第14話 ヤンデレデスゲーム

「騒がしいな、次から次へと……」


 文はチラと一度こちらを振り向いてから、また自分の食事へと向き直る。

 紫子の視線も一瞬、そんな彼女の揺れるポニーテールを捉えたようにも見えたが、


「お猿さんには興味ありませんー。このクラスの女子の皆さんの、お食事をチェックしに来たのですっ!」


「はぁ? マジでメスガキ意味わかんない」


 眉を潜める華乃も無視して、紫子は口角を上げたまま、教室中を見回し。そしてゆっくりと廊下側最前列の山下さんと武田さんの席の間まで移動したと思いきや、そこで回れ右をして。一歩一歩、コツンコツンとその足を教室後方へと進めていく。


「違う。コンビニ弁当。違う。購買パン。違う。男。違う。揚げ物揚げ物揚げ物。違う」


 左右に並ぶ上級生たちの机。その上にある、それぞれの昼食。それを、瞬きすらない大きな両目で一つ一つ捉えながら、何やらブツブツと呟き続けている。


「こ、怖すぎる……!」


「男。違う。冷凍食品。違う。ダイエットメニュー。違う。男。違う。タンパク質不足。違う」


 揺れる長い黒髪。笑っている口。笑っていない瞳。静かな足取り。溢れ出す、ドス黒いオーラ。全てが相まって、まるでホラー映画のワンシーンだ。いや、ホラー映画というより、デスゲーム映画だ。

 教室中の生徒が体を強ばらせ、息を潜めている。本当に一歩間違えれば命を落とすんじゃないかと脳が勘違いしてしまったような緊張感と圧迫感が教室を支配する。

 何かの条件に当てはまった生徒が、このサイコキラーに殺されるのだ。


 まぁ、何かの条件ってか、うん。


「男。違う。しなしな。違う。飽和脂肪酸の塊」


 探してやがる……! あの冷凍庫にあったおにぎりを作った人物を、見つけ出そうとしてやがる……!


 最後列まで進んだ後、紫子は隣の「通路」まで移動する。六列ある机の三列目と四列目の間、つまりちょうど真ん中の通路を、今度は後方から歩いてくる。


 ヤバい……後ろから、紫子が迫ってくる……! 徐々に近づいてくる紫子のバニラのような甘い香りが、今は瘴気のように感じる!


 三列目、後ろから三番目に華乃、四列目の三番目に僕、そしてその前、四番目に文がいるっていうのに!


 もし、文の弁当を見られてしまったら……? あのおにぎりと同じ特徴があると、紫子が見抜いてしまったら……!


「違う。手抜き。違う。男。違う。グミ。見つけた」


 ついに、僕の後ろまで――え?


「見つけた」


 ピタっと止まる、静かな足音。


 教室中の視線が、一点に集まる――僕の後ろ、地味めな眼鏡女子、斉藤かなえさんの席に。


 は……?


 立ち止まった紫子が、斉藤さんの机の上を、じぃーっと見下ろしていた。


「ち――違います……! あたしじゃありません! 何で!? 何であたしなの!? 何であたしが殺されなきゃいけないの!? お母さん! 助けてお母さん!」


 絶望顔で泣き叫ぶ斉藤さん。デスゲーム最初の被害者らしい立派な命乞いだ。


 机の上にあるのは、きんぴらごぼうや鶏もも肉の煮物が綺麗に並んだ、美味しそうな和食だった。が、僕の目から見れば、文の手料理とはまるで違う。


 紫子が、見誤ったのだ……! 斉藤さんは完全なる、とばっちりの被害者……! このデスゲーム、あまりにも理不尽すぎる……!


