第8話 

昼休みがやってきた。

いつもなら教室で仲間たちと昼食を食べるところだが、今日は特別だ。

お弁当を手に持ち、佐藤さんとの待ち合わせ場所へと足を運ぶ。

心の中では少し緊張しているけど、それを表には出さないよう努める。

佐藤さんはすでに約束のベンチに座っていた。

晴れた空の下、静かに俺の到着を待ってくれている姿を見て、少しホッとする。


「お待たせ、佐藤さん」


と俺は軽く声をかけながら、隣のベンチに座る。


「ううん、私も今来たところだよ」


と彼女は柔らかく微笑んだ。


俺はカバンの中からお弁当を取り出し、佐藤さんに向けて言った。


「要望通りにパスタにしたよ。冷製パスタっていう種類にしてみたんだ。口に合うといいんだけど」


作ったお弁当を彼女に渡しながら、少し緊張しつつも期待を込めた言葉を口にする。


彼女は驚いた表情を見せながら、そっとお弁当の蓋を開けた。


「わあ、すごい!これ、全部自分で作ったの?」


「うん、冷たいパスタだから食べやすいし、暑い日にはピッタリだと思って。トマトやモッツァレラチーズも入れてみたんだけど、どうかな?」


俺は少し照れくさそうに話しながら、彼女の反応をうかがう。


「すごいね、すごく美味しそう!」


彼女は目を輝かせながら、冷製パスタを箸でそっと持ち上げて一口食べた。

少しの沈黙の後


「美味しい!すごくさっぱりしてて、このトマトの酸味とチーズのまろやかさがちょうどいいバランスだね」


と、満面の笑みで褒めてくれた。


その言葉に、俺は思わずほっと胸をなでおろす。


「それならよかったよ。ちゃんと口に合って、ほっとした」


と言いながら、自分の弁当の蓋を開けた。


「でも、よしおくんって本当に料理上手なんだね。こんな本格的なお弁当を作れるなんて尊敬しちゃう」


と佐藤さんは笑顔で言った。


「いや、そんな大げさなもんじゃないよ。練習してるうちに自然とできるようになっただけだからさ。でも、喜んでもらえたならそれが一番だよ」


と少し照れながらも、素直に嬉しさを噛みしめた。

二人で静かに弁当を食べながら、和やかな時間が流れる。

学校の中庭の風景や、生徒たちの笑い声が心地よく耳に届いてくる。

この瞬間が特別なものだと感じながら、俺は佐藤さんとの距離が少し近づいたような気がした。


「また、こういうお弁当作ってきてくれるのかな?」と彼女は軽い冗談を交えながら、俺に問いかけた。


「もちろん。リクエストがあれば、どんなものでも挑戦するよ」


と俺はすかさず答えた。


「本当に?それなら次は…うーん、そうだなぁ。何がいいかな?」


と考え込む佐藤さんの姿に、俺は微笑みながら次の昼食のことを考え始めた。

今日の昼休みは、いつもより少しだけ特別だった気がする。

そしてこの時間が、俺たちの距離を少しだけ縮めたかもしれないと感じながら、俺は食べ終わった弁当箱を片づけるのだった。

放課後、教室の掃除や片づけが終わり、俺はいつものように家に帰る支度をしていた。

鞄に教科書やノートを詰め込み、軽く伸びをして準備を整えると、ふと後ろから声をかけられた。


「よしおくん、今日さ、途中まで一緒に帰ろうよ」


振り返ると、そこには佐藤さんが立っていた。

