軽音の練習で忙しいんだよね」
「年末にライブあるから」
並んで立っていた白井が言葉を添える。
二人揃っているところを見て思い出した。先週の免疫学の講義で、グループ課題が出されたのだ。
普段の実習では名簿順のグループになることが多いからと、先生が余計な気を利かせてバラけるように組んだ結果、最悪のグループが出来あがっていた。
そもそも、カンニングペーパー事件(と悠馬は呼んでいるが、実際には誰も問題視すらしていない)だって、元凶はこいつらだった。後で知ったことだが、試験監督の大学院生が沼田の高校の先輩で、グルだったのだ。
「だからさぁ、課題のほう、そっちで進めといてくんない?」
「進める、って……?」
他のグループは早くに分担を決めて取り掛かっているのに、どうするつもりなのかと思っていたら、こう来たか。
課題内容は、各グループに与えられた英語論文の和訳だ。翻訳ソフトにぶち込んだらすぐバレるからねと、先生からは釘を刺されていた。
「あ、できるとこまででいいから!」
「残ったぶんは、オレらでやるし」
これはほぼ、全部やっとけという脅しと同義ではないか。他のグループは、最初から四分割しているところが多いみたいなのに。
もう一人いたはずだが、誰だっただろうと思っているところへ向こうからやってきた。これまた派手な陽キャ女子だ。
「あ~、それ。ウチもテニ部あんのよねえ」
テニス部って、ただの飲み会サークルじゃないか。
ここはカイを気取って、
『そんなこと、オレに関係あるのか?』
……とでも言ってやれば良かった!!
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