日記風小説毎日料理
みなと劉
第1話
『俺は、烏丸よしお。料理が趣味の高校生。』
目が覚めると、いつもの見慣れた天井が視界に広がっていた。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、部屋全体を柔らかい光で満たしている。時計を見ると、まだ少しだけ余裕がある。だが、二度寝するわけにもいかない。
今日も一日が始まる。まずは、お弁当を作らなければならない。
ベッドから静かに起き上がり、キッチンへと向かう。
両親は仕事が忙しいので、朝食も自分で作るのが日課だ。
だけど、そんな日常は嫌いじゃない。むしろ、料理が好きな俺にとっては一日の始まりを料理で彩るのが何よりの楽しみでもある。
「さて、今日のお弁当は何にしようかな…」
冷蔵庫を開けて、中にある材料を見つめる。
昨日の夕飯で使った残り物の鶏肉が目に留まる。
これを使えば、照り焼きチキンが作れそうだ。
よし、今日はそれで決まりだ。
おかずのメインは照り焼きチキン。副菜は、簡単に作れるほうれん草のごま和えと卵焼きにしよう。
鶏肉に下味をつけ、フライパンで焼きながら、同時にほうれん草を茹で始める。
こうやって手際よく複数の料理を同時進行するのも慣れてきたものだ。
昔は一つの料理に夢中になって、ほかを焦がしてしまったこともあったが、今はちゃんと時間配分ができる。
「このくらいでいいか」
焼き上がったチキンに照り焼きのタレを絡めて仕上げると、甘辛い香りが部屋中に広がる。食欲をそそるこの香りがたまらない。
ほうれん草も茹で上がり、卵焼きもふんわりと焼けた。
いつも通りの手順で弁当箱に詰めていく。おかずが整ったら、最後にご飯を詰めるだけ。今日は白ご飯にふりかけを少し散らして彩りを加えた。
弁当が完成すると、少し達成感がこみ上げてくる。毎日自分で作る弁当だけど、やっぱり完成した瞬間は嬉しいものだ。これを学校に持って行って、昼休みに食べる瞬間が楽しみでならない。
朝食は、昨日の残り物の味噌汁と、作り置きの漬物を添えた簡単な和食にした。
食べ終わったら、食器を片付けて身支度を整える。
制服に袖を通し、鏡でネクタイを確認して、最後に髪を軽く整える。
「よし、今日も一日頑張ろう」
自分にそう言い聞かせ、鞄を手に家を出る。外は爽やかな秋の朝。
少し肌寒いけれど、澄んだ空気が心地いい。学校までは自転車で15分ほど。風を感じながら通学するのは、毎日のリフレッシュになる。
県立長門高校の校門が見えてくると、だんだんと通学している他の生徒たちも見えてくる。
誰もがそれぞれの朝を過ごしているようで、友達と楽しそうに話しているやつもいれば、スマホをいじりながら歩いているやつもいる。
俺はその中で、あまり目立たない存在だ。特にクラスの中心にいるわけでもなく、かといって孤立しているわけでもない。
どちらかというと、普通の高校生だ。
でも、そんな普通の生活が好きだ。料理という趣味があるから、日常に少しだけ特別な色が加わっている気がする。
教室に入ると、クラスメイトが何人か集まって話していた。
「おはよう、よしお」
同じクラスの山田が声をかけてくる。
彼は俺よりも背が高く、スポーツ万能で女子にも人気がある。俺とは正反対のタイプだが、気さくな性格で、よく話しかけてくれる。
「おはよう、山田」
軽く手を挙げて挨拶を返すと、彼はいつもの笑顔で話し始めた。
「今日の弁当も自作か? お前、毎日作っててすげえよな。俺なんて、母さんの作った弁当ばっかりだよ」
「まあ、好きでやってるからな」
俺は苦笑しながら答えた。
料理が趣味だと言うと驚かれることが多いが、俺にとっては普通のことだ。
むしろ、自分で作ることで好きなものを好きなように食べられるというメリットもある。
「それにしても、よしおの料理の腕前はマジですごいよな。今度、俺にも教えてくれよ」
「別にいいけど、お前料理なんてやるのか?」
「いや、今までやったことないけど…なんか最近、彼女に手作りの料理を振る舞いたいなって思ってさ」
山田の彼女の話は初耳だったが、どうやら最近できたらしい。
こうやって友達が新しい経験をしているのを見ると、自分も何か挑戦してみたくなる。
「じゃあ、今度の休みにでも教えるよ。まずは簡単な料理から始めればいいさ」
「おお、マジか! ありがとな、よしお。期待してるぜ!」
彼が笑顔でそう言うと、俺もなんだか嬉しくなった。人に料理を教えるというのも新鮮で、少し楽しみだ。
その後、授業が始まり、いつものように午前中の時間が過ぎていく。
俺はそこまで成績が良いわけでも悪いわけでもない、いわゆる中間層だ。
それでも、勉強はきちんとこなしているつもりだし、特に苦手な教科もない。今日も順調に授業をこなしていく。
そして、待ちに待った昼休みがやってきた。
今日はどこで弁当を食べようかと少し考える。
いつもは教室で食べることが多いが、今日は天気も良いし、外で食べるのもいいかもしれない。
校舎を出て、校庭のベンチに腰掛けた。
少しひんやりとした風が心地よく、秋の空が広がっている。そんな中、自分で作った弁当を広げると、なんだか特別な時間に感じる。
「いただきます」
弁当箱のふたを開けると、朝作った照り焼きチキンの香りがふわっと広がる。
一口食べると、甘辛いタレが鶏肉にしっかり絡んでいて、思わず顔がほころぶ。
やっぱり自分で作った料理は美味しい。
ふりかけをかけた白ご飯との相性も抜群だ。
そんな風に静かに昼食を楽しんでいると、ふと誰かの視線を感じた。