少し驚きながらも内心ではとても嬉しい。

まさか、彼女から一緒に帰ろうなんて言われる日が来るなんて、思ってもみなかった。


「え、いいの?もちろん、一緒に帰ろう」


と、俺は少し照れながらも即答した。

二人で校門を出ると、穏やかな風が心地よく吹いていた。

夕方の光が長く影を作りながら、俺たちは並んで歩き始める。

いつもは一人で自転車に乗ってさっさと帰る道だけど、今日はなんだか特別に感じる。


「よしおくん、料理得意だよね。今日のお弁当、本当に美味しかったよ。ああいう冷製パスタ、初めて食べたかも」


佐藤さんが笑顔で俺の弁当を褒めてくれる。

あのときの表情が脳裏に蘇ってきて、思わず心がふわっと浮かんでしまう。


「ありがとう。そう言ってもらえると、頑張って作った甲斐があったよ。料理って、なんだか楽しいんだよね。自分で作ると、食べるのももっと美味しく感じるし」


「うん、よしおくんが作ってる姿、きっとカッコいいんだろうなって思うよ。私もいつか料理を教えてもらいたいな」


そんなふうに言われると、なんだか顔が赤くなりそうだ。

佐藤さんにカッコいいなんて思われてるかは分からないけど、そう言ってくれるのは素直に嬉しい。

二人で歩く道は、普段の通学路なのに、まるでデートみたいに感じる。

俺は少し浮かれ気味だ。

胸が軽く高鳴っているのを感じつつも、落ち着こうと自分に言い聞かせる。


「ねえ、よしおくんって他にもどんな料理作るの? まだ知らないから、いろいろ教えてほしいな」


「うーん、得意なのはやっぱり和食かな。あと、洋食も好きだけど、和食はやっぱり奥が深いから、日々練習してるんだ」


そんな会話をしながら歩いていると、いつの間にか佐藤さんの家が近づいてきた。

彼女の自宅は、いつもの信号を左に曲がった先にある。だから、この信号でお別れだ。

なんだか寂しい気持ちがこみ上げてくるけど、今日は十分楽しい時間を過ごせた。


「じゃあ、ここでお別れだね。また明日学校で」


俺は少し名残惜しそうに言う。


「うん!また明日ね、よしおくん」


佐藤さんは笑顔でそう返してくれた。

その笑顔が眩しくて、俺は少し照れくさそうに手を振る。

そして彼女が見えなくなるまで、その場に立ち尽くしていた。


「これって、もしかしてデートみたいだったのかな?」


自分の心の中でそう思いながら、俺は再び歩き出した。

たった一緒に帰るだけで、こんなに心が軽くなるなんて不思議だ。

でも、明日もまた彼女に会えるんだと思うと、少しだけ明日が楽しみになる。


その夜、家に帰っても、俺は彼女との帰り道のことを思い出していた。

家族に


「何かいいことでもあったの?」


と聞かれて、うまく答えられずにごまかす俺。自分でもまだ整理しきれないけど、確かに今日は特別な一日だったんだ。

明日はどんな会話ができるだろう。

佐藤さんに喜んでもらえるような料理を、また考えてみようと心に決めた。

家に帰り、制服を脱いで楽な部屋着に着替えると、俺はリビングに座り込んだ。

リビングは少し肌寒かったが、落ち着いた空気が漂っていた。冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぐと、テレビをつけた。


