第2話 異世界への第一歩
「ねえ、ねえ。
葉月は気付いたら、森の中の広々とした空き地にいた。目に留まるのは、森と空き地の境に立つ赤い鳥居だ。鳥居の真ん中の
空き地は、円形に複雑な模様のモザイクタイルが敷かれていて、団地の小さな公園位の広さに見える。葉月は空き地の中央にある岩に腰掛ける。
三十分ほど手鏡に話しかけるが、応答は無い。いつでも話しかけていいって言っていたのに……と、つい悪態をついてしまう。
やっぱりしっかり者の妹の弥生の言うように、何でも相談していたら良かったと後悔する気持ちがもたげてくる。異世界に転移なんて絶対に反対されていたに違いない。秒で論破されるのが目に浮かぶ。
「葉月は衝動的に動いたら後悔することが多いでしょう。少しでも疑問に思ったり不安な所があったら、『家族と相談します』って言って時間を置いて家族みんなで考えるの。一人で決断しないでよ」と言って未然に問題が起こるのを防いでくれていた。
いや、息長足姫の勘違いから異世界転移したが、葉月が初めて自分で自分の道を選んだのだ。それにあの家には私の居場所はないのだから。いい機会だ。今までの自分の人生をリセットして異世界で私の王子様を見つけるのだ。
このままここにいても始まらないと立ち上がりかけた時だった。「葉月よ……」ポケットの中からくぐもったような女神の声がした。急いでポケットの中から手鏡を取り出し話しかけた。
「あぁー。もう。
声が聞けて安心した気持ちもあったが、さっきまでの不安感が強くて咄嗟に面倒くさい彼女みたいなことを言ってしまった。
「葉月よ、すまぬ。久しぶりに神気を使い、枯渇してしまったのだ。これほど神気を必要とするとは研修では学んではいなかった。返事ができるまで薬湯などを使い神気が溜まるのを待機していた。すぐ応えられなくて心配をかけたな。不安だっただろう」
手鏡の中に小首をかしげて申し訳なさそうに眉を下げる息長足姫が見えた。それでも文句は止まらなかった。
「
いつもは陰キャでコミュ障なのに話が止まらない。興奮していると一方的に話してしまう。神様との正しい距離感をどうすればいいのかわからない。とても無礼な事を言っている自覚はある。きっと偉い神様なのに、
落ち着くのを見て姫から声がかかる。
「では、通信にも神気を使うので手短に説明しよう。もうすぐそちらの協力者が迎えに来てくれるから、詳しいことは協力者に尋ねてくれ。妾との連絡はまた明日太陽が真上に来る頃にはできるようになるだろう」
葉月は大きく頷き、手鏡を膝の上に固定し、のぞき込む。姫は懐から例のマニュアル本を取り出し解説する。
「では簡単にそちらの世界を説明する。ここは【ティーノーン】という惑星だ。地球ととても似ている大気の成分や気候や重力なので地球人も生活ができる。【ティーノーン】には、人族、獣人族、エルフ、ドワーフ、リザードマン、竜人などがいる。注意書きで、ゴブリンやオークやドラゴンは食用ではないので食べたり、討伐はしないようにとあるぞ。そして、葉月を保護してくれるのは獣人の国【バンジュート】だ。小さな獣人の村が集まり町になりそして国になった。だから色々な獣人が住んでいる。隣国の人族の国【ターオルング】とは二年前に戦争し、【ターオルング】は【バンジュート】の植民地になった……」
姫が絶句している。人族の国が植民地になっているなんて情報確認していてほしかった。やはり姫に異世界転移は無謀だったのではと心配になってくる。
「私、人族でしょ? 大丈夫なのかな。石投げられたりしないかな」
「神界の研修で同じ班になったラウェルナが勧めていたから、大丈夫だと思うが……」
姫は自信無く答える。転移先についてはほとんど知らないようだ。
「ちょっと、そのマニュアル見せて」
姫はマニュアルを手鏡に映る様にかざしてくれる。実態を出す程神気はまだ回復していないそうだ。異世界転移はそれほど大変な事だったのかと改めて思う。
小さな手鏡越しに、異世界転移先を選ぶきっかけとなった黄色の紙に一色刷りの旅行会社の格安ツアーのようなチラシを見せてもらう。
手書きのメッセージがあった。神界の研修で同じ班になったローマ神話のラウェルナ神からの様だ。
「大好きなオッキーへ!
コレ絶対にオ・ス・ス・メ! 皆、転移させて良かったって言ってるよ! ラウェルナより」
【~異世界転移はティーノーンの楽園バンジュートへ~】
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