第4話 奴隷の首輪

 ブラック企業疑惑のナ・シングワンチャーの荘園しょうえんの兵士達に見つかってしまった。兵士達は十人程の隊を組んで鳥居の中から現れ、葉月を迎えに来た。鳥居は転移門だった。姫との連絡が途切れた今、森に留まるのは危険だろう。魔獣に襲われたり、崖から転落死、餓死などの危険を考えると、今は保護される方が良いのかもしれない。


 初めて見る獣人は、コスプレ用の耳と尻尾を付けた人間にしか見えなかった。服は詰め襟の白い学生服の上にベルトをし、日本刀みたいな刀を腰に差している。動画配信サービスで見たタイの王族の正装に似ている。想像と少し違い、中世ヨーロッパ風ではないがカッコいい。兵士の中で一番小さな猫獣人が進み出て、やや高めの甘い声で話しかけてきた。


「あなたが日本からの転移者様ですね。ナ・シングワンチャーの荘園しょうえんで上級魔法兵士をしている猫獣人のメーオです。遠いところからよくいらっしゃいましたね。これから領主であるバーリック・シングワンチャー様の御屋敷に向かいます。そこでバーリック様にご挨拶していただきます。バーリック様はお優しい方なので、今後の生活のご心配はいりませんよ」


 メーオはスマートに葉月の手を取る。メーオの顔は親しみやすいイケメンで、Kポップアイドルの素顔はこんな感じなのかもと思わせた。百七十五センチメートルの葉月と目線はほぼ同じ高さで体つきは細マッチョ。メイクはしていないのに、紅い薄い唇が蠱惑的こわくてきだ。


 後ろに控える獣人達は、二メートル超えの筋骨隆々な体躯たいくで、土佐犬とか熊、虎を想像させる。角はコンパクトなサイズだ。威圧感を与えないために、交渉人がメーオなのだと思えた。


「あ、あの、私は葉月と言います。あの、どうしてここが分かったのですか?」


「魔力の揺らぎを感じましたから。それに、そこに転移ポイントがあるのです。この地面の模様は魔法陣なのですよ。そう、あなたのお尻の下にあるのが転移ポイントですね。うふふ」


 葉月はぱっと立ち上がり、ポイントと言われた石の上を手で払う。メーオはクスクスと笑いながら、流れるような動作で葉月の手を引き、腰を抱いて裸足の葉月の足元を見た。

 

「そのままでは歩けませんね。御屋敷までは私がハヅキを抱いて運びましょう」


 メーオが急にお姫様抱っこをしてきた。


「ぎゃー! ちょっと待ってー! 降ろしてー! 自分で歩けます!」


 つい叫んでしまった。恥ずかしくて爆発しそうだが、メーオは微笑むだけで降ろしてくれない。とりあえず、できるだけ肩をすくめて小さくなってみるが重量は変わらないだろう。昨年、町の健康診断で百キログラムをオーバーした後、怖くて体重計には乗れなかったが痩せてはいないと思う。それを軽々と持ち上げられた。


「私は上級魔法兵士ですよ。ハヅキは羽根の様に軽いですよ」


 葉月は自分が一生聞けないと思っていた言葉を聞かされ、夢見心地だった。


 転移門の前に皆が集合している時、ここからバーリック様の御屋敷までどれくらいの距離なのか気になり尋ねてみる。


「転移門を使わないと、御屋敷までどれくらいかかるのですか?」


「そうですね。鍛えた兵士でも馬に乗って丸二日でしょうか。ハヅキが歩いて辿り着くことは無いと思いますよ。魔獣も多いし、食料や水の確保も難しいですからね」


 動かないでよかった。葉月でも、たまには正しい判断をする時もあるようだ。


 鳥居の前に全員で立ち、メーオが何か呪文を唱える。綺麗な旋律だ。歌っているようだと葉月は思った。移動する時は少し怖くてぎゅっと目を瞑った。目を開けるとナ・シングワンチャーの荘園しょうえんの御屋敷と、それをぐるりと囲む大きなほりが見えた。濠には睡蓮すいれんが浮いている。


 御屋敷は背後が崖になっている丘の上に建っていた。眼下には一軒一軒が大きい住宅街に商店街らしき所と田園風景、遠くには長い城壁が見える。所々蒸気が立ち上り、何処となく硫黄の匂いがすることから温泉地でもある様だ。バーリック様の御屋敷は旅行のパンフレットで見たバリ島のヴィラに似た開放感のある高床式住居だった。


「ハヅキ。今から女中が手伝ってくれますからお風呂に入って身だしなみを整えてください。バーリック様にお会いするのでおしゃれしましょう」


 毛玉だらけのグレーのスウェットと裸足の葉月は、否応なく御屋敷の奥にある豪華な部屋の浴室に入れられた。


 小柄なリス獣人のメイドさん達が浴衣の様な服を着て入浴を手伝ってくれると言うが、恥ずかしいので入浴と更衣は自分でする事を了承してもらう。裁ちばさみで切ったジグザグの髪も整えてもらい、肩までの前下がりのワンレンボブにしてもらった。その後今までしたことのないようなしっかりした眉を描かれ真っ赤な口紅をガッツリ施された。


 準備された服はインドのサリーに似た、赤い布に金糸で豪華な刺繍がされている物だった。メーオが仕上げを確認しに来た。嬉しさを隠し切れないようにニコニコしている。


「ハヅキ、きれいですよ。ほら宝飾品もたくさん着けてあげましょう」


 ギラギラと光るゴールドの大ぶりのイヤリングやブレスレットをメーオに手ずから着けてもらいながら、デート商法でダイヤのネックレスを思わず買いそうになった時のポヤポヤした気持ちをぼんやり思い出していた。


 最後の仕上げと、メーオが何か歌いながらゴールドのチョーカーを着けた時、首周りに焼けるような激痛が走った。


「痛っ!」


 何事かとメーオを見上げると満面の笑みで告げられた。


「今からあなたはバーリック様の奴隷ですよ。その首輪は隷属れいぞくの首輪です。私以外のものが無理やり外そうとすると首が落ちますよ」

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