顔を上げると、クラスメイトの佐藤がこちらを見ていた。
彼女はいつも無口で、クラスでも目立たない存在だが、どこか気になる存在だった。
「何か用?」
俺がそう声をかけると、彼女は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに小さく頷いた。
「その…お弁当、美味しそうだね」
「ああ、自分で作ったんだ。料理が趣味だからさ」
「へえ…すごいね。私、料理は全然できなくて…」
彼女の表情はどこか申し訳なさそうだった。
まるで、自分が料理をできないことを恥じているように見える。
「まあ、最初は誰だってそんなもんだよ。俺も最初は全然できなかったし、焦がしたり味付けを失敗したりなんてしょっちゅうだったよ」
俺がそう言うと、彼女は少しだけ笑顔を見せた。それでもまだぎこちない感じだが、先ほどよりはリラックスしているように見える。
「そうなんだ…なんだか意外だね。よしお君って、最初から上手そうなイメージがあったから」
「はは、そんなことないよ。最初は誰でも失敗するものだし、練習すればちゃんと上達するさ。料理に限らず、何でもそうだと思うよ」
そう言いながら、俺は自分の弁当を少し彼女に差し出してみた。
「よかったら、少し食べてみる? 自分で作ったやつだから、味は保証できないけど」
彼女は一瞬戸惑ったように俺の顔を見つめたが、すぐに小さく頷いて箸を受け取った。
緊張しているのか、少し手が震えているのが分かる。
「じゃあ、いただきます…」
彼女は照り焼きチキンを一口食べて、少し目を丸くした。
「おいしい…本当においしいね、これ」
彼女の驚いた表情に、俺もつい嬉しくなった。
「よかった。口に合ったみたいで安心したよ。まあ、簡単な料理だから大したことはしてないけどさ」
「そんなことないよ。自分で作った料理って、なんか特別だよね。私もこんなの作れたらなあ…」
「そんなに難しくないよ。慣れればすぐにできるし、コツを覚えれば誰でも作れるさ。今度、時間があれば教えてあげるよ」
俺がそう提案すると、彼女は驚いたような表情を浮かべた。
「えっ、本当に?」
「もちろん。せっかくの機会だし、一緒にやってみようよ。簡単なものから始めれば大丈夫だよ」
彼女は少し照れくさそうに笑いながら、静かに頷いた。
「うん…ありがとう、よしお君」
その時、学校のチャイムが鳴り、昼休みが終わることを告げる音が響いた。
俺は残りの弁当を素早く平らげて、片付けに取り掛かる。
「じゃあ、また授業だな」
「うん…また後で」
彼女は小さく手を振って去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、俺は今日の昼休みが少しだけ特別なものに感じられた。
午後の授業はいつも通り、淡々と進んでいく。
だが、なんとなく佐藤さんとの会話が頭の中に残っていて、授業に集中しきれなかった。
彼女のことは今まであまり話したこともなかったけど、実は気になる存在だった。
クラスでは目立たないし、無口な彼女だけど、どこか静かで落ち着いた雰囲気があって、俺は彼女に興味を持っていた。
今日こうして話す機会があったことが、なんだか嬉しかった。
授業が終わり、帰り道。
俺は自転車をこぎながら、今日の出来事を思い返していた。普段と変わらない一日だったはずなのに、少しだけ違う何かがあった気がする。
それが何なのかはまだうまく言葉にできないが、もしかしたらこれから少しずつ分かっていくのかもしれない。
家に帰ると、また夕食の準備が待っている。両親は今日も遅くまで仕事なので、俺が夕飯を作ることになっている。
冷蔵庫を開けて、残りの材料を確認する。今日は簡単にカレーでも作るか。
カレーは大量に作っておけば次の日にも食べられるし、何より手軽だ。
野菜を切って、肉を炒めて、カレールーを入れる。
料理が好きだと言っても、こうやってシンプルな料理を作る時間もまた好きだ。
料理は単なる作業ではなく、食べる人のことを考えながら作る行為そのものが楽しい。家族や友達、誰かのために料理をすることが、俺にとっての一番の喜びなのかもしれない。
カレーが煮込まれていく間、俺はふと今日の弁当のことを思い出した。
佐藤さんのあの笑顔。
普段は無口であまり感情を表に出さない彼女が、今日はあんな風に笑ってくれた。それがなんだか心に残っている。
料理って、ただ食べるためだけのものじゃないんだな。
誰かに喜んでもらえる、その瞬間が一番大切なんだ。
そんなことを考えながら、カレーの鍋を見つめていた。
やがて、カレーが完成し、夕食の準備が整った。父さんと母さんが帰ってくるのはまだ少し先だから、一人で夕食を済ませることになるが、それでも料理を作る手を抜くことはない。
「いただきます」
自分で作ったカレーを一口食べてみる。やっぱり手作りの味は特別だ。
市販のカレーだとしても、自分で手をかけた料理にはどこか温かみがある。そう感じながら、今日一日の出来事を思い返していた。
食事を終え、後片付けを済ませると、部屋に戻ってベッドに横になった。今日は少し疲れたけれど、充実感のある一日だった。
佐藤さんとの会話、友達の山田との約束、そして自分で作った弁当の味。
そんな些細な出来事が、俺の日常を少しずつ彩っていく。
明日はどんな一日になるんだろうか。そんな期待を胸に、俺はゆっくりと目を閉じた。
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