「うふふっ、何ですか、殺されるって。そんなことしませんよ、先輩。この素敵なお弁当は、お母様に作ってもらったのですか?」


 問いかける紫子の表情は、朗らかな微笑み。だが、騙されてはいけない。少しでも返答を間違えれば殺されるやつだ、これ。

 一見ファンシーな着ぐるみを着た可愛らしいキャラクターが残忍な方法で参加者たちを抹殺していくのがデスゲームお馴染みの展開なのだ。ギャップこそがデスゲームものの醍醐味なのだ。見た目が可愛らしいほど残虐性は高いと思った方がいい。


 斉藤さんも本能的にこの危機を察知したのだろう。震えた声で、小さく短く、


「はい……」


 正解だ。それしかない。こういうので嘘をついても、たいてい殺されるだけなのだ。ものによっては正直に答えても殺されるだけなのだが。


 ごめん、斉藤さん、僕のせいで……! でも僕としては、紫子がそう勘違いしてくれた方がありがたいんだ! 実際には、斉藤さんと僕の間に何の関係もない以上、彼女が殺され、体中、家中を調べ回られたとしても、僕との繋がりを示す証拠なんて出てくるわけがないのだから! 犠牲になってくれ、斉藤さん……!


「うふふっ、少し、いただいてもよろしいでしょうか? わたしのこれと交換ですっ」


「え……これ……有名な……」


「はい、ル・ディヴァン・カカオのボンボンショコラですっ。三個入りで1200円もするんですよ?」


 紫子がブレザーの内ポケットから取り出し、差し出したのは、まるで化粧箱のような高級感を放つ、黒く小さな箱だった。


 目を丸くした斉藤さんは、未だ体を震わせながら、


「こ、これは何かの、頭脳ゲームですか? とんちを利かせた回答をしなければゲームオーバーなんでしょうか……?」


「意味が分かりません。勝手にいただきますねっ」


「あっ」


 有無を言わさずチョコレートの箱を机に置き、斉藤さんの弁当箱を奪う紫子。またもや内ポケットから取り出したマイ箸でそこから三口、四口し、全てをじっくり咀嚼してから飲み込んで、


「うふふっ、残念。違いましたね。奥行きが足りません。つまらないお味ですっ。では次に行きましょう」


 人んちのお母様の手料理に何てこと言ってんだ、こいつ。


「うっ――うわぁあああああああんっ! ありがとう、お母さん! 奥行きが足りないきんぴらごぼうのおかげで何か助かったぁ……!」


 自分のお母さんのきんぴらごぼうに対して何言ってんだ、斉藤さん。美味しそうなのに。ま、文のものほどじゃないけどな!


 そんな文の滋味溢れるお弁当まで、あと二席なんだよなぁ……! どうすんだこれ!?


 安堵の涙を流して崩れ落ちる斉藤さんに目もくれず、前進を再開する紫子。僕と華乃の席の間で、再度ピタッと足を止め、


「臭そう。不味そう。体に悪そう」


 ていうか、華乃の足の上で足を止め、


「ぷ。必死じゃん、この子。可愛いー。憧れのお兄さんに相手にされなくていじけてる親戚の子どもみたい。あ、憧れのお兄さんに相手にされなくていじけてる親戚の子どもなのか。うぷぷっ!」


 その場で華乃と足の踏み合いを始めるのであった。


 この教室で華乃だけデスゲームの雰囲気に呑まれてない! ずっと薄ら笑い浮かべてる! そりゃそっか、こんなの昔から慣れっこだもんな! 前の高校で優勝して生き残ってきた転校生みたいなものだ! こんなファーストステージなんてゲームの内にも入らないのだ!