画面にはちょうど推理ドラマが放送されていた。時刻はすでに夜の8時を回っていて、これから事件がクライマックスに向かうところだった。

牛乳を一口飲みながら、その推理物に興味を持った。

画面には、探偵らしき人物と、容疑者たちが映っている。

どうやら大きな邸宅で起こった殺人事件の話のようだ。登場人物たちは次々と疑われ、誰が犯人かを探っている。


「なるほど、定番の密室殺人か……」


俺も少しだけ推理をしてみることにした。

ドラマの中で、いかにも怪しい人物が何人かいた。

執事、遺産を狙う親戚、家政婦など、容疑者たちはそれぞれに動機があるように描かれているが、こういうのは往々にして一番怪しくない人物が犯人だったりするんだよな。

ドラマの進行に合わせて、登場人物たちがひとりずつ事情を語り始めた。

家政婦はアリバイがあったが、どこか不自然な言動が気になる。

執事は長年の恨みを抱えている可能性があり、親戚たちもそれぞれの理由で財産を手に入れたがっているようだ。


「ふむ……」


俺は腕を組んで、テレビの画面に見入る。

事件の状況からして、犯人が物理的に実行可能だったかどうかを考えなければならない。

時間、場所、道具……これらがすべて噛み合っているかどうかが、鍵だ。

探偵が一人ずつ容疑者を追及していく。

執事が動機を語るシーンが流れたが、何か引っかかる。

明らかに誤った情報を流しているような気がしたが、それが犯人だと断定するのはまだ早い。


「うーん、もしかして、この家政婦がアリバイを作っているのか?」


ドラマを見続けながら、俺は推理を続ける。

家政婦が怪しいという結論に達しつつあったが、まだ確証がなかった。

そんなことを考えていると、探偵が決定的な証拠を見つけたシーンに入った。


「やっぱり、そうだったか……」


探偵は見事に事件の全容を解き明かし、犯人を指摘した。

俺の予想通り、家政婦が実は共犯者で、真犯人は遺産を狙っていた親戚の一人だった。

家政婦がアリバイを作るのに協力し、完全犯罪を試みたが、探偵にすべて見破られてしまった。


「よし、俺の推理も当たった!」


テレビを見ながら、俺は思わず小さくガッツポーズをした。

推理物を見ると、どうしても自分で犯人を見破ろうとしてしまう癖があるが、今回も見事に成功した。

ドラマが終わると、エンディングテーマが流れ始め、俺は画面を見つめながらホッと一息つく。


「やっぱり推理物は面白いな。こういう頭を使うドラマは、たまに見るといい刺激になる」


テレビを消して、俺はコップを片づける。

今日は特に何もなかったけど、ドラマのおかげで少しだけ脳を活性化させることができた気がする。

明日も学校があるし、そろそろ寝る準備をしようかなと思いつつ、自室へと向かった。

自室に戻った俺は、机に向かってスマホを手に取り、少しSNSを眺めることにした。

タイムラインには友達やクラスメイトが投稿した写真やコメントが流れていて、みんなそれぞれの日常を過ごしているようだ。


ふと、佐藤さんのことを思い出す。

今日、一緒に帰ったことが頭をよぎる。

彼女の笑顔や、あの柔らかい声が今でも耳に残っている。

なんだかんだで、佐藤さんのことを考えてしまう自分に少し苦笑いを浮かべた。


「また明日ね」


と言った彼女の言葉が、どうしても頭から離れない。

俺は特別何かをしたわけじゃないし、彼女にとっても普通の一日だったかもしれない。

でも、俺にとっては少し特別な一日だった。

こうして一緒に過ごす時間が増えていくことで、少しずつでも彼女のことをもっと知りたいと思う。


「文化祭の準備もあるし、少しずつ話す機会は増えるはずだよな」


そう自分に言い聞かせながら、俺は明日の予定を考える。

クラスメイトと文化祭の出し物について話し合う場を設けるつもりだ。

佐藤さんもきっと意見を出すだろうし、その時にもっと自然に話せるようになりたい。

気づけば時間はすでに深夜近くになっていた。少しスマホを見過ぎたかもしれない。

明日も早起きしないといけないし、今日は早めに寝ることにしよう。

俺はスマホを置いてベッドに横になる。


布団にくるまりながら、明日のことを考えた。朝食はどうしようか。

お弁当はどうやって作ろうか。

ふと、佐藤さんに持っていった冷製パスタが気に入ってもらえたのかどうかが気になったが、彼女があの場で美味しいって言ってくれたから、きっと大丈夫だろう。


「明日も頑張ろう」


そう自分に言い聞かせて、俺はゆっくりと目を閉じる。

翌日も俺は、いつものように早めに起きた。

まだ外は薄暗いが、朝の静けさが心地よい。

この時間が好きだ。誰にも邪魔されずに自分だけの時間が流れる。


早速、キッチンへ向かいエプロンをつける。

今日は何を作ろうかと頭を巡らせながら、まずは朝食の準備だ。

昨日は軽めの朝食だったから、今日は少ししっかりしたものにしよう。

冷蔵庫を開け、卵を取り出す。

スクランブルエッグにベーコン、そしてトースト。

少し彩りを足すためにサラダも作ることにした。

フライパンにベーコンを広げ、カリッと焼き目をつける。

香ばしい匂いがキッチンに広がって、朝の気分をさらに引き立てる。

続いてスクランブルエッグ。絶妙な柔らかさを保つために、手早くかき混ぜながら仕上げた。


朝食を作り終えたら、次はお弁当の準備だ。

今日は簡単に唐揚げを中心にしてみることにした。

下ごしらえをしておいた鶏肉に片栗粉をまぶし、油でカラッと揚げる。

揚げ物はタイミングが肝心だから、揚がり具合をしっかり見極めつつ、他の具材の準備も進める。

付け合わせにはほうれん草のお浸しと、彩りとしてミニトマトを入れることにした。

弁当箱に詰める時、綺麗に見えるようにバランスを考えるのも大切だ。


全ての準備が整うと、時計を見た。

親たちが出かける時間まではまだ少し余裕がある。

俺は朝食をテーブルに並べ、軽く部屋の片付けをしながら、少しだけ自分の時間を楽しんだ。


「よし、今日も一日頑張ろう」


心の中でそう呟き、俺は今日の始まりを迎えた。









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