第19話 中二病
「何とか切り抜けはしたが……」
「まぁ、うん。文の頑張りと機転のおかげだよ」
夜の住宅街――とギリギリ呼べるかどうかの田舎道を文と並んで歩く。
いつも通り街灯は頼りないが、いつも通り綺麗な星が僕らを照らしてくれていた。月の明るさに言及するとセフレ憲法違反になりそうなのでやめておこう。
爆笑が収まらない華乃は、僕らの二人きりの時間を当たり前のように見逃してくれた。全く警戒すらしていなかった。結果、こうやって文を家まで送り届けることになったわけだが――
「丈太。柚木の電話番号、教えてもらってもいいか」
文はやはり真顔のまま、そんなことを言ってくる。
「文……いや、君がそこまでしなくても」
「だが、君の大切な従妹なんだろう?」
「お人好しすぎるって、文。あんな仕打ちまで受けた相手にさ」
「私の問いに答えていないぞ。大切なんだろう、彼女が」
「……まぁ、そりゃ、うん。当たり前だよ。紫子は大事な従妹だ。それに、お嫁さんにしてやるなんて言っちゃったのも事実だしね」
そう考えれば、何も紫子が一人勝手に暴走してるだけとも、言えないのかも知れない。いや暴走はしてるか。
僕の返答に、文は肩をすくめ、
「約束してしまったのなら、責任を取らなくてはな。セフレじゃないのだから」
「そういうからかい方はするなって」
「それに、お人好しなわけではないぞ。私自身のためだ。これは、柚木紫子の懐に入り込むチャンスだろう」
「……なるほど。作戦の内か」
華乃と紫子、どちらもの信頼を勝ち取って、修羅場を僕らにとって都合の良いように操る、というやつだ。二枚舌外交をするために、紫子からの信頼も勝ち取らなければいけないわけだが、ターゲットが弱っているときほど、大きなチャンスはないだろう。
しかし君って奴はどこまでも抜け目がないなぁ。どんだけ僕とセックスしたいんだよ。最高か。
「そういうことなら教えるけどさ。でも文。無理はするなよ? さんざん思い知っただろうけど、僕の従妹はなかなかのクレイジーだからね。ましてや華乃と同時にだなんて……」
いくら華乃がチョロすぎるといっても、今までとは状況が違う。それに、キレたときのヤバさで言えば、紫子に引けを取らないのだ。よくよく考えてみれば、あまりにも危険性の高いミッションだ。今日、三人が顔を合わせたことで、身にしみた。ここで手を引くのも選択肢の一つだと思う。
「心配するな、丈太。対立する二人、どちらにもいい顔をして取り入るなんて、昔からずっとやってきたことなんだ。私にとっては負担でも何でもないよ」
文はやはり淡々と、そんなことを言ってのけてしまう。
「八方美人とも言えるな。こんな無愛想な癖に、おかしな話だ。ふふっ」
「顔が笑ってないぞ」
「無愛想だからな」
「可愛い」
「嬉しい」
中身のない軽口を叩き合っているうちに、文の家の前までついてしまう。
うちと同じ、二階建ての一般的な一軒家だ。
「久しぶりにムギと会っていこうかな」
「冗談を言うな。両親がいるんだぞ」
「残念」
別に冗談のつもりでもなかったけど。
「とにかく、柚木のことは私に任せてくれ」
「うん。番号はラインで」
「ああ。わざわざ送り届けてくれて、ありがとう。なかなかに満たされる時間だったよ。おやすみ、丈太」
さらっとそう言って、文は身を翻す。が、その肩をつかんで、僕は彼女を引き留める。引き留めて、しまった。
ええー……何してんだ、僕の右手。勝手なことすんな。中二病じゃないんだぞ。
「どうした、丈太」
「キスしてもいいかな」
「そんなこといつも確認していないだろう」
「最初の頃はしてた」
でも確かに最近は全然確認してないので、今回も同意の返答を待たずに、文の唇にキスをする。何してんだ、僕の唇。僕の舌。勝手なこと……でもないな。うん、これは思いっ切り僕の意志だ。
15秒ほど舌を絡み合わせてから、唇を離す。月明かりに照らされた文の小顔は、あの日と変わらず、月に劣らず、とても綺麗だった。
「文、さ。辛くなったら、いつでも逃げてこいよ」
「困ったな。君がいてくれたら辛くなることなんて絶対ないから、いつまでたっても逃げられないな。もう一回だけキスしたい。20秒」
「ふざけんなよ、マジでお前。可愛すぎる。おっぱい揉むからな」
「とっくに揉まれているが。ん……」
何してんだ、僕の右手。あと僕の皮余り。勝手に暴れるな。勝手に剥けてくれ。頼むから。
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