「ねーねー、じょーたぁ。ホントさっきからこの子、何しちゃってんのー? ぷ。相手にしてもらうために意味わかんない行動取っちゃうあれじゃーん。可愛すぎるんですけどー! 動画撮ろ。ホームビデオホームビデオ♪ 他人が見たら何が面白いのかわかんないけど家族内だけでは一生笑えるホームビデオ♪」


「あなた家族じゃないでしょう。ただの庭に入り込んできた害獣でしょう。兄さんもいい加減……」


 チラッと僕の机に視線を下ろした紫子は、そこでなぜか言葉を切り、そしてまた、ニッコリと笑顔を作り直して、


「まぁ、兄さんも育ち盛りの男の子ですものねっ! 一日一食、お昼だけはその獣ジャンクフードでも良しとしましょうか。これからもお昼ご飯は華乃食品(有)に発注しますっ」


「業者扱いやめてくんない? 有限会社じゃないんですけど」


 紫子のその譲歩は、僕にとってはありがたいのだが……もしかして、これは、他にも僕にお弁当を作ってくれようとする女子を炙り出すための、罠だったのだろうか……。


「では、次行きましょうか!」


「ま、待ってくれ、紫子!」


「何をですか? わたしは保健委員としてのお仕事をしているだけですよ?」


 そういう設定だったのか、これ。そんな仕事あるとしても自分のクラスでやれ。うちのクラスの保健委員は斉藤さんだぞ。


 号泣保健委員がボンボンショコラを食べて「奥行きがありすぎてわかんない……ブラックサンダーがいい……」とか言ってる間にも、紫子は僕らを置いて、足を先に進め。まずは右側の江原さんをチラ見して、


「カロリーメイト。違う」


 そして、ついに、左側、文の机の上を見下ろし、


「うふふっ、千里文先輩、でしたね。昨夜はうちの丈太兄さんが突然お電話失礼いたしました。ところで、そのお弁当ですが――」


 紫子の双眸が、暗く妖しい光を伴って、見開かれる。


 終わった、か……


「お弁当、ですが…………お弁当は?」


 終わった、と思ったが、


「ん? んもももも?」


「……飲み込んでからでいいです、千里文先輩」


 リスのようにほっぺを膨らませてモグモグする文の手元――そのお弁当箱には、米粒一つ残っていなかった。


 完食、したのだ。昼休み開始13分で。


 文ぃいいいいいいいいいいいい!! 助かったぁあああああああああああ!!


「……食べるのが、早すぎるのでは? こんな細い体で……」


「ん……ごちそうさまでした。ああ、やはり君が例の難波の従妹の柚木さんだよな。細いって……嬉しいことを。だが、私は脱いだら意外とプニプニだぞ。お腹周りとか、特にな」


 真顔のままそんな返答をする文。文のごちそうさまでしたを聞いて条件反射的に勃起してしまう僕。「うぷぷ、そーなんだ、文ちゃん」と噴き出している華乃。意外と肉付きの良い文の抱き心地を思い出してピクピクする僕のフル勃起皮余り。いやフル勃起してるから余ってないけど。


「そうなんですか。そんなんじゃ彼氏さんに嫌われてしまいますよ、千里先輩?」


「彼氏のことまで聞いているのか。難波は口が軽いな。ま、実際彼氏にもよく馬鹿にされているよ、私の体のことはな」


 ニコっと微笑む紫子。相変わらず真顔の文。「彼氏……? 文ちゃんに?」と目を丸くする華乃。架空の彼氏に文の体が見られたり触られたりしていることを想像して壊れる僕の脳、怒張する皮余り。ビクンビクン……このドスケベ淫乱女……許さねぇ……! 生理が終わるまで覚えておけよ……!


「うふふっ、面白いお方ですね。私もぜひ千里先輩とは仲良くなりたいですっ。今度、お料理を教えてあげましょうか。彼氏さんに作ってあげたら喜んでもらえると思いますよ!」


「遠慮しておくよ。私は食べるの専門だからな。チョコレートはまだあるのか?」


「はい、どうぞ。お近づきの印ですっ。その代わり、料理教室参加決定ですっ!」


 そうして、紫子はお弁当監査デスゲームを再開するのであった。脱落者0人で切り抜ける2年B組なのであった。何かみんな泣きながら抱き合ったりしてた。

 こんなことでクラスが一丸になるとはな……!

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