蒼穹の風

奏人

大地は混沌としていた。剣や槍が交わる音、遠くで響く爆音、戦士たちの雄叫びが空気を引き裂き、煙と土埃が大地を覆っている。陽の光はかすんで、空の彼方にかろうじて存在感を残していた。


逃げようと足を動かそうとしたが、身体はまるで巨大な岩に押しつぶされたかのように動かない。息を吸うたびに、冷たく重い圧迫感が胸を締めつけ、呼吸は浅くなった。目を閉じ、力の限り叫ぼうとしたが、喉から漏れるのはかすかな囁きだけ。虚ろなその声は、戦場の喧騒にかき消され、誰にも届くことはなかった。


やがて、視界がじわじわと暗闇に包まれていく。冷たい風が頬を撫で、全身から力が抜けていく感覚が押し寄せる。死が確実に、ゆっくりと近づいてくる。だが、不思議と痛みも恐怖も感じない。ただ、静かな重みが心にのしかかるだけだった。すべてが遠のき、意識は霧の中に溶けていく。


そのとき、目の前に巨大な影が現れた。暗闇の中から伸びる力強い手。その手が、優しく、確かにこちらに向かって差し伸べられる。冷え切った身体に、その手が触れた瞬間、柔らかな温もりが全身に広がった。硬直していた心が、安堵の中で少しずつほどけていくのを感じた。


終わりを覚悟したその瞬間、差し出されたその手が、絶望の淵から救い出してくれた。暗闇の中に、一筋の光が差し込むように、世界がわずかに明るみを帯び始めた。


再び目を閉じる。温もりに包まれたその瞬間、止まっていた世界が再び動き始めた。

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