【SF短編小説】95%が女性の社会の中で輝く超越男子との禁断の恋と医療革命

藍埜佑(あいのたすく)

プロローグ「揺れる均衡」

 20XX年、世界は劇的な変化を遂げていた。それは、誰も予想し得なかった生物学的な革命だった。


 東京・銀座の目抜き通り。華やかなネオンが夜空を彩る中、ビル壁面の巨大スクリーンに最新のニュースが流れていた。


「本日、日本の男女比が史上最低の5:95を記録しました。専門家は……」


 通りを行き交う人々の9割以上が女性だった。

 彼女たちの多くは、乳房を大胆に露出したファッションに身を包んでいる。この世界では自分の豊かな乳房を誇示することで、自分の生殖能力の高さ……ひいては魅力をアピールするのが当たり前になっている。乳首についたピアスも以前は物議を醸したものだが、今では乳首ピアス専門のメーカーが出現するほど一般的になっていた。


 その中を、一人の男性が歩いていた。周囲の視線が、一斉に彼に集中する。まるで、絶滅危惧種の動物を見るかのような好奇の目だった。


「ねえ見て、男子よ」

「まあ、素敵!」

「ガーディアン社のボディーガードはいるのかしら?」

「当たり前よ、SPに警護されてない男子なんてこの世に存在しないわ」


 ささやき声が、男性の周りを漂う。彼は少し困ったような表情を浮かべながら、足早に歩を進めた。


 この光景は、現代社会の縮図だった。男性の激減は、社会のあらゆる側面に影響を及ぼしていた。


 政治の世界では、女性議員が9割を超え、女性首相が当たり前となっていた。企業の上層部も、ほとんどが女性で占められている。一方で、希少となった男性は特別な保護の対象となり、「男性保護法」が制定されるほどだった。


 渋谷のスクランブル交差点。巨大スクリーンには、最新の乳がん検診キャンペーンCMが流れている。人気女優が胸元を大胆に露出し、検診の重要性を訴えかけていた。


「あなたの胸は、あなたの誇り。そして、命を守る鍵」


 このキャッチコピーに、誰も違和感を覚えない。むしろ、胸を隠すことが珍しくなっていたからだ。


 ファッションの最前線、原宿。ここでは、さらに大胆な「トップレスファッション」が若者の間で流行していた。色とりどりのボディペイントや、キラキラと輝くニップルジュエリーで飾られた胸元が、街を彩っている。


「私たちの体は、アートなの」


 そう語るのは、19歳のファッションリーダー、美咲だ。彼女の胸元には、繊細な花模様のタトゥーが施されていた。


「これは単なる装飾じゃない。私たちの生命力の象徴なのよ」


 美咲の言葉には、新しい時代の価値観が凝縮されていた。


 しかし、この新しい社会にも、深刻な問題が存在していた。


 新宿の繁華街。ここには、「男性専用シェルター」が点在している。そこは、社会的プレッシャーに耐えかねた男性たちの避難所となっていた。


「僕たち男子は、常に注目の的なんです」


 シェルターのカウンセラーでもある田中は、疲れた表情で語る。


「プレッシャーは想像以上です。社会の期待に応えなければならないという重圧が、精神的な問題を引き起こしているんです。毎日ガラスの監獄にいるような気分です」


 一方、女性たちの間でも新たな問題が浮上していた。結婚できない女性たちの増加だ。


 銀座のハイクラス婚活パーティー。ここには、社会的地位の高い女性たちが100人以上集まっていた。しかし、男性の参加者はわずか5人。女性たちは、その5人の注目を集めようと必死だった。


「私には、あと3年しかないの」


 涙ながらに語るのは、40歳の弁護士、佐藤美樹だ。


「このまま子供を産めないまま、閉経を迎えてしまうかもしれない。それを思うと、夜も眠れないわ」


 この言葉に、周囲の女性たちも深くうなずいた。彼女たちの悲痛な表情に、新たな社会問題の深刻さが表れていた。


 精子バンクから高い精子を買って人工授精する手もあるが、ハイクラスの女性たちはそのステータスとして、実際に男性と婚姻するケースが増えていた。しかし男性が希少なこの世界ではハイクラスの女性とはいえ、一夫多妻制に従わざるを得なかった。


 一方でこの世界での女性同士の恋愛と結婚は、男性の希少性により一般的かつ自然な選択肢として広く受け入れられていた。女性間の関係は、文化的にも法的にも尊重され、同性婚が合法化されて久しく、社会全体で支援される枠組みが整っている。


 女性同士の恋愛関係は、感情的な結びつきを重視することが特徴だ。男性の少ない社会では、女性同士のつながりが特に強くなり、友情が恋愛に発展するケースが多く見られる。学校や職場など、日常的な環境の中で自然に親密な関係が築かれ、恋愛に発展することが一般的になっていた。女性同士の恋愛は、肉体関係ではなく、感情的なサポートや共感を基盤にしたものが多く、関係性が深まる中で強い絆が育まれることが多かった。


 そんな中、医学界では新たな動きが始まっていた。


 東京大学医学部附属病院。ここでは、画期的な研究が進められていた。


「私たちは、男性の精子の生殖能力を飛躍的に高める新技術の開発に成功しました」


 白衣姿の女性研究者、高橋教授が、興奮した様子で語る。


「これにより、一人の男性が、理論上は数千人の子供を持つことが可能になります」


 この発表は、社会に大きな衝撃を与えた。希望と不安が入り混じる中、人々は未来を見つめていた。


 そして、この大きな変革の時代に、一人の若き医学生が立ち上がろうとしていた。彼女の名は、早乙女燐。


 彼女は、胸元を隠した慎ましやかな服装で研究室に向かっていた。周囲の視線が、彼女に集中する。


「あの子、なんで胸を隠してるの?」

「変わってるわね」

「なにかの疾患かしら?」


 燐は、そんな声を無視し、凛と背筋を伸ばして歩を進めた。彼女の瞳には、この社会を変えたいという強い意志が宿っていた。


 そして、彼女の前に立ちはだかる鷹宮翔。二人の出会いが、この社会に新たな風を吹き込もうとしていた。


 超越男子とは何か?


 超越男子は、男性の希少性が極限まで高まった世界で登場した、かつてない存在だ。生物学的・医学的進歩の結晶であり、彼らは自らの精子と卵子を同時に生成し、さらに自ら妊娠・出産することができる。この画期的な存在は、遺伝的突然変異や環境汚染によって男性の出生率が著しく低下した世界での解決策として生まれた。


 数十年前、Y染色体の突然変異により男性の出生率が急落した。それに加え、環境汚染が精子の質を悪化させ、男児の出生自体が奇跡的なものとなった。そんな時代背景の中で、人々は絶望的な未来を見据えつつも、科学の力でこの危機に対処しようと動き出す。その結果生まれたのが、「超越男子」を生み出すための子宮移植技術だ。


 当初、この技術は極めて実験的だった。第一世代の超越男性は、ホルモン治療と免疫抑制療法を駆使してようやく誕生。精巣と卵巣の共存という、生物学的にあり得ないはずのバランスが保たれるには、多くの失敗が積み重ねられた。しかし、次第に技術が成熟し、今では超越男子がごく少数ながら存在する。彼らは全男性人口の0.1%未満という極めて稀な存在だ。


「超越男子」として生まれた人物は、単に生物学的な特異性だけではなく、社会においても圧倒的な影響力を持つ。ある超越男子、タカシのエピソードが象徴的だ。彼は若くして子宮移植を受け、その後自身の卵子と精子を使って子供を産むことを選んだ。彼の決断は社会に衝撃を与え、マスメディアは連日彼のインタビューを放映した。


「自分の中に命を宿す感覚は、言葉では表現できないほど神秘的だ。父でもあり母でもあるという感覚は、不思議だけど誇らしい」とタカシは語る。タカシはその中性的な美貌もあいまって一躍時代の寵児となった。

 彼の存在が明らかになると、超越男子は瞬く間に社会の中心的存在となった。彼らは新たなエリート層として位置づけられ、国家から特別保護を受けるだけでなく、富裕層の女性たちからも高い関心を集めるようになる。


 一方で、「超越男子」の登場は既存の社会秩序を揺るがし、特に女性たちに大きな影響を与えた。男性が極端に少なくなった世界では、男性を巡る競争が熾烈を極めていたが、超越男子の存在がその構図を変えた。これまでの社会では、男性との結婚や家族の形成が女性たちにとっての主要な目標だったが、超越男男子が自身で子供を持てるようになると、彼らは他の男性と異なる独自の地位を築いた。


「彼は子供を持ちたいけど、私とではなく、自分一人で産み育てたいと言ったの」とある女性が語る場面は、超越男子が持つ自由と独立性が新たな問題を提起する象徴的なエピソードだ。

 この出来事をきっかけに、社会は新たな家族形態を模索することとなった。超越男子が中心となる家族は、従来の男女の結びつきによる家族像を覆し、多角的なパートナーシップや協力関係を形成する新しい時代へと進んだ。


 医療技術の進展に伴い、子宮移植手術の成功率は飛躍的に向上したが、倫理的な問題が残る。「男性が卵子を持ち、妊娠することは自然の摂理に反していないか?」「人類の進化にとって、このような介入はどのような影響を与えるのか?」という問いが常に議論を呼び、医療界や政治界でも意見が割れた。また、法的な整備も追いついておらず、親権問題や超越男性が子供を持った場合の法的な取り扱いは未だに不透明だ。


 しかし、こうした問題にもかかわらず、超越男性の存在は確実に社会に受け入れられつつある。彼らは新たな経済市場を創出し、超越男性専用の医療機関や保険が登場した。また、彼らのために特別な労働規制も設けられ、長時間労働や過度なストレスから保護されるようになっている。


 この世界が向かう先はどこなのか? 超越男子が増加し、さらには人工子宮が開発されることで、他の男性も妊娠・出産できるようになる未来が見えている。そうなれば、性別の区別や役割はさらに曖昧になり、新たな性別概念や家族構造が確立されるだろう。また、遺伝子編集技術と超越男性の融合が進むことで、計画的に超越男性の特性を持つ子供を作り出すことが可能になるかもしれない。


 超越男子は、ただの科学の産物ではない。彼らは人類の未来の形を映す鏡であり、性別や生殖の意味を根本から問い直す存在だ。彼らの誕生とともに、社会、文化、そして個人の価値観がどう変化していくのか――その答えは、まだ誰も知らない。


 空には、もう朝日が昇り始めていた。新たな時代の幕開けを告げるかのように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る