一掬の涙
海月^2
Prologue
夏の暑さは非常に暴力的だ。暴力を受けたこともないのにそんな例えをしてみる。本当に暴力的なのだ。肌の産毛の一つ一つが熱を持ち、弾けるように表面を焼いていく。神は何故こんな季節をお作りになられたのだろうかと考えたけれど、夏をこんなにも暴力的に変化させたのは人間だったからそこで思考を閉ざした。
強い日差しの下で明るさのメーターを最大にしたスマホが懸命にクラス会の参加希望を伝えている。アンケートに回答していないのはクラスであと三人だけ。その内の二人には確認を取ったから、あと残すは
彼女は基本的に目立つようなタイプではなかったけれど、このクラスの全員が抱いている感想が二つあった。一つは常に長袖を着ていること。体育の着替えの時間すら、皆が目を離している隙に着替えて集合場所に向かっていた。そしてもう一つは誰も親しい者がいないこと。彼女の冷たく気高い空気が良いのだと言う男が告白した時、一瞥もせずに横を通り抜けたという話は有名だ。
そんな彼女の机の周囲に近付く者は誰も居らず、窓際の自分の席から彼女の席へと向かった。
「倉狩さん。少し良いですか?」
「えっと、
不可解そうに振り向いた彼女は、訝しげに目を細めた。昼休みで勉強中だったのか、机の上にはルーズリーフと数学の問題集が広げられている。
「はい。勉強中だったのですか」
「まあ、そんなところです」
彼女は世間話を続けようとした私を嫌そうな顔で遮った。
「あの、世間話は良いですから。話すことがないのなら帰ってもらえますか」
「あ、ごめんなさい。クラス会の出席を確認したくて」
「出ないです。全部出ないで大丈夫です」
「全部、ですか?」
「はい、全部です」
そういえば彼女は体育祭後のクラスの打ち上げにも参加していなかった。クラスの殆どが参加した打ち上げで、予定もなく休んだのは彼女だけだった。アプリ上で行われたアンケートで欠席を選んだだけ。他の人は行きたかったとぼやいたり、疲れてるから行けないなどと言っていたけれど、彼女にはただ欠席という一言だけがあった。
「一回くらい参加してみてはどうですか」
話に興味を失って勉強に戻った彼女にそう告げる。彼女は大きな溜息を吐いて、そして顔を上げた。私を見る目が何処かに行ってくれと暗に告げている。
「全員がそのお節介を嬉しいと思うわけじゃないですよ」
確かに、それはそうかもしれないと思った。誰しもに触れられたくないところはある。当たり前のことだ。
「すみません。でも、気が向いたら言ってくださいね。前日まででしたら予約の変更が可能ですから」
今回のクラス会のまとめ役は私で、学校近くの安い焼肉屋を取っている。誰かに迷惑が掛かるわけでもないし、親切のつもりでそう言った。しかし彼女は気に食わなかったようで、その目は不愉快を語っていた。
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