第5話 実験動物

「なんで奴隷なの? 私、何もしてない!」


 状況の理不尽さに怒りながら必死に訴えた。ブラック企業に就職することや、マルチ商法や霊感商法に引っかかるより最悪だ。葉月の困惑した顔を見て、メーオは侮蔑ぶべつの視線を向けて答えた。口調も砕けたものに変わる。


「君はね、実験動物なんだ。ティーノーンの神々が私たちに与えてくれたんだ」


「実験動物だなんてひどい!」


「何で? チキュウからの転移者から教えてもらったんだ。チキュウでは薬を作る時に、動物で実験をするって。僕たち獣人は獣の姿で生まれるものも多いよ。小さいネズミ獣人でも大きいゾウ獣人でも人格はあるよ。なんで人族だけ実験動物にしたらダメなんだい?」


「!」


 葉月は反論できなかった。反論できる知識もなかったし、思いを言葉にする技術もなかった。ただ日本で当たり前だと思っていた常識が、ここでは常識ではないという事だけは分かった。


「転移者はね、バンジュートでは思ったより多いんだ。希望者を募って転移させてるからね」


 葉月は鏡越しに見た黄色いチラシを思い出した。


「その人たちは奴隷になるって分かって転移してきてるの?」


「いや。奴隷じゃないよ。まあ監視対象者ではあるけど、このナ・シングワンチャーの荘園を出るときに手続きがいるくらいだよ。普通は人族として生活しているんだ」


「じゃあ、何で私だけが奴隷なの?」 


「ハヅキは特別なニホンジンなんだ」


「私、特別な力なんて持ってない!」


「さあ、どうかな? ニホンジンを転移させてくださいと祈ったら、葉月が来たんだ。ティーノーンの神々から特別なニホンジンを送ったって神託を賜ったから、特別なんじゃない? きっと前に転移してきたニホンジンみたいに魔力が膨大なんだと思うよ。だから隷属の首輪をしないといけないんだ」


 メーオは他人事だからかどこか呑気に答える。


「なぜ日本人の実験動物が必要なの?」


「まあ、話せば長くなるから、魔力判定を行いながら話そうか」


 メーオは葉月を椅子に座らせた。部屋のテーブルの上には自宅用のプリンターみたいな物が置かれている。部屋の奥から黒い布を持って、白髪頭がモフモフした獣人が進み出る。きっと犬種はサモエドだ。その獣人は医師だと言った。葉月の健康診断と魔力鑑定を行うらしい。


 鑑定は鑑定魔法ではなく安定して詳細がわかる魔道具を使用するそうだ。鑑定の魔道具と言えば水晶玉がピカーっと光を出すイメージだったが、先ほどのプリンターみたいな物の磨かれた石の面に手を乗せ光が入らない様に上部を黒い厚い布で覆う。魔力を注ぐと内部に内蔵された巻かれた羊皮紙に印刷されて出てくるそうだ。


「さあ、ハヅキ。魔力を注いで下さい」


「急に言われても……魔力ってどの様にしたら出るのですか?」


「とりあえず手を置いて、魔力流れろと念じてみてください」


「……魔力流れろ!」


 ジワリジワリと何かが葉月から吸い上げられる感じがした。少し気持ちが悪かったが、倒れるほどでもなかったので静かに耐えた。


「ではハヅキが奴隷になった経緯を話そうか」


 メーオによれば、ティーノーンには以前からおとぎ話の域を出ない頻度で地球からの異世界転移者が現れていた。それが召喚されたのか、自ら転移してきたのかはわからない。わかっていることは、転移者は総じてティーノーンの人々より魔力が高く、バンジュートではティーノーンと地球が転移ポイントで繋がっていることだけだ。その他の情報は国の機密事項だそうだ。


 そして今から十年ほど前に、人族のターオルング国が異世界召喚を行った。建国して間もなかったターオルング国は常に他国の脅威きょういに晒されていた。そのため、結界を張れる聖者を異世界から召喚したのだ。その時に召喚されたのが当時、十五歳の中学生だったニホンジンの男だ。ニホンジンは、初めは勝手に異世界に召喚された事に憤っていたが、聖者として何不自由ない地位を与えられ、徐々に受け入れていった。ほどなくして彼はターオルング国の領土全てに強力な結界を張る事ができるようになった。

 

 獣人は十五歳と言えば成人しているが、彼は未熟だった。自分が膨大な魔力量を持ち強力な魔法を使えることを知ると、段々横柄な態度をとるようになってきた。だが彼が張る強力な結界に守られ、有意義な知識や技術を得て生活水準も少なからず向上していたため、誰も意見が言えなかった。王族さえも彼の顔色を伺った。


 二年前、とうとうニホンジンはターオルング国を乗っ取った。そして、自分の力を示したいだけでバンジュート国に戦争を仕掛けてきたのだ。


 戦争はたった三日でバンジュート国が勝利した。「クズのニホンジンに渡すぐらいなら、獣人の国の属国になった方がまし」とターオルング国でクーデターが起きたのだ。今、ターオルングは領土全てがバンジュート国の一部となった。そして、そのニホンジンは敵国のバンジュートではなく、自国のターオルングでさらし首になった。


「酷い日本人がいたことは分かったわ。でも、私はその人とは違うでしょ?」


 今から十年前に中学生と言ったら、葉月の大学生四年生の甥や姪と同じ年代ではないか。今の平和な時代を生きてきた日本人が、そこまで他の国の人にひどいことができるのか疑問だった。だが、姫も言っていたように、急に強すぎる力を持った精神的に未熟な中学生が暴走する事もあるのかもしれない。同じ日本人としていたたまれない。だが、その日本人と葉月は関係ない。


「まあね。でもバンジュートでは、ニホンジンってだけでも嫌悪の対象になっているよ。ただしバンジュートのニホンジンは今ハヅキ一人だけだけどね」

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