ポーションは飲むもの!~しがないポーション売りですが、色々あって冒険者になることにしました~

Eshi

第1話 街のポーション売り

「おはよう!はい今日の分の薬!おばちゃん、昨日はどうだった?」

「おかげさまで腰が軽いよ。ありがとうね。ほら、これ今日取れた野菜。」

「うっわあおいしそう!ありがと~!」


大勢の人でにぎわう街の朝市。簡単なつくりの出店の前には、新鮮な野菜や魚や肉が並んでいる。


「今朝とれたての野菜はいかが?今ならサービスしちゃうよ~!」

「お嬢さん、べっぴんさんだねぇ~!ほれ、もう一つおまけしといてやるよ。」

「もっと安くだぁ?ガキ、こいつは良物だぞ!そう簡単に値切れるわけ…え?じゃあ別の魚屋に行く?おいちょっと待てガキ!値切らねぇとは言ってねぇぞ!」


そこかしこで大きな声が飛び交う中、僕も開店の準備をする。


「お、コリオ!今日も売り出すつもりか?」

「もちろん!今日こそ全部売り上げてやるもんね!」

「良い意気だな!この前みたいに残りまくって泣くなよ!」

「なっ、泣いてないし!」


隣の魚屋と話しているうちに手早く木箱を並べる。そして、後ろに置いていた鞄の中身を取り出した。


「お、出た出た!なんだっけ、『ションベン』みたいな…」

「『ポーション』!あんまりバカにしてると…」


取り出したのは透明なガラスの容器。中には緑色の液体が入っている。


「わりぃわりぃ!ま、せいぜい頑張れよ!」

「そっちもね!」


木箱に並べ、息を吸い込む。朝日に照らされて、液体がきらきらと輝いた。


「ポーション、いかがですか~!」




夜になると、市場は水を打ったように静かになる。この静寂はあまり好きじゃない。


「くっそー、またほとんど売れ残っちゃった…」


ポーションを鞄にしまっていると、朝の魚屋が現れた。


「おいおい、大口叩いといて売れ残ってるじゃねぇか!」

「き、今日はたまたま人が寄り付かなかっただけで…」


悔しさにうつむいていると、魚屋はしゃがみこんだ。


「コリオ、親父さんのためを思うのはわかるが、やっぱりその品じゃ厳しいぜ。」

「父さんのポーションはどんな薬よりも効くんだ!なのになんで…」


視界がゆがむ。足元の石畳にぽつぽつと染みができていった。


「はぁ…まぁ、港街のばあさんもあの薬はよく効くっつってたしな。しょーがねぇ!おい、お前ら!」


魚屋の声に、暗闇から数人が現れた。


「この人たちは…?」

「うちの漁業組合の仲間だよ。こいつらにその薬、売ってやってくんねぇか。」

「え、でも…」

「心配すんな。きっちり金は払う。」


屈強な男たちの顔を見ると、ところどころに疲れが見えた。


「最近は寝ても食っても疲れがとれなくてなぁ。」

「もう俺らも歳かねぇ。」


漁師たちのぼやきを聞き、ひらめく。鞄の中からひとつの容器を取り出した。


「これ、飲んでみてよ。」

「んん?なんだぁこれ。」

「なんかドロドロしてるぞ。大丈夫か?」

「トートの旦那の薬だ。安心していい。」

「あの薬師か!てことは、このガキは息子かい?」

「うん、コリオ・トートっていうんだ。」


漁師たちはポーションを手に取って、眺め始めた。


「ふーん、まあ、魚屋の兄貴の頼みだからな。ひとつ買ってくよ。」

「あ、ありがとう!」


去っていく魚屋と漁師たちを見送り、自分も帰路についた。




「ただいまー…」

「ああ、おかえり。」


ランプの明かりが淡く光る部屋に、父さんはいた。


「どうだった。」

「港町のおばちゃんに薬一つ、それと…漁師さんたちに一つ。」

「2つも売れたのか!すごいじゃないか。おっ、野菜ももらったのか。明日はサラダだな…ありがとう。」


頭を撫でられる。骨ばった手のひらの感触に、不甲斐なくなった。


「明日は!…明日はもっとたくさん売るから…」

「無理しなくていいんだ。疲れたろう?今日はもう寝なさい。」

「だって!」


顔を上げ、父さんを見る。


「このままじゃ…父さんが…」


父さんはひどい病気にかかっている。僕は知ってる。毎日、血のついた布を洗っているのを。寝る前に、たくさんの薬を飲んでいるのも。


「いいんだ。私の病気はもう治らない。お前には難しいかもしれないけどな。」

「リンドの医者に見せたら、直してくれるんでしょ?」


この街の東に、リンドという国がある。そこの医者は腕利きで有名だった。


「いいか、そこまで行くのには何日もかかるんだ。」

「お金なら俺が集めるから…」

「いいんだ。私は、お前に苦労してほしくない。」


時折せき込みながら、父さんは話す。


「さあ、もう遅い。早く寝なさい。」

「寝るまで…父さんの仕事、見ててもいい?」


父さんは優しく笑った。


「ああ、いいとも。」




「トートの旦那も男手ひとつであいつを育ててきたんだ。俺らも何回かお世話になってるし、どうにかしてあげたいけどなぁ。」

「あのガキもけなげなもんだ。うちの息子にも見習ってほしいね。」


日が出る前の暗い海を前に、漁師たちはポーションの中身をグラスにつぎ、それぞれ手に取った。


「買ったはいいけど、まずそうだな…」

「なんだっけ、『葉巻無しは口寂しい』?」

「『良薬は口に苦し』だろ。なんでもいいから飲んでみようぜ。」


ぐいっとあおる。飲み干すと、痺れるような苦みが口の中に広がった。


「うっげぇ…」

「これは…強烈だな。」


お互い顔を見合わせて笑いあい、船出の準備に取りかかった。


「なんか、体軽くねぇか?」

「ん?あ、確かに…」


水平線に、日が昇り始めていた